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第9部

第154話

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(ジェミャさんって、ミュオンさんにジェラシーなのかな? あ、こんなこと思ったら、また……)

 本音を見透かす能力をもつわけではないが、ジェミャは眉間に皺を寄せて亮介を一瞥いちべつした。リヒトにつかまったコリスが、「うひゃー!」と大声をあげると、近くの枝で羽を休めていた野鳥が、バサバサッと飛んでいった。秋晴れの空に、つがいと思われるトンビがならんで飛んでゆく。

 実のところ、ミュオンの出産と行方知れずの事情を抜きにして、新居での暮らしは平穏だった。ミュオンしか生みだせない生命の欠片を求めて黒蛇が接近していたが、球体を奪ったジェミャが、うまく遠くへ誘導した……らしい。黒蛇の正体は半獣属のなりそこないにつき会話は不可能だが、精霊は意思疎通ができるため、相手の思惑おもわくを察することは可能だった。

「なにが起きてるのか、ちょっとくらい僕にも教えてくれたっていいじゃない。ハイロさんは、前から無口な性格だから仕方ないとして、ジェミャさんはそうじゃないよね?」

 どうせ見透かされるくらいならば、はっきり伝えたほうがよい。そう思った亮介は、地の精霊に対して強気な発言をしてみせた。心境の変化を認めたジェミャは、しばらく亮介を焦らしてから語りだす。

『なにが起きているか、そんなもの、誰が正しく説明できようか。われとて、傀儡くぐつ一体いったいにすぎぬ。……すべては、自然の摂理にさからうものたちが罪の意識もなく起こした現象であり、むろん、後始末あとしまつが必要な事案である』

「……後始末かぁ。う~ん、具体的には、どうすればいいの?」

『フッ、かんたんなことだ。失敗や後悔をしたならば、イチからやり直せばいい』

「やり直すって、ミュオンさんがいないのにどうやって……、ぐはっ!!」

 かたわらに立つジェミャを見あげていた亮介は、ふたたび鬼ごっこをするコリスに頭から追突され、腹部に強い衝撃を受けた。

「リョースケくん、助けてぇ~!」

 一瞬、息が止まり苦しい思いをした亮介は、コリスを目がけて走ってくるリヒトの注意をそらすため、「あ、あっち見て!」と明後日あさっての方向を指さした。適当な方角を示したつもりが、ちょうど、ハイロがのしのしと歩いてくる。

「なんだ、リョウスケ?」

「ご、ごめんなさい、なんでもないよ」

 指をさされたハイロは首をかしげたが、亮介は「えへへ」と苦笑いし、サッと腕(とコリス)をうしろに引っこめた。リヒトは、ふらふらと小屋のまわりを歩き、コリスを探している。ハイロは、ミュオンがいなくなってからというもの、灰色大熊の姿で過ごすことが多くなった。小屋にいる者は、ジェミャとリヒトがたずねてくる理由をあえて問わず、ミュオンの回復を信じてうたがわない。最初からやり直すというジェミャの忠告は、亮介の頭を悩ませたが、ミュオンがまだ生きているという状況は、はっきりと感じることができた。

(……こんな感覚は初めてだ。ミュオンさんの心臓の音が、森じゅうに響いているような、本人の姿は見えなくても、僕らの近くにいるような気がする。……ハイロさんも、僕と同じ感覚を受けとっているンだろうな)

 亮介は、強い決意を胸に秘めていた。

(もし、いっしょに過ごした日々を忘れてしまったなら、思いだしてもらえばいいんだ。僕らには時間がある。新しい家だって完成してるし、いつまでも、ミュオンさんの帰りを待てるからね!)

 コリスを探して歩きまわるリヒトと目があった亮介は、「鬼さん、こちら!」といって、両手をあげた。その手にしがみついていたコリスは、「わあ! 見つかっちゃったじゃないか~!」と叫び、地面に飛びおりると、小屋の裏へ逃げた。リヒトは、ハイロの脇を走り抜けていく。かつての親子の再会が実現していたが、ミュオンが復活するまで、ハイロは、わが子だと意識することはできなかった。


★つづく
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