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第9部

第151話

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 コスモスの花が秋風にゆれていた。紅葉の季節が近づき、木々の葉も鮮やかな色に変わり、すがすがしい秋晴れの日がつづいている。森林域の秋は短く、冬は駆け足でやってくるため、冬眠の習性をもつ野生動物たちは、たくさんの栄養を求め、縄張り以外の場所まで歩きまわっていた。

 ミュオンがふしぎな球体を生みだしてから、ひと月が経過した。新しい小屋で生活を始めた亮介は、ノネコとコリス、半獣属の姿のハイロと暮らしており、ミュオンは存在しなかった。

 朝の食事後、ハイロは周囲の警戒にあたるため、小屋を留守にするようになった。そして、ハイロと入れ替わるようにやってくるのは、ジェミャである。以前は全裸で堂々とふるまっていたが、最近のジェミャはミュオンと似たような淡い色の一張羅いっちょうらを身につけている。さらに、10歳くらいの子どもの手を引いて歩く姿は、亮介を驚かせた。

「あの子を最初に見たとき、ジェミャさんが母親なのかと思ったよ」

『笑わせるな。われは、生みも生ませもしておらぬ。これ、、に名前などない。人間くさいところもあるが、精霊と半獣属の両親をもつ、唯一無二の存在だ。……仮に〈リヒト〉と呼ぶことにしている』

「リヒトって、ずっと前にこの森で生まれた子の名前だよね? 勝手に使っちゃっていいのかなぁ……」

『構うものか。それに、こやつは生き写しみたいなものだ。水の精霊ミューオン生命いのちがけで出産した欠片かけらって、誕生したのだからな』

(……う、また、、その話かぁ。……ミュオンさんが消えてしまったなんて、僕は信じないけどね! だって、感じるもの。僕にはわかる。ミュオンさんは、完全に消えたわけじゃない。まだ、どこかで生きてる。僕らの前にあらわれないのは、なにか理由があるからで、こっちから探しに行くよりは、信じて待っていたほうが、また逢えるような気がするんだ。だからハイロさんも、あんなにおちついているんだと思う。ミュオンさんが帰ってくる場所を、今も、全力で守ってるんだ!)

 ミュオンが最初で最後の出産を経験した日、ハイロはひとりで小屋へもどった。ひどく憔悴しょうすいしていたが、ハイロなりに起きたことを打ち明け、あわてる亮介たちを説得した。

 
 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 地の精霊ジェミャは、息絶えているミュオンの蘇生を最優先するハイロを横目に、生命の欠片を手にすると、ふたたび地中へ姿を消した。必死に人工呼吸をくり返すうち、ミュオンの心臓はふたたび鼓動を始めたが、ハイロのからだをすり抜けて溜池に身を沈めてしまう。

「ミュオン!」

 水面から腕をのばすハイロは、かすかに笑みを浮かべるミュオンと目があい、分化するために水底へ向かっているのではないかと察した。

「ミュオン、忘れるなよ。おまえには帰る場所がある。おまえの無事を祈る家族がいることを、おぼえていてくれ」

 暗い水底へ消えゆくミュオンとは、永遠の別れとなるかもしれない状況につき、ハイロは溜池に飛びこんで精霊の本体を無理やり引きあげたい衝動に駆られた。ミュオンが生みだした球体は、ジェミャが持ち去り、ハイロの手もとにはなにも残らなかった。妻と子の両方をいちどに失った気分になり、良心の呵責かしゃくに悩まされたが、やわらかい秋風が吹いてくると、ハイロは重たげな足取りで帰路についた。

「リョウスケ、ノネコ、コリス。おちついて聞いてくれ。ミュオンが出産した。無事に生まれはしたが、地の精霊に持ち去られた。悪いようにするとは思えんが、今はミュオンの回復を期待して、なにもせず待ってみようと思う」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


★つづく
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