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第8部
第134話
しおりを挟む丸太小屋から南へ引っ越しをするため、深い森を移動中、隊列の最後尾を歩く亮介は、ジェミャとの会話に気を取られ、仲間たちの視界から外れた。そうと意識がおよび辺りを見まわすと、地の精霊が発動した砂の障壁で囲われていた。
「わ、なにこれ、砂のカーテンみたい。きれい……」
ジェミャが意味もなく進路を妨害すると思えない亮介は、砂の壁に一歩近づいた。指先でつつくと、サラサラとした感触で、全身砂まみれになってもよければ、囲いの向こう側へ行けそうだった。ジェミャは、本気で亮介を閉じ込める気はない。
「ねえ、ジェミャさん。砂の壁ってなに? なんの真似?」
ぽややんとした表情で質問する亮介は、まったく危機感を抱いていない。ジェミャは『ククッ』と笑い、妖艶に踊りだした。シャララッと肌につけたアクセサリーが音を立て、タン、タターンッと、軽やかなステップで地面を打ち鳴らす。地の精霊は個体を維持する霊力が高いため、水の精霊より、はるかに長い時間を森と共に生きている。つまり、亮介を見た瞬間、黒蛇が探し求めている愛児の生き写しではないかと、一瞬、驚いたが、精霊の加護を受けている点以外は、似ても似つかない容姿につき、招かざる客なのか、森の未来に必要な存在となるのか、見届けることにきめた。
『言うが早いか、進みでて、口をきけぬ生物は、黙っていたわけではない。しゃべることに飽きたのだ。なにも言わなければ、なにも起こらない。なにかを言えば、なにかが生じる。誰かがしゃべったとき、ひややかな大地に生はくり返す。……言いたまえ、その心、その弱さ。奇異なる幸福と、悲しい別離』
ジェミャの声は、小唄のフレーズのように聞こえた。どこか悲しげに響く音程に、亮介は胸の奥がチクリと痛み、急に不安になった。
(なんだろう、この感じ……。寂しい? 僕は、みんなの姿が見えなくて、寂しがってる……?)
「ハ、ハイロさん、ミュオンさん!」
思わず名前を呼ぶと、ふわりと宙に浮くジェミャから額を小突かれた。
『おまえのつぶらな瞳は、なにを信じる? よいか、人間。生きるすべを知るときは近い。心を制して、身を清めよ。説かれたことばに血を注ぐのだ』
「え? なになに、なんのこと?」
ふいに、とてつもなく重要な忠告をされた亮介は、ジェミャに向かって腕をのばした。すると、指先が透けていることに気がつき、ハッとなる。
「わっ、なにこれ!?」
黒蛇に襲われたさい、ミュオンの霊力を浴びた亮介は、人間でありながら精霊の加護を受けていた。それはミュオン自身が意図して放ったものではなく、黒蛇の体内で再生のときを待つ、小さな存在が目覚めるきっかけとなった。
『やはり、おまえは生贄の道標となるか、人間の子よ。水の精霊と半獣のあいだに生まれるは、わが子の再誕に必要な種子であったとは……、ククッ、なんと滑稽な!』
★つづく
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