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第7部
第130話
しおりを挟む「というわけで、おぬしの片眼を差しだせば、あの大熊も引き下がるかもしれんぞ? どうじゃ?」
『聞き捨てなりません。なにが、というわけで……ですか!』
「おれは構わない。やつがそれで納得するならば、目玉のひとつくらい呉れてやる」
ふいに、列の先頭に飛んできたシギは、ハイロにそんな提案を持ちかけた。かたわらを歩くミュオンは、『ふざけたことを』といって、理不尽な話題に首を横へふるが、血を流すことになるハイロは、意外にも肯定的な発言をした。
「やつとは、どんなカタチであれ決着をつける必要がある。どちらかが傷を負わなければ、断ち切れない関係だと思っていた。おれを罰して気がすむのであれば、その痛みを受けてやる。ただし、二度と家族に近づかないと約束することが条件だ」
ハイロは歩く速度を変えず、周囲の状況へ神経を張りめぐらせながら会話した。ミュオンをはじめ、あとにつづく亮介たちに危険がおよばないよう、警戒を怠らない。もはや、一家の大黒柱といっても過言ではない立場におちついている。人型の姿であっても、野生の本能は失われず、仲間を守る意識が必然的にはたらいていた。ついさきほど、川の中流でクマと話をしてきたシギは、青空を飛翔して、こんどはハイロを見つけると低空飛行しつつ、クマとの因縁を終わらせるため、仲介役を名乗りでた。
『そんな真似をしてまで、あなたが責任をとる必要は、どこにもありません。一方的な交換条件に応じるほど、われわれは弱くなどありませんよ』
「強さの問題ではない。度量のていどだろう」
『いけません。あなたは寛容すぎです。わたしは、リョウスケくんを襲った大熊を許しません。あいにくの身重で霊力を思うように使うことはできませんが、次にあの大熊を見かけたとき、わたしは黙っていませんからね』
「おまえさんの身になにか起これば、それこそやつの思うツボだ。同族の不始末は、おれが片付ける」
『格好つけている場合ですか』
「そんなつもりはないが……」
いつもどおりハイロは無表情につき、ミュオンの指摘は意外だった。反射的に顔を横向けると、ひろがる視野にミュオンとキール、ノネコとコリスが映りこむ。
「リョウスケ?」
最後尾を歩いていた亮介が、どこにもいない。ハイロが少年の名前を呼ぶと、ミュオンたちもハッとして、それぞれ辺りを見まわした。
「しまった! リョースケのやつ、はぐれたか!?」
「クンクン、ほぇ~、ぼくらのほうが風上だから、いなくなってたの、気がつかなかったよ~」
キールとコリスがあわてると、ノネコが「待ちたまえ」と冷静に対処した。
「きっとまだ、そんなに離れていないさ。全員で引き返すより、ここは、わたしが見てこよう。それでいいかな?」
ノネコはハイロに向かって問い、単独での捜索許可を求めた。キールは「なんでい、ひとりのほうが身軽ってか?」と厭味を口走るが、ハイロはいくらも考えないうちに、「そうしてくれ」と、小さくうなずいた。キールはその場で待機し、ノネコだけ進んできた道をもどってゆく。
「ほぇ~、たいへんだぁ。リョースケくんが迷子になっちゃったよ~」
コリスは心配そうな顔をして近くの木にのぼると、高いところで腰をおろした。渡り鳥のシギと目があった瞬間、「ひぇっ」と身をすくめたが、捕食目的で飛んできたようすはないため、「びっくりしたぁ~」と、長い息を吐いた。亮介を探しに向かうノネコは、地の精霊の気配を察知すると、ターンッと宙を飛ぶように疾走した。
「人間の子よ、あと少しで完全体となれるのだ。どうか、早まらないでおくれ」
★つづく
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