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第7部

第125話

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 異世界にきて数ヵ月後、亮介はハイロの提案を受け、丸太小屋から引っ越すことにきめた。新天地は森の奥にある小屋で、肉食獣もうろつく場所である。

『リョウスケくん、ほんとうに行く気ですか』

 必要最低限のものを集め、みんなで荷づくりするなか、壁ぎわで見まもっていたミュオンが、いくぶん不安げな声でたずねた。ニッシュの生地を風呂敷のようにひろげ、食器をまとめていた亮介は、手をやすめて顔をあげた。

「うん、行くよ。庭の畑をそのままにして引っ越すのは、ちょっと残念だけど、やっぱり安全なところに移動したほうがいいと思って」

『安全ですって? キールに聞きましたが、これから行こうとしている小屋は、肉食獣のいる山の向こうだとか……。そのような場所へ、リョウスケくんを引っ越しさせるだなんて、あのムッツリ大熊オオクマは、いったいなにを考えているのでしょう』

 使えそうな道具を選んで木箱に詰めるハイロは、人型にもどっている(正確には、半獣の姿では荷づくりしにくいといって、人型になった)。ミュオンの霊力を身に受けて先祖がえりしたハイロだが、いつのまにか自在に姿を変えることができるようになっている。ハイロの変身能力をミュオンに報告すると、意外にも『へえ』という、ひとことですまされた。

『……すべてを、最初からやり直すつもりですか?』

「ミュオンさん、そんなに心配しなくても、僕ならだいじょうぶだよ。ほら、ハイロさんだって肉食獣だけど、むやみに襲ってこないし、みんなといっしょなら、きっとなんとかなるよ。……それとも、ミュオンさんは僕たちがそばにいたら迷惑かな?」

『迷惑だなんて、そんなふうに思うはずありません。わたしこそ、リョウスケくんのそばを離れるつもりなんて……』

 ミュオンは、ことばの途中で立ちくらみを感じた。数センチほど膨らみのある腹部に両手を添え、支えるようにすわりこむと、異変に気づいたハイロがすぐさまミュオンのかたわらで膝をつく。

「どうした」

『なんでもありません。少し、ふらついただけです……』

 いつもより青い顔をしているミュオンは、水の精霊でありながら灰色大熊と生殖行為をし、半獣属の血を引く赤子を身ごもっている。それは、亮介のためでもあったが、ミュオンの気持ちに迷いがあるうちは、真実にたどりつくことはできない。ハイロもまた、正直な思いを伝えてはいなかった。夫婦と呼べる深い仲となった今でさえ、ふたりの距離感はあいまいで、愛しあっているようには見えなかった。実際は相思相愛につき、ふたりのやりとりを見ていると、仲間たちのほうで焦れったく感じた。

(なんでこのふたりって、いつまで経ってもよそよそしいのかなぁ。どう見てもお似合いなのに、ぜんぜん夫婦っぽくないんだよね。赤ちゃんが産まれてきたら、少しは変わるのかな……。ハイロさんは頼りになる存在だから安心できるけど、ミュオンさんのほうは、ちょっと心配だな……。そういえば、赤ちゃんには母乳ミルクが必要だけど、ミュオンさんの身体構造って、どうなっているんだろう……)

 精霊の出産は誰も経験のない展開につき、いざというときは手探りで対処するしかない。豊富な知識をもつノネコさえ、奇蹟の瞬間に立ち合える日を心待ちにしていた。ミュオンに寄り添うハイロの表情は真剣だが、「ねえ、ミュオンさんって、おっぱいでるの?」と、頭のなかで考えていたことを亮介が口走ると、近くで荷づくりをしていたキールとコリスが、「は?」「ほえ?」といって、目を丸くした。

(うわっ、僕ってば、つい変なこと訊いちゃった!)

 亮介の発言により、引っ越しの準備をする室内に微妙な空気が流れた。


★つづく
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