異世界で８歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ？

第４部

第63話

　逃げるミュオンを追って森のなかを移動中だったクマとキツネは、常緑の広葉樹林こうようじゅりんの隙間から姿をあらわした大神オオカミを前に、急停止した。


「あ、兄者、オオカミですぜ！」　　　
　

　ふだん、滅多に遭遇することのない肉食獣につき、驚きの声をあげるキツネに対して、クマは「ふん」と鼻を鳴らした。大神は［クマ泣かせ］の異名をもち、半獣属のなかで、もっとも高い知能と運動能力を備そなえた別格の存在である。思わず尻込みをするキツネは、一歩、二歩と、後ずさった。金眼に見据えられたクマは、むしろ、ズイッと前へ進みでた。苦もなく勝てる相手ではないが、クマの態度は挑発的だった。

「兄者!?」

「おまえは、さがっていろ」

「で、ですが……」

　クマにまでにらまれては、たまらないとばかり、キツネは大熊の影に隠れるかたちで状況を見まもった。オオカミの威厳を誇張するかのように、たてがみが風に揺れている。

「気むずかしいオオカミが、わざわざ行く手を塞ぐとはな。いったい、どんな理由があって、オレの邪魔をする」

　さらに半歩ほど相手に接近して問うクマは、生まれつき視力に難があるため、見えない左側ではなく、右側の目だけでオオカミとの距離感を測りつつ、間合いを詰めていく。いっぽう、あらわれた位置から微動だにしないオオカミは、微かに目を細めている。だが、クマは無言の軋轢あつれきに屈伏くっぷくするようすはない。ミュオンへの執念が強いため、邪魔者に時間を割さくつもりはなかった。

「そこをどけ」

　短いことばで威嚇するクマは、ついに、わずか数メートルのところまで接近した。そこでようやく、オオカミの表情が変化した。気が荒い大熊を哀しんで顔をそむけると、亮介が水浴び場としている池の方角へ走り去る。

「あっ」と、条件反射で前のめりになるキツネは、クマが逆方向へ歩きだすため、いくらか当惑した。オオカミの追跡より、ミュオンの捕獲を優先するクマは、地面に咲く花を踏みつけて大股で移動した。

「……兄者は、あの精霊を独り占めしたいンで？」

　ぽつりと、キツネの口からでた科白せりふに、クマは聞こえないふりをした。心を惑わされた覚えなど微塵もないが、裏切り者ハイロの元へ返すくらいならば、いっそ、喰ってやろうという考えは変わらなかった。たとえ［精霊ごろし］と非難されようと、それこそ、クマの本望ほんもうである。


★つづく