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第2部
第39話
しおりを挟む季節は夏なのに、寝室は冷凍庫のように寒かった。ベッドに横たわるミュオンへ近づこうにも、肌に刺さるような冷気に全身の筋肉が凍え、うまく前に進めない。
「なにこれ、どうなってるの……」
「くっ、風が強いな! おい、リョースケ、ミュオンは無事か!?」
「わ、わからない、前がよく見えなくて……。ミュオンさん、そこにいるの!?」
まるで、真冬の雪山にきてしまったかのような状況に、亮介は頭が混乱した。どこからともなく吹雪いてくる冷たい風が、手足の感覚を奪っていく。亮介もキールも、カチンコチンになる寸前、背後から首をガシッとつかまれ、床に張りついた足底をベリッとはがすように引き寄せられた。
「ハイロさん!? い、痛い!」
「なにしやがる、おっさん!」
まだ室内にいるミュオンの無事を確認していない両者は、助けてもらっておきながら、反射的に抗議した。ハイロはノネコに目配せして、寝室の扉を閉めさせた。バタンッ。
「あぶなかったね、ふたりとも。だいじょうぶかい」
「や、やい、ノネコ! さてはおまえ、なにか知ってるな!? 今すぐ白状しろ!!」
(ひゃーっ、すごく寒かった! 夏だけど凍るかと思ったよ……!)
ノネコとキールのやりとりを横目に、ガタガタとふるえがとまらない亮介は、肩や腕の表面を手のひらで摩擦してあたためた。かたわらのハイロは無表情である。
「……まさか、こうなること、ハイロさんも知ってた? 寝室にいるミュオンさんは、無事だよね?」
庭で寝室の異変を指摘したとき、ハイロの反応は淡白だった。まったく動じない理由があるとすれば、亮介たちより先に、同じ状況を経験した可能性が高い。亮介からうたがいの目を向けられたハイロは、小さく息を吐いた。
「無事かどうかまでは知らん。精霊の事情ならば、知る由もない。おれが言えることは、失った霊力を取りもどしたとき、元どおりの姿になるのか、半獣属の先祖がえりのように見た目が変化するのか、不確定要素を議論することは可能だ」
亮介やキールたちが留守中に、ミュオンの世話をするハイロの意見は、それなりに説得力があった。茫然となる亮介の代わりに、キールが口をはさむ。
「それじゃ、なにか? ミュオンは、水の精霊じゃなくなるかも知れねーのか?」
「それはまた極端な発想だね」と、さらにノネコが口を割る。ハイロは、沈黙していた。
「属性が変化する精霊が実在するならば、森の動物たちの記憶に残されているだろう。わたしの知るかぎり、そんな話は聞いたことがない。ちなみに、野猫の一族は几帳面でね。先祖が記した情報は後世に語り継がれ、その発端は数千年前におよぶ」
やや鼻にかける物言いに腹を立てたキールは、寝室の扉へ視線を向けた。
「そんな昔のことより、今のミュオンはどうなんだって話をしろよ。ハイロのおっさんは、ミュオンの世話係だろ。なにか、思い当たることはねーのか?」
キールの言及はもっともにつき、亮介もハッとして顔をあげた。ハイロは微かに眉をひそめた(第1部/第24話参照)。
「おれが吸収した霊力を、持ち主に返せないかと訊いたことはある」
「え? どうやって?」と思わず問う亮介は、自分の口唇へ指を添えて考えた。
(そういえば、僕にキスしたあと、ミュオンさんは少し元気になったっけ……。ハイロさんが先祖がえりしたのは、ミュオンさんの霊力を取りこんだことが原因なんだよね。それを全部返す方法って、キスだけじゃ無理があるような……)
大熊と精霊がベッドの上で抱きあうところを想像した亮介は、カッと耳まで赤くなった。
★つづく
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