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第2部
第33話
しおりを挟む裏庭の樽水で手を洗い、いったんミュオンのようすを見に部屋へもどった亮介は、畑で立ち話をするキールとノネコの姿が視界にはいらないよう気をつけた(野ネズミを食べていると勘違い中)。
「ミュオンさん、おはよう。きょうもいい天気だよ」
精霊の枕もとに立って話しかけ、静かな呼吸を見まもる。まぶたを閉じていても、今にも上体を起こし、笑顔で名前を呼んでくれそうな期待をする亮介だが、ミュオンは反応しない。掛け布団の洗濯や寝室の空気を入れかえる作業は、ハイロが適度におこなっていた。病人ではないため、寝室に花を飾ったりはしない。水の精霊は、自らの意志で眠りから醒める。どんなに周囲が待ち望んでも、そのときを知ることはできない。
「ミュオンさん、安心して。僕は、いつまでもそばにいるからね……」
ミュオンのためにできることは少ない。亮介は、ただ、信じて待つだけである。また、木の皮を薄く削ったものに1日の出来事を綴り、日記帳としてまとめていた。
「もう季節は夏だよ。まいにち、暑いくらいだ。これから、キールとノネコさんと水浴びをしてくるよ。ミュオンさんも、いつかいっしょに行こう」
以前ハイロに案内された池は、亮介にとっては風呂場となっている。着がえとタオルを用意して庭にでると、ノネコから誤解を訂正された。
「え、じゃあ、さっきのネズミさんは、最初から息がなかったの?」
「そうさ。わたしが見つけたときには、すでに絶命していたよ」
「そ、それで……、ネズミさんはどこに……」
「ちょいと気になる点があって、ハイロのおっさんにも見てもらいたくてよ。そこの木箱に入れおいたぜ」
おそるおそる訊く亮介に、キールが現物を指さして答えた。木箱は、よくハイロが使う道具入れである。そのなかに野ネズミの死骸を保管してもいいのか、微妙な気持ちになった。
「おら、さっさと行こうぜ!」
水浴びをするため、キールが先陣を切って歩きだす。亮介とノネコも、そのあとを追いかけた。彼ら三者での水浴びは日常的となり、池に向かう途中、キールは新しく食べられそうな木の実や山菜を摘んだり、ノネコは亮介に自然界の豆知識を語ってくれた。
「ところで、リョウスケくんは、今いくつなんだい」
「えっ?」
「なに、大した意味はないよ。きみは、なかなかの順応力を発揮しているから、精神年齢が高そうだと感じたまでさ。わたしの思いちがいかな」
「う、うん。僕は見たとおり、まだ子どもだよ」
嘘をつく必要はないが、なんとなくごまかした。もし、正体を明かすときは、その場にミュオンとハイロがいたほうが無難ではないかと思えた。賢いノネコは、亮介の暮らしぶりを近くで観察するうち、8歳児の言動にしては、要領がよすぎると感じた。しかし、本人に真相を語るつもりがない以上、ノネコも「そうかい」といって受け流す。ひとつ屋根の下で穏やかな生活を送る秘訣は、個人の事情に深入りしないことである。配慮すべきは、同居人に迷惑をかけないよう気をつけて過ごす。ただそれだけだ。
池に到着すると、キールは「ひゃっほー!」といって飛びこみ、バシャバシャと水飛沫をあげて泳ぐ。ノネコは畔にすわり、ペロペロ毛づくろいをはじめる。亮介は(平和だなぁ)と思いつつ、シャツを脱いだ。ニッシュの樹皮(繊維)でつくった下着は、包帯のように長く、何度か股をくぐらせたのち、胴体にクルクル巻きつけてある。糸や針がなくても、布切れさえあれば、じゅうぶん肌を隠せて便利だった。とはいえ、小動物系の半獣属にたいして恥じらいが薄れてきた亮介は、スッポンポン(丸裸)になると、真夏の水浴びを楽しんだ。
★つづく
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