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第2部
第31話
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※回想です(捕食注意)
なにか、ヌルッとしたものが頬に触れた。フシューッと、生臭い息が顔全体に吹きかかり、次の瞬間、亮介は巨大な黒蛇に頭から呑みこまれた。
蛇は餌を丸呑みすると、噛み砕いたり引きちぎるといった咀嚼はせず、数日かけて酸や酵素で消化していく。
捕食された亮介に、恐怖や悲しみといった感情はわいてこず、あきらめと虚無感にとらわれた。
(……僕の人生、ここで終わるんだ。……きょうまで、色々あったな。楽しいことも、うれしくないことも、いっぱいあった。……ああ、苦しい、痛い、苦しい。……早く、楽になりたい。……誰か、助けて)
人間を丸ごと呑みこもうとする蛇は、なぜか途中で餌を吐きだした。ベシャッと地面に落下した亮介は、からだじゅうがズキズキして痛かった。さらに、頭を強く打ち、目の前がまっ暗になる。ふわっと、冷たい風を感じて、からだが凍えるほど寒気がした。死期が近いのだという錯覚におちいる。すると、ガクガクとふるえだした肩を引き寄せられ、口づけを受けた。
まぶたが重くて開けられない亮介は、何者かに口唇を塞がれたが、こちらの呼吸をさまたげない、やさしい接吻だった。ひんやりとした冷気が体内に流れこんでくると、それまで苦痛だったものが、ゆるゆると消沈していく。それから、目を閉じていてもわかるほどカァッと、周囲が明るくなった。つづけて、ドカドカと地面を蹴って近づく足音が聞こえ、キシャーッという、悲鳴のような甲高い声と、大きな地響きにからだが揺れた。すぐそばで話し声が聞こえたが、内容までは確認できない。ふたりいる。きれいな声と、低い声だった。
(……僕、助かった?)
この世を去るはずだった亮介は窮地を逃れ、誰かによって救われた。手足に力が入らず、意識も遠のいていく。それとは逆に聴覚は研ぎ澄まされ、なぜかふたりのやりとりが、はっきり聞き取れた。
「そいつをどうする気だ」
『無礼な、わたしを誰だと心得るか』
「見たところ人間ではないな。背中の羽は本物か?」
『それ以上、寄るでない。けがらわしい大熊め』
「おれとあんたは初対面だと思うが……、まあ、いい。立ち話もなんだ。ひとまず、安全な場所まで移動するぞ」
『安全な場所ですって? わたしがあなたを信用するとでも?』
「そんなもの、しなくていい。その子どもを守りたけりゃ、黙ってついて来い。雨風をしのげる丸太小屋を知っている。古びているが、手入れをすれば生活もできるだろう。なにより、食肉目がうろつかない区域だ。……あんたこそ、さっきより透けてきてるぞ。そんなザマで歩けるのか」
亮介を助けるさい、持てるかぎりの霊力を放出してしまった水の精霊は、手足だけでなく、胴体まで向こう側が透けて見えている。大熊に指摘され、顔をしかめた。銀色の髪が、枝葉から洩れてくる陽射しに青く光っている。ふたりの会話はあまり噛み合わないが、ふたたび亮介に危険が迫るより先に、どこかへ避難すべき状況につき、精霊は大熊の顔を見据えた。
『いいでしょう、案内してください。あなたの魂胆は存じませんが、善意ある申し出ならば感謝します』
「むろん、他意はない。……手を貸そう」
『結構です。わたしに指1本たりとも触れないでください』
大熊の親切を拒絶すると、亮介を抱きあげようとした精霊の腕は、すり抜けてしまった。それを見た大熊が、代わりを引き受ける。
『わたしとしたことが、なんたる不覚……』
精霊は、亮介を背負って歩きだす大熊を見つめ、悔しそうな表情をした。
★つづく
なにか、ヌルッとしたものが頬に触れた。フシューッと、生臭い息が顔全体に吹きかかり、次の瞬間、亮介は巨大な黒蛇に頭から呑みこまれた。
蛇は餌を丸呑みすると、噛み砕いたり引きちぎるといった咀嚼はせず、数日かけて酸や酵素で消化していく。
捕食された亮介に、恐怖や悲しみといった感情はわいてこず、あきらめと虚無感にとらわれた。
(……僕の人生、ここで終わるんだ。……きょうまで、色々あったな。楽しいことも、うれしくないことも、いっぱいあった。……ああ、苦しい、痛い、苦しい。……早く、楽になりたい。……誰か、助けて)
人間を丸ごと呑みこもうとする蛇は、なぜか途中で餌を吐きだした。ベシャッと地面に落下した亮介は、からだじゅうがズキズキして痛かった。さらに、頭を強く打ち、目の前がまっ暗になる。ふわっと、冷たい風を感じて、からだが凍えるほど寒気がした。死期が近いのだという錯覚におちいる。すると、ガクガクとふるえだした肩を引き寄せられ、口づけを受けた。
まぶたが重くて開けられない亮介は、何者かに口唇を塞がれたが、こちらの呼吸をさまたげない、やさしい接吻だった。ひんやりとした冷気が体内に流れこんでくると、それまで苦痛だったものが、ゆるゆると消沈していく。それから、目を閉じていてもわかるほどカァッと、周囲が明るくなった。つづけて、ドカドカと地面を蹴って近づく足音が聞こえ、キシャーッという、悲鳴のような甲高い声と、大きな地響きにからだが揺れた。すぐそばで話し声が聞こえたが、内容までは確認できない。ふたりいる。きれいな声と、低い声だった。
(……僕、助かった?)
この世を去るはずだった亮介は窮地を逃れ、誰かによって救われた。手足に力が入らず、意識も遠のいていく。それとは逆に聴覚は研ぎ澄まされ、なぜかふたりのやりとりが、はっきり聞き取れた。
「そいつをどうする気だ」
『無礼な、わたしを誰だと心得るか』
「見たところ人間ではないな。背中の羽は本物か?」
『それ以上、寄るでない。けがらわしい大熊め』
「おれとあんたは初対面だと思うが……、まあ、いい。立ち話もなんだ。ひとまず、安全な場所まで移動するぞ」
『安全な場所ですって? わたしがあなたを信用するとでも?』
「そんなもの、しなくていい。その子どもを守りたけりゃ、黙ってついて来い。雨風をしのげる丸太小屋を知っている。古びているが、手入れをすれば生活もできるだろう。なにより、食肉目がうろつかない区域だ。……あんたこそ、さっきより透けてきてるぞ。そんなザマで歩けるのか」
亮介を助けるさい、持てるかぎりの霊力を放出してしまった水の精霊は、手足だけでなく、胴体まで向こう側が透けて見えている。大熊に指摘され、顔をしかめた。銀色の髪が、枝葉から洩れてくる陽射しに青く光っている。ふたりの会話はあまり噛み合わないが、ふたたび亮介に危険が迫るより先に、どこかへ避難すべき状況につき、精霊は大熊の顔を見据えた。
『いいでしょう、案内してください。あなたの魂胆は存じませんが、善意ある申し出ならば感謝します』
「むろん、他意はない。……手を貸そう」
『結構です。わたしに指1本たりとも触れないでください』
大熊の親切を拒絶すると、亮介を抱きあげようとした精霊の腕は、すり抜けてしまった。それを見た大熊が、代わりを引き受ける。
『わたしとしたことが、なんたる不覚……』
精霊は、亮介を背負って歩きだす大熊を見つめ、悔しそうな表情をした。
★つづく
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