上 下
31 / 171
第2部

第31話

しおりを挟む
※回想です(捕食注意)


 なにか、ヌルッとしたものがほおに触れた。フシューッと、生臭い息が顔全体に吹きかかり、次の瞬間、亮介は巨大な黒蛇クロヘビに頭から呑みこまれた。

 蛇は餌を丸呑みすると、噛み砕いたり引きちぎるといった咀嚼そしゃくはせず、数日かけて酸や酵素こうそで消化していく。

 捕食された亮介に、恐怖や悲しみといった感情はわいてこず、あきらめと虚無感にとらわれた。

(……僕の人生、ここで終わるんだ。……きょうまで、色々あったな。楽しいことも、うれしくないことも、いっぱいあった。……ああ、苦しい、痛い、苦しい。……早く、楽になりたい。……誰か、助けて)

 人間を丸ごと呑みこもうとする蛇は、なぜか途中で餌を吐きだした。ベシャッと地面に落下した亮介は、からだじゅうがズキズキして痛かった。さらに、頭を強く打ち、目の前がまっ暗になる。ふわっと、冷たい風を感じて、からだがこごえるほど寒気がした。死期が近いのだという錯覚におちいる。すると、ガクガクとふるえだした肩を引き寄せられ、口づけを受けた。

 まぶたが重くて開けられない亮介は、何者かに口唇くちびるを塞がれたが、こちらの呼吸をさまたげない、やさしい接吻だった。ひんやりとした冷気が体内に流れこんでくると、それまで苦痛だったものが、ゆるゆると消沈していく。それから、目を閉じていてもわかるほどカァッと、周囲が明るくなった。つづけて、ドカドカと地面を蹴って近づく足音が聞こえ、キシャーッという、悲鳴のような甲高い声と、大きな地響きにからだが揺れた。すぐそばで話し声が聞こえたが、内容までは確認できない。ふたりいる。きれいな声と、低い声だった。

(……僕、助かった?)

 この世を去るはずだった亮介は窮地を逃れ、誰かによって救われた。手足に力が入らず、意識も遠のいていく。それとは逆に聴覚は研ぎ澄まされ、なぜかふたりのやりとりが、はっきり聞き取れた。


「そいつをどうする気だ」

『無礼な、わたしを誰だと心得るか』

「見たところ人間ではないな。背中の羽は本物か?」

『それ以上、寄るでない。けがらわしい大熊オオクマめ』

「おれとあんたは初対面だと思うが……、まあ、いい。立ち話もなんだ。ひとまず、安全な場所まで移動するぞ」

『安全な場所ですって? わたしがあなたを信用するとでも?』

「そんなもの、しなくていい。その子どもを守りたけりゃ、黙ってついて来い。雨風あめかぜをしのげる丸太小屋まるたごやを知っている。古びているが、手入れをすれば生活もできるだろう。なにより、食肉目がうろつかない区域エリアだ。……あんたこそ、さっきより透けてきてるぞ。そんなザマで歩けるのか」

 亮介を助けるさい、持てるかぎりの霊力を放出してしまった水の精霊は、手足だけでなく、胴体まで向こう側が透けて見えている。大熊に指摘され、顔をしかめた。銀色の髪が、枝葉から洩れてくる陽射しに青く光っている。ふたりの会話はあまり噛み合わないが、ふたたび亮介に危険が迫るより先に、どこかへ避難すべき状況につき、精霊は大熊の顔を見据えた。

『いいでしょう、案内してください。あなたの魂胆こんたんは存じませんが、善意ある申し出ならば感謝します』

「むろん、他意はない。……手を貸そう」 

『結構です。わたしに指1本たりとも触れないでください』

 大熊の親切を拒絶すると、亮介を抱きあげようとした精霊の腕は、すり抜けてしまった。それを見た大熊が、代わりを引き受ける。
 
『わたしとしたことが、なんたる不覚……』

 精霊は、亮介を背負って歩きだす大熊を見つめ、悔しそうな表情をした。


★つづく
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

やめて抱っこしないで!過保護なメンズに囲まれる!?〜異世界転生した俺は死にそうな最弱プリンスだけど最強冒険者〜

ゆきぶた
BL
異世界転生したからハーレムだ!と、思ったら男のハーレムが出来上がるBLです。主人公総受ですがエロなしのギャグ寄りです。 短編用に登場人物紹介を追加します。 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎ あらすじ 前世を思い出した第5王子のイルレイン(通称イル)はある日、謎の呪いで倒れてしまう。 20歳までに死ぬと言われたイルは禁呪に手を出し、呪いを解く素材を集めるため、セイと名乗り冒険者になる。 そして気がつけば、最強の冒険者の一人になっていた。 普段は病弱ながらも執事(スライム)に甘やかされ、冒険者として仲間達に甘やかされ、たまに兄達にも甘やかされる。 そして思ったハーレムとは違うハーレムを作りつつも、最強冒険者なのにいつも抱っこされてしまうイルは、自分の呪いを解くことが出来るのか?? ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎ お相手は人外(人型スライム)、冒険者(鍛冶屋)、錬金術師、兄王子達など。なにより皆、過保護です。 前半はギャグ多め、後半は恋愛思考が始まりラストはシリアスになります。 文章能力が低いので読みにくかったらすみません。 ※一瞬でもhotランキング10位まで行けたのは皆様のおかげでございます。お気に入り1000嬉しいです。ありがとうございました! 本編は完結しましたが、暫く不定期ですがオマケを更新します!

転生令息の、のんびりまったりな日々

かもめ みい
BL
3歳の時に前世の記憶を思い出した僕の、まったりした日々のお話。 ※ふんわり、緩やか設定な世界観です。男性が女性より多い世界となっております。なので同性愛は普通の世界です。不思議パワーで男性妊娠もあります。R15は保険です。 痛いのや暗いのはなるべく避けています。全体的にR15展開がある事すらお約束できません。男性妊娠のある世界観の為、ボーイズラブ作品とさせて頂いております。こちらはムーンライトノベル様にも投稿しておりますが、一部加筆修正しております。更新速度はまったりです。 ※無断転載はおやめください。Repost is prohibited.

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる

木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8) 和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。 この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか? 鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。 もうすぐ主人公が転校してくる。 僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。 これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。 片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

悪役王子の取り巻きに転生したようですが、破滅は嫌なので全力で足掻いていたら、王子は思いのほか優秀だったようです

魚谷
BL
ジェレミーは自分が転生者であることを思い出す。 ここは、BLマンガ『誓いは星の如くきらめく』の中。 そしてジェレミーは物語の主人公カップルに手を出そうとして破滅する、悪役王子の取り巻き。 このままいけば、王子ともども断罪の未来が待っている。 前世の知識を活かし、破滅確定の未来を回避するため、奮闘する。 ※微BL(手を握ったりするくらいで、キス描写はありません)

実は俺、悪役なんだけど周りの人達から溺愛されている件について…

彩ノ華
BL
あのぅ、、おれ一応悪役なんですけど〜?? ひょんな事からこの世界に転生したオレは、自分が悪役だと思い出した。そんな俺は…!!ヒロイン(男)と攻略対象者達の恋愛を全力で応援します!断罪されない程度に悪役としての責務を全うします_。 みんなから嫌われるはずの悪役。  そ・れ・な・の・に… どうしてみんなから構われるの?!溺愛されるの?! もしもーし・・・ヒロインあっちだよ?!どうぞヒロインとイチャついちゃってくださいよぉ…(泣) そんなオレの物語が今始まる___。 ちょっとアレなやつには✾←このマークを付けておきます。読む際にお気を付けください☺️ 第12回BL小説大賞に参加中! よろしくお願いします🙇‍♀️

賢者様が大好きだからお役に立ちたい〜俺の探査スキルが割と便利だった〜

柴花李
BL
 オリンドは疲れていた。生きあぐねていた。見下され馬鹿にされ、なにをしても罵られ、どんなに努力しても結果を出しても認められず。  いつしか思考は停滞し、この艱難辛苦から逃れることだけを求めていた。そんな折、憧れの勇者一行を目にする機会に恵まれる。  凱旋パレードで賑わう街道の端で憧れの人、賢者エウフェリオを一目見たオリンドは、もうこの世に未練は無いと自死を選択した。だが、いざ命を断とうとしたその時、あろうことかエウフェリオに阻止されてしまう。しかもどういう訳だか勇者パーティに勧誘されたのだった。  これまでの人生で身も心も希望も何もかもを萎縮させていたオリンドの、新しく楽しい冒険が始まる。

処理中です...