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第1部

第24話

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 少しでも足腰を丈夫にしたい亮介は、キールといっしょに水を汲みにいくと言いだした。ハイロに木製のバケツをつくってもらい、それを胸もとに抱えて出発する。キールは、からだのサイズに合った小さめのバケツを両手にひとつずつ持ち、二本足で軽快に歩く。湧水わきみずまでの片道は、およそ5分ていどにつき、自然の水道として利用している。水浴びや魚釣りができる池は、丸太小屋から少し離れていた。

 亮介とキールの背中を見送ったノネコは、朝の散歩に出かけた。ハイロとふたりきりになったミュオンは、親しみにくい相手と肩をならべ、探るような表情へと変わる。

「なんだ」

『なにがです』

「言いたいことがあるなら、はっきり言え」

『あなたこそ、わたしにきたいことがあるのでは? お望みなら、可能な範囲で説明してさしあげましょう』

 無遠慮な視線を感じて先に口をひらいたハイロは、めずらしくミュオンと会話が成立し、少し変な顔をした。とはいえ、せっかくの機会につき、大熊は思ったことを口にした。

「おまえさん、人間の男に遺恨いこんでもあるのか」

 先祖がえりの件について詳しく知りたがるだろうと予想したミュオンは、自身の過去を掘り下げてくるハイロに虚を突かれ、しばし沈黙した。それから、不毛なやりとりに釘を刺すため、わざと冷たい口調に変わる。

『たとえあったとしても、あなたに知ってもらう必要はありません。余計なお世話です』

 精霊と半獣属は、互いの生命活動を干渉かんしょうしないことで、衝突を避けている。失言を認めたハイロは、話を変えた。

「おれのなかにある霊力を、おまえに返すことはできないのか」

『なんですって?』

「リョウスケと同じ方法で、ためしてみたらどうだといている」

 ハイロに詰め寄られたミュオンは、亮介とキスをすることで、不安定な状態からの回復に成功した。その場の傍観者となったハイロは、先祖がえりをするほどの霊力が人型の体内に宿っているならば、口移しで本人へ返せるのではないかと考えた。

『な、なにを血迷っているのです。わたしは、あなたと愛しあうつもりなんて……』

「誰も愛しあうとは言ってない。おれは半獣属だ」

『あなたの祖先は人間です。その姿が、なによりの証拠ではありませんか』

「さあな。そんな大昔の話、おれには関係ない。……キスさせろ」

『お断りします』

「霊力を返してほしくないのか」

 ハイロは腕をのばし、ミュオンの首筋にかかる銀色の髪に指で触れた。出逢った当初は腰までとどく長い髪だったが、ずいぶん短くなっている。ミュオンは、ハイロの腕をふりはらい、一歩うしろへさがった。

『わたしのことより、あなたはリョウスケくんの身の安全について、気を抜かないでください』 

「わかっている。あいつはまだ幼い。長いつきあいになるだろう。……おまえこそ、突然消えたりするなよ」

『半獣に心配されるほど、わたしは無能ではありませんよ』

 ミュオンは強気で抗議するため、ハイロは無意識に笑みを浮かべた。門扉から、亮介とキールがもどってくる。バケツの水をこぼさないよう、慎重に歩くようすが見えた。ミュオンがそばを離れていこうとするため、ハイロは念をおした。

「もし、おれとためしてみる気になったら声をかけてくれ。必要なときは、いきなりでもかまわん」

 やけに積極的な発言を耳にしたミュオンは、立腹りっぷくした。

『ハレンチきわまりないですね。あなたとは絶対しませんから、ご安心ください!』

「そんなにいやか?」

『わずらわしいだけです』

 もはや、ふたりの関係は赤の他人ではない。しかし、ハイロが差しのべた手は宙をさまよい、ミュオンは遠ざかっていく。


★つづく
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