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幕開け
第20話
しおりを挟む異世界生活1週間目の朝、亮介の絶叫が森に響く。
「な、なんだ、なんだっ?」
枕もとで丸くなっていたキールは、ガバッと跳ねおきた。見れば、亮介が床に尻もちをついてる。
「リョースケ、どうしたよ。なにがあった」
ぴょんっと、ベッドから飛びりたキールは、亮介のそばへいき、「あ、もしかして……」とつぶやくと、上体を起こす原因の人物を見あげた。行動範囲がひろがったミュオンは、常に亮介のそばにいるとはかぎらない。
「ふたりとも、おはよう」
「はよ、おっさん。ったく、またリョースケが寝ボケやがって、きょうで3日連続だぜ。気持ちはわかるけど、いいかげん見慣れてくれなきゃ、おいらの目覚めが悪いっての」
「ご、ごめんね、キール……。ハイロさんも……、その、はやく服を着てください」
前髪を掻きあげる男前は、人型になった大熊である。かれこれ3日前、ミュオンいわく、精霊の放った強力な霊力を(偶然)吸収したハイロは、先祖がえりという変身を遂げてしまったようだ。上半身裸のハイロは、ベッドを軋ませて壁ぎわへ移動すると、ミュオンが用意した浴衣のような服を着こみ、腰紐を結んだ。
(いくらベッドが大きいからって、いっしょに寝るのは、やっぱり無理があるかも……)
その後、巣穴へ帰ろうとするハイロの背中を引きとめた亮介は、丸太小屋で暮らしてほしいと望んだ。ミュオンとキール、ハイロの3人は、よき理解者であり、心強い存在である。互いに支え合って生活すれば、異世界での暮らしも楽しめそうだと思った亮介だが、どうにも胸の高鳴りが悩ましい現状に陥っていた。
(それもこれも、ハイロさんが、カッコよすぎるからだよね)
もともと動物の姿だったとはいえ、現在は、たくましい肉体をもつ成人男性である。キールが「おっさん」呼ばわりするほど老けておらず、むしろ、人型になっていたほうが若々しく見えた。
ハイロだとわかっていても、同じベッドで寝起きする生活に緊張する亮介は、申しわけない気分になった。そんな亮介の心情を察したのか、ハイロは小さくため息を吐いた。
「あすから、ベッドはおまえらだけで使え。おれは、となりの部屋で寝る」
「え? でも、寝床はひとつしかないのに、どうやって……」
「ソファをつくる」
ハイロはそう言うと、必要な道具や材料を集めに森へと向かった。
(人間になったハイロさんも、働き者だなぁ。朝から、あんなにてきぱき動けるなんて、うらやましい……)
まだ眠たい亮介は「ふわぁ」と、欠伸をした。めまぐるしく変化する日常に、頭の整理が追いつかない。わずか数日の間に、色々なことが起きている。
(……そのうち、キールも人型になったりしないよね)
イタチは、現代の亮介と同じ年である。高校で知りあえたなら、友だちになれたかもしれない。図々しい口ぶりは、そこまで気にならなかった。もとより、語気に悪意は感じられない。
「たのもう」
と、控えめな声が聞こえた。間をおかず、玄関の扉を軽くたたく。物音に気づいた亮介は、「お客さんだ」と反応した。
大熊が留守中に、丸太小屋へやってきた[野猫]は、庭先の畑に目を留めた。野菜の苗が、いくつか植えてある。新品と思われる門扉や囲い、ニッシュの樹皮でつくった衣類が、洗濯竿に干してあるため、誰かが住んでいることはまちがいない。ノネコは、亮介のにおいをたどり、丸太小屋の場所をつきとめた。
「たのもう」
なかなか住人が姿を見せないため、近くのガラス窓から室内のようすを確認したノネコは、全体的にぷにっとした小さな男の子と目があった。
★つづく
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