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幕開け
第17話
しおりを挟むふざけすぎたと反省しつつハイロの背中をずり落ちた亮介は、差しだされた焼き魚を受けとり、黙々と食べた。先に食べ終えたキールは、バケツを持って湧水を汲みにいく。
(……なんか、平和だなぁ。このまま、ずっと、森の一軒家で暮らすのも、悪くないかもしれない。……お父さんとお母さん、僕がいなくなって、心配してるかなぁ)
とくべつ家庭環境に恵まれていたわけではないが、育ててくれた両親が気にならないといえば嘘になる。唐突に息子が行方不明ともなれば、捜索願いくらい出されているだろうと思われた。
(幼児化した原因なんて、全然わからないけど、ミュオンさんもハイロさんもいるし、キールも友だちになれそうだし、深く考えても時間のムダだよね……。でも、この世界について、少しくらい誰かに説明してもらいたいなぁ。ハイロさんに質問したら、答えてくれるかな?)
昼食をすませたハイロは、庭の雑草をむしっている。草地のままでは、水はけが悪い。朽葉なども拾い集め、野菜の栽培に適した土壌をととのえていく。
「ハイロのおっさん、水を汲んできたぜ!」
「それは生活用水に使うぶんだ。樽にうつしてくれ」
「樽? 裏にあったやつか?」
「ああ。できれば満タンにしてもらいたい」
「いいぜ、往復してやる」
「たのむ」
ぼんやりする亮介にかまわず、ハイロとキールはてきぱき働く。
(……ハイロのおっさん、か。……そういえば、みんなの年齢って、いくつなんだろう)
青空に、まっ白な鳥が飛んでいる。鴫のような渡り鳥とちがい、長くは飛べないため、近くの樹木の枝にとまり、つばさを休めた。亮介は土を耕すハイロのところまでいき、声をかけた。
「ねぇねぇ、ハイロさんたちは、いくつなの? ミュオンさんもキールも、おとな?」
なれなれしい調子は、未成年の特権である。無学な子どもにたいし、おとなは寛容さを示す(示さない場合もあるため要注意)。
「おれは18だ」
「えっ、じゅうはち?(声が裏返った)」
キールがおっさん呼ばわりするため、もっと歳上かと思った亮介は、人間の年齢に換算すると、およそ倍になるとは知らなかった(ハイロは36歳である)。
「イタチは、おまえくらいじゃないのか。精霊は知らんが、数百年は生きるはずだ」
ハイロの言うとおり、キールは8歳だが、半獣属の年齢でいうと16歳が正しい。にわかに驚く亮介の表情を見たハイロは、「人間とは年齢の重ね方がちがう」と補足した。
「びっくりしたぁ。ハイロさんは、ホントにおじさんなんだ。……家族はいるの?」
やや無遠慮な問いに、ハイロは地面を掘る手をとめ、亮介の顔に目を据えた。灰色大熊の雌は、出産と子育てを単独でおこなう。雄は繁殖期に共寝した雌が妊娠しても、同じ穴で暮らすことはせず、子育てに参加もしない。むしろ、目的を達成したあとは、次の交尾相手を探すため、行動範囲をひろげ、森じゅうを動きまわる。その習性が、生態系の頂点(王獣)に位置づけられる所以でもあった。
めずらしくハイロが沈黙すると、亮介は首をかしげた。
(家族のこと、訊いたらマズかった?)
いつも無表情のハイロとはいえ、無口と無言の雰囲気は微妙に異なるため、亮介は「ごめんなさい」と、ひとこと詫びた。自らの行動がまねいた罪悪感は、正当化するよりも打ち消したほうが無難である。幼い見た目のわりに、心理的な配慮ができる亮介だが、さきほどのように背中へ抱きついてくる子どもっぽさもあるため、ハイロはふしぎな感覚にとらわれた。
★つづく
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