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幕開け
第7話
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※挿話です
いつもより森が騒がしい。というのも、滅多に地上へ姿をあらわさない〈黒蛇〉の痕跡が、あちこちで見つかっているからだ。
「これって、もしかして……」
「ま、まちがいない。大蛇だよ。こんなあたたかい季節に活動するなんて、今までなかったのに……(モグモグ)」
「それに、このにおい、……人間?」
「人間が森に侵入したあと、黒蛇に襲われたのかも。だとしたら、気の毒だな。頭から丸呑みにされたら、助けようがないね(モグモグ)」
話し声は聞こえるけれど、彼らの姿を見ることはできない。向かって左の樹木の裏に野猫、反対側の草陰に仔栗鼠が隠れている。どちらも雑食性の半獣属(雄)だが、自然界では適度な距離を保つという暗黙のルールを、しっかり心得ている。
ノネコは黒白のハチワレで、キリッと賢そうな顔をしていた。コリスの体型は[ぽちゃっ]としており、おなかは白で、からだは赤みがかった灰色をしている。ノネコと会話する最中も、採れたてのきのこをおいしそうに食べていた。
「助けるって、人間をかい? おまえさん、ずいぶん変わっているな」
「ほえ、そうかな。だって、人間がみんな悪いやつなら、とっくに滅びてるでしょ……(モグモグ)」
「自滅するってことかい」
「う~ん、というより、共喰い?(ゴクンッ)」
コリスは、大胆な発言を平気な顔でする。きのこを食べたばかりでも、もう次のきのこを探して地面をチョロチョロ動きまわった。ノネコは呆れ顔になるが、樹木の裏から出てくると、黒蛇が這った跡を注視した。
「人間が、なんの用で足を踏み入れたのだろう。まだ、微かに臭気が残っている。東のほうから、流れてくるのか。……人間は、生きている?」
ノネコは、探偵のような洞察力で現状を推理する。いっぽう、食欲旺盛なコリスは落ちていた木の実を、パクパクほおばっていた。
縄張りの平穏を乱すものは、徹底的に排除すべきだと考えるノネコだが、おいしいものをおいしそうに食べるコリスをまえに、拒絶して追いだすのではなく、後くされしない手段はないものかと、考えをあらためた。
半獣属には、人間と対話する能力(あるていどの知性)が、生まれながら備わっている。しかし、言語など使わなくても、人間ほど他者の居場所を踏み荒らしたりしない。動物たちは、周囲にいる共生体を刺激しないよう、必要悪な行動は本能的に避けている。
「なんだろう、この妙な感じ……」
胸の奥がざわつくノネコは、やがて亮介を観察対象と見なし、彼のスローライフを支える一員となるが、それはもう少し先の話である。同じ現場で鉢合わせても、コリスの関心は人間の行方ではなく、食事をとることだった。
「モグモグ、パクパク」
野生のリスは単独行動を好む傾向があり、頬袋に木の実などを詰めこみ、貯食する習性がある。頬をぱんぱんにしたコリスは、満足げに巣のある樹上へもどり、ひと休みした。
ノネコは山中で野生化した猫だが、半獣に属する動物である。狩りをしない時間はのんびり寝て過ごすため、コリスが姿を消したあと、枯れ葉のベッドで丸くなった。
「人間がいる。この森に……。いったい、どんなやつだろう……」
ノネコの祖先は、人間に飼育された経歴がある。半獣属へと突然変異した現在も、遠い記憶は受け継がれていた。
★つづく
いつもより森が騒がしい。というのも、滅多に地上へ姿をあらわさない〈黒蛇〉の痕跡が、あちこちで見つかっているからだ。
「これって、もしかして……」
「ま、まちがいない。大蛇だよ。こんなあたたかい季節に活動するなんて、今までなかったのに……(モグモグ)」
「それに、このにおい、……人間?」
「人間が森に侵入したあと、黒蛇に襲われたのかも。だとしたら、気の毒だな。頭から丸呑みにされたら、助けようがないね(モグモグ)」
話し声は聞こえるけれど、彼らの姿を見ることはできない。向かって左の樹木の裏に野猫、反対側の草陰に仔栗鼠が隠れている。どちらも雑食性の半獣属(雄)だが、自然界では適度な距離を保つという暗黙のルールを、しっかり心得ている。
ノネコは黒白のハチワレで、キリッと賢そうな顔をしていた。コリスの体型は[ぽちゃっ]としており、おなかは白で、からだは赤みがかった灰色をしている。ノネコと会話する最中も、採れたてのきのこをおいしそうに食べていた。
「助けるって、人間をかい? おまえさん、ずいぶん変わっているな」
「ほえ、そうかな。だって、人間がみんな悪いやつなら、とっくに滅びてるでしょ……(モグモグ)」
「自滅するってことかい」
「う~ん、というより、共喰い?(ゴクンッ)」
コリスは、大胆な発言を平気な顔でする。きのこを食べたばかりでも、もう次のきのこを探して地面をチョロチョロ動きまわった。ノネコは呆れ顔になるが、樹木の裏から出てくると、黒蛇が這った跡を注視した。
「人間が、なんの用で足を踏み入れたのだろう。まだ、微かに臭気が残っている。東のほうから、流れてくるのか。……人間は、生きている?」
ノネコは、探偵のような洞察力で現状を推理する。いっぽう、食欲旺盛なコリスは落ちていた木の実を、パクパクほおばっていた。
縄張りの平穏を乱すものは、徹底的に排除すべきだと考えるノネコだが、おいしいものをおいしそうに食べるコリスをまえに、拒絶して追いだすのではなく、後くされしない手段はないものかと、考えをあらためた。
半獣属には、人間と対話する能力(あるていどの知性)が、生まれながら備わっている。しかし、言語など使わなくても、人間ほど他者の居場所を踏み荒らしたりしない。動物たちは、周囲にいる共生体を刺激しないよう、必要悪な行動は本能的に避けている。
「なんだろう、この妙な感じ……」
胸の奥がざわつくノネコは、やがて亮介を観察対象と見なし、彼のスローライフを支える一員となるが、それはもう少し先の話である。同じ現場で鉢合わせても、コリスの関心は人間の行方ではなく、食事をとることだった。
「モグモグ、パクパク」
野生のリスは単独行動を好む傾向があり、頬袋に木の実などを詰めこみ、貯食する習性がある。頬をぱんぱんにしたコリスは、満足げに巣のある樹上へもどり、ひと休みした。
ノネコは山中で野生化した猫だが、半獣に属する動物である。狩りをしない時間はのんびり寝て過ごすため、コリスが姿を消したあと、枯れ葉のベッドで丸くなった。
「人間がいる。この森に……。いったい、どんなやつだろう……」
ノネコの祖先は、人間に飼育された経歴がある。半獣属へと突然変異した現在も、遠い記憶は受け継がれていた。
★つづく
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