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幕開け
第6話
しおりを挟む「リョウスケ、待て」
イタチの射程範囲へ安易に近づこうとする亮介を、ハイロが声だけで制した。イタチは「フンッ」と鼻息をもらした後、「おらよ」といって、手にしていた樹皮を前方へ転がした。薄い生地がファサッと地面にひろがると、亮介は「布?」といって目を見張った。
「ど、どこに、こんな大きな布が……」
『これはニッシュの樹といって、わたしたち精霊も好んで羽織る天然繊維です。肌ざわりがよく、リョウスケくんの衣服に最適かと思いまして』
「僕のために、わざわざ探してきてくれたの?」
『はい、そうです』
「それで、ずっと姿が見えなかったんだ……。でも、僕のそばから離れて探すの、大変だったはず……」
『このとおり、わたしはなんともありませんので、お気になさらず』
「よく言うぜ」と、イタチが即座にツッコむ。ミュオンが自身の髪を食べる光景は、イタチの心境を複雑にした。
『多少の危険はありましたが、リョウスケくんのためにがんばりました♪』
と、ミュオンが前向きに打ち消す。
「あ……、ありがとう、ミュオンさん。すごくうれしい! でも、あんまり無理しないでね」
亮介はニッシュの樹皮を拾いあげ、満面の笑みを浮かべた。さらりとした感触で、淡い茶色をしている。この生地さえあれば、タオルやシーツ、カーテンなどをつくることができる。現在のベッドは、藁を敷いただけの間に合わせにつき、寝心地はよろしくない。ニッシュの樹皮は、使い道がたくさんあった。
『満足していただけて、なによりです。お困りごとがあれば、このミュオンになんでも相談してください』
誇らしげに胸を張るミュオンは、ハイロの顔を、ちらッと見た。一方的な対抗心を燃やす精霊にたいし、釈然としないハイロは、軽く肩をすぼめた。
「やいやい、おまえが〈リョースケ〉だな。人間のくせに、どうして自然界にいるンだ。狙いはなんだ? 密猟目的か? 正直に言わなきゃ噛みつくぞ!」
イタチは、亮介が幼子の姿をしていても、警戒心をあらわにし、「シャーッ」と牙をむく。
『これ、イタチよ。いきなり失礼ではありませんか。リョウスケくんは無害ですよ。むしろ、われらの天使です』
「フンッ、武器は持っていなそうだけど、こんなやつ信用できるか。おいらたちの毛皮を商品にして売るような連中は、さっさと出ていけ!」
イタチのことばに、亮介は当惑した。事情があるにせよ、人間は野生動物が暮らす山々から資源を横取りし、棲家を奪ってきた。とくに半獣属は、ごく一部の森林域で生きのびている。人間との共存には、課題が山積みだった。
「ご、ごめんなさい……。たしかに僕は人間だけど、森を追いだされたら……、ほかに行くところなんて……」
ポロポロと、亮介の目から涙がこぼれた。異世界で目を覚ましたとき、ミュオンやハイロがいなければ、まちがいなく黒い蛇の餌食になっていた。救われた命を大事にしなければ、バチが当たる。しかし、異世界の住人すべてが、厚意的とはかぎらない。泣くつもりなどなかった高校生は、涙の粒を指ではらったが、すぐに溢れてきた。
「う……、うぅっ……、うわーん!」
その場にくずおれた亮介は、子どものように大きな声で泣いた。人間代表として、少しはイタチに抗議すべきだったのかもしれない。しかし、自分の幼さが、たまらなく情けなくて、悔やまれた。容姿だけでなく、心まで純粋になれたらよかったのにと、そんな嘆きも、涙の理由に含まれた。
★つづく
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