上 下
6 / 171
幕開け

第6話

しおりを挟む

「リョウスケ、待て」

 イタチの射程範囲へ安易あんいに近づこうとする亮介を、ハイロが声だけで制した。イタチは「フンッ」と鼻息をもらした後、「おらよ」といって、手にしていた樹皮を前方へ転がした。薄い生地きじがファサッと地面にひろがると、亮介は「布?」といって目を見張った。

「ど、どこに、こんな大きな布が……」

『これはニッシュの樹といって、わたしたち精霊もこのんで羽織はおる天然繊維です。肌ざわりがよく、リョウスケくんの衣服に最適さいてきかと思いまして』

「僕のために、わざわざ探してきてくれたの?」

『はい、そうです』

「それで、ずっと姿が見えなかったんだ……。でも、僕のそばから離れて探すの、大変だったはず……」

『このとおり、わたしはなんともありませんので、お気になさらず』

「よく言うぜ」と、イタチが即座にツッコむ。ミュオンが自身の髪を食べる光景は、イタチの心境を複雑にした。

『多少の危険リスクはありましたが、リョウスケくんのためにがんばりました♪』
 
 と、ミュオンが前向きに打ち消す。
 
「あ……、ありがとう、ミュオンさん。すごくうれしい! でも、あんまり無理しないでね」

 亮介はニッシュの樹皮をひろいあげ、満面の笑みを浮かべた。さらりとした感触で、淡い茶色をしている。この生地きじさえあれば、タオルやシーツ、カーテンなどをつくることができる。現在のベッドは、わらいただけの間に合わせにつき、寝心地はよろしくない。ニッシュの樹皮は、使い道がたくさんあった。

『満足していただけて、なによりです。お困りごとがあれば、このミュオンになんでも相談してください』

 誇らしげに胸を張るミュオンは、ハイロの顔を、ちらッと見た。一方的な対抗心を燃やす精霊にたいし、釈然しゃくぜんとしないハイロは、軽く肩をすぼめた。

「やいやい、おまえが〈リョースケ〉だな。人間のくせに、どうして自然界にいるンだ。狙いはなんだ? 密猟目的か? 正直に言わなきゃ噛みつくぞ!」

 イタチは、亮介が幼子おさなごの姿をしていても、警戒心をあらわにし、「シャーッ」と牙をむく。

『これ、イタチよ。いきなり失礼ではありませんか。リョウスケくんは無害ですよ。むしろ、われらの天使です』

「フンッ、武器は持っていなそうだけど、こんなやつ信用できるか。おいらたちの毛皮を商品にして売るような連中は、さっさと出ていけ!」

 イタチのことばに、亮介は当惑した。事情があるにせよ、人間は野生動物が暮らす山々から資源を横取りし、棲家すみかを奪ってきた。とくに半獣属は、ごく一部の森林域で生きのびている。人間との共存には、課題が山積みだった。

「ご、ごめんなさい……。たしかに僕は人間だけど、森を追いだされたら……、ほかに行くところなんて……」

 ポロポロと、亮介の目から涙がこぼれた。異世界で目を覚ましたとき、ミュオンやハイロがいなければ、まちがいなく黒い蛇の餌食えじきになっていた。救われた命を大事にしなければ、バチが当たる。しかし、異世界の住人すべてが、厚意こうい的とはかぎらない。泣くつもりなどなかった高校生は、涙の粒を指ではらったが、すぐにあふれてきた。

「う……、うぅっ……、うわーん!」

 その場にくずおれた亮介は、子どものように大きな声で泣いた。人間代表として、少しはイタチに抗議すべきだったのかもしれない。しかし、自分の幼さが、たまらなくなさけなくて、やまれた。容姿だけでなく、心まで純粋になれたらよかったのにと、そんななげきも、涙の理由に含まれた。


★つづく
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

やめて抱っこしないで!過保護なメンズに囲まれる!?〜異世界転生した俺は死にそうな最弱プリンスだけど最強冒険者〜

ゆきぶた
BL
異世界転生したからハーレムだ!と、思ったら男のハーレムが出来上がるBLです。主人公総受ですがエロなしのギャグ寄りです。 短編用に登場人物紹介を追加します。 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎ あらすじ 前世を思い出した第5王子のイルレイン(通称イル)はある日、謎の呪いで倒れてしまう。 20歳までに死ぬと言われたイルは禁呪に手を出し、呪いを解く素材を集めるため、セイと名乗り冒険者になる。 そして気がつけば、最強の冒険者の一人になっていた。 普段は病弱ながらも執事(スライム)に甘やかされ、冒険者として仲間達に甘やかされ、たまに兄達にも甘やかされる。 そして思ったハーレムとは違うハーレムを作りつつも、最強冒険者なのにいつも抱っこされてしまうイルは、自分の呪いを解くことが出来るのか?? ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎ お相手は人外(人型スライム)、冒険者(鍛冶屋)、錬金術師、兄王子達など。なにより皆、過保護です。 前半はギャグ多め、後半は恋愛思考が始まりラストはシリアスになります。 文章能力が低いので読みにくかったらすみません。 ※一瞬でもhotランキング10位まで行けたのは皆様のおかげでございます。お気に入り1000嬉しいです。ありがとうございました! 本編は完結しましたが、暫く不定期ですがオマケを更新します!

転生令息の、のんびりまったりな日々

かもめ みい
BL
3歳の時に前世の記憶を思い出した僕の、まったりした日々のお話。 ※ふんわり、緩やか設定な世界観です。男性が女性より多い世界となっております。なので同性愛は普通の世界です。不思議パワーで男性妊娠もあります。R15は保険です。 痛いのや暗いのはなるべく避けています。全体的にR15展開がある事すらお約束できません。男性妊娠のある世界観の為、ボーイズラブ作品とさせて頂いております。こちらはムーンライトノベル様にも投稿しておりますが、一部加筆修正しております。更新速度はまったりです。 ※無断転載はおやめください。Repost is prohibited.

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる

木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8) 和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。 この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか? 鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。 もうすぐ主人公が転校してくる。 僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。 これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。 片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

甥っ子と異世界に召喚された俺、元の世界へ戻るために奮闘してたら何故か王子に捕らわれました?

秋野 なずな
BL
ある日突然、甥っ子の蒼葉と異世界に召喚されてしまった冬斗。 蒼葉は精霊の愛し子であり、精霊を回復できる力があると告げられその力でこの国を助けて欲しいと頼まれる。しかし同時に役目を終えても元の世界には帰すことが出来ないと言われてしまう。 絶対に帰れる方法はあるはずだと協力を断り、せめて蒼葉だけでも元の世界に帰すための方法を探して孤軍奮闘するも、誰が敵で誰が味方かも分からない見知らぬ地で、1人の限界を感じていたときその手は差し出された 「僕と手を組まない?」 その手をとったことがすべての始まり。 気づいた頃にはもう、その手を離すことが出来なくなっていた。 王子×大学生 ――――――――― ※男性も妊娠できる世界となっています

処理中です...