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第二部
花咲く果実⑸
しおりを挟む「クオン。今、なんと云ったのだ?」
皇太子の誕生祭前日、寝所で段取りの説明を聞くアセビは、クオンと雑談に及んだ。
「あくまで、例えばの話だ。適当に聞き流せよ」
「そうはいかぬ。グレンの将来に関わることではないか」
「……ま、おまえさんは良くできた母親だが、万が一、なんらかの原因で皇太子の体調が不安定になった場合、第二後継者の存在は不可欠と云ったんだ。……おそらく、グレンハイトのお披露目が済んだあと、不測の事態に備えてふたり目を作るよう、臣下からも意見がでるだろうしな」
「ふたり目と簡単に云っても、候補はいるのか?」
「寵主がいるだろ」
「わ、わたし? 冗談であろう。もう、あのような出産の苦しみに耐える自信などないぞ」
本心からでたことばに、クオンは小さく笑った。精子と卵子の結合が成立し、子宮の中に赤子が宿り、この世へ無事に産みだされることは神秘的であり、奇跡の連続である。この時代では、女性の発育がきちんと機能していれば必ず妊娠すると誤認されており、男性側の役割は至って単純だった。大変な過程を乗り越えてグレンを出産したアセビに対する期待は、本人が思うよりずっと高く、ふたり目を作るべきだという意見は現実的だった。
(……いやいや、絶対に無理。皇帝の子をふたりも産むなんて、そんなの、お断りだ! だいいち、運良く男児を授かるとは限らないしな……)
拒む気持ちが顔にでたようで、クオンに失笑された。親が子へ与える影響を考えると、アセビはリヤンに降伏すべきであったが、心の仕組みは複雑で、歪んだ感情が生じている。グレンハイトは、父親の前でいい子になろうと努力しており、幼いながら皇帝の権威を感じているようだ。母子のあいだで父親に対する感情が異なるため、教育には注意が必要だった。
(もとより、わたしは故郷に帰れぬ身……。すでに死人と思われているはずだ。……グレンが次期皇帝の座につくというならば、わたしが支えてやるべきだろう)
「ところで」
シルキは別室で就寝中だが、クオンは声を低めて訊ねてきた。
「おまえの目的はなんだ」
「……え?」
「3年前、女人禁制の場所と知りながら、離宮へ近づいた理由があるはずだ」
誰にも指摘されずに過ごしてきたアセビは、反射的にギクッと青ざめた。クオンは、医官として信頼できる男である。だが、皇帝の命令で動く側の人間であることに変わりはない。正直に打ち明ける必要はないが、アセビの胸はズキンと痛みを感じた。
(……やはり、わたしを疑っていたのだな。当然といえば当然か。……いずれにせよ、わたしは皇帝を裏切ることになる。クオンを巻き込むつもりはないが、わたしの起こした行動のせいで、責任を問われなければよいが……)
「おまえが何を考えているのか、手に取るようにわかると云ったのを忘れたか」
「ク、クオン?」
アセビが長考するうちに接近したクオンは、細い首筋に指を添えると軽く圧迫した。
「うぐっ!」
一瞬、息が詰まったアセビは、抗議のまなざしを送るが、クオンから更に首を絞められた。
(く、苦しい……っ、息が、できない……っ!)
突然の窮地に対処が遅れたアセビは、寝台の上でクオンに首を絞められるという状況に陥った。しかも、クオンの指先には強い力が込められており、うまく呼吸ができない。相手の表情を確かめる余裕もなく、顔を歪めてヒューヒューと咽喉を鳴らすアセビだが、クオンから悪意や殺気を感じないため、余計に頭が混乱した。
✓つづく
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