月冴ゆる離宮

み馬

文字の大きさ
上 下
18 / 66
第一部

原罪の箱庭⒅

しおりを挟む

 産医ではないクオンだが、アセビ(リュンヌ)の妊娠期と分娩の介助を任された以上、全期を通じて責任は重大だ。自己の判断ミスで母子ともに害が及ぶような状況だけは、絶対に避ける必要があった。

「皇帝陛下の頼みとあらば、やるしかねぇな」

 小さく溜め息を吐き、青寝殿へ向かったクオンは、女官たちに出産だけでなく育児に至るまでの流れを教わった。


 季節は春へと移り変わり、中庭に桜の花が咲いた。皇帝の寝所から一歩も外へ出られないアセビの生活も、4ヵ月目に突入した。

「リュンヌさま、湯加減ゆかげんはどうですか?」

「ああ、大丈夫だ……」

 炊事場すいじばで沸騰させた湯を平たい桶に汲んで寝所へ運び入れ、リュンヌの背中を流すシルキは、クオンの指示で動くことが多くなっていた。紫寝殿ししんでんに身をおくアセビは、これまでの経緯を察するに、出産は寝所ここおこなうのだろうと思えた。

(……寵女クピドとなった今も、外部との接触を禁じられているのは、生まれてくる赤子の性別が、どちらなのか、わからないからだろう。……男児であれば、わたしは皇帝の権限で寵主ハイムとなる。確固かっこたる称号を手に入れさえすれば、ここから出られるはずだ)

 しばらく熱っぽくだるい症状が続いたアセビだが、最近は基礎体温が下がり、体調も落ちついていた。おなかが少し大きくなり、外的な変化として認められた。また、乳腺の発達により胸が張ったり、腰痛に悩まされたが、胎児の成長を実感できるため、アセビは(不本意ながらも)自分が一児いちじの母になる意識を高めていった。

(どうか無事に生まれてきますように……。父親が誰であろうと、わたしの血と肉を分けた子なのだ。わたしがしっかりせねば、誰がこの子を愛してくれるだろうか……)

 生まれてくる赤子に罪はない。アセビは、無条件で我が子を愛すると誓った。

「よう、シルキ。邪魔するぜ」

「あっ、クオンさんだ! こんにちは!」

 全裸で湯浴ゆあみ中のところへ、クオンが顔をだす。アセビの肌へ目を留めるなり、「胸が大きくなったな」と云って、脇に片膝かたひざをつく。

「体調はどうだ」

「あ、ああ……。胸が張って少し痛く感じるが、食欲はあるし、至って順調だと思う」

さわっても?」

「うむ、構わぬが……」

 クオンは、アセビの許可を得て胸に手を添えると、軽くんで触診した。

「なるほど。乳房の大きさに関係なく、産後は母乳が分泌される仕組みになっているから、このように張ってくるのだ。……母乳は血液から作られるゆえ、乳首に血がにじむことがあっても驚く必要はないが、念のためすぐにしらせろよ」

「わ、わかった……」

 クオンの知識は、妊婦のアセビより豊富ほうふにつき、今となっては心強こころづよい存在だ。クオンは胸に添えた手を下降させ、アセビの下腹部を撫でた。

「おまえの胎内なかにリヤンの子がいるとは、ふしぎなものだな」

「べつだん、ふしぎな話ではない。そうなるよう、わたしは何度もあの男に抱かれたのだ。これは当然の結果ではないか」

「正論だが、色気がねぇな」

「そんなもの必要ない。わたしは、あの男に利用されているにすぎぬ」

 今のところ皇帝の成すがままに応じるアセビだが、あくまで、内側から離宮制度の廃止を実現させるためである。

(……ジュリアンさま、もうしばらくの辛抱しんぼうです。必ず、あなたを救い出してみせます……)


✓つづく
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】国王陛下に婚活を命じられたら、宰相閣下の様子がおかしくなった

ほづみ
恋愛
国王から「平和になったので婚活しておいで」と言われた月の女神シアに仕える女神官ロイシュネリア。彼女の持つ未来を視る力は、処女喪失とともに失われる。先視の力をほかの人間に利用されることを恐れた国王からの命令だった。好きな人がいるけどその人には好かれていないし、命令だからしかたがないね、と婚活を始めるロイシュネリアと、彼女のことをひそかに想っていた宰相リフェウスとのあれこれ。両片思いがこじらせています。 あいかわらずゆるふわです。雰囲気重視。 細かいことは気にしないでください! 他サイトにも掲載しています。 注意 ヒロインが腕を切る描写が出てきます。苦手な方はご自衛をお願いします。

腹黒王子は、食べ頃を待っている

月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

【R18】寝取られ願望がある旦那様のご要望で、年下の美しい国王陛下に抱かれることになった夜。

yori
恋愛
「お願いだよ、ミア。私のために、他の男に抱かれてきておくれ」 侯爵夫人であるミア・ウィルソンが、旦那様にお願いされて、年下の美しい国王陛下と閨を過ごすことに。 そうしたら、国王陛下に指示されて、色んな事に目覚めてしまうそんなお話。 ※完結済み作品「転生先のハレンチな世界で閨授業を受けて性感帯を増やしていかなければいけなくなった件」の数年後、ルーク王国が舞台。ですが、登場人物とか出てこないので、読まなくても全然大丈夫です。 ※終始えっちしています。何でも許せる方のみ読んでください……!

【R18】義弟ディルドで処女喪失したらブチギレた義弟に襲われました

春瀬湖子
恋愛
伯爵令嬢でありながら魔法研究室の研究員として日々魔道具を作っていたフラヴィの集大成。 大きく反り返り、凶悪なサイズと浮き出る血管。全てが想像以上だったその魔道具、名付けて『大好き義弟パトリスの魔道ディルド』を作り上げたフラヴィは、早速その魔道具でうきうきと処女を散らした。 ――ことがディルドの大元、義弟のパトリスにバレちゃった!? 「その男のどこがいいんですか」 「どこって……おちんちん、かしら」 (だって貴方のモノだもの) そんな会話をした晩、フラヴィの寝室へパトリスが夜這いにやってきて――!? 拗らせ義弟と魔道具で義弟のディルドを作って楽しんでいた義姉の両片想いラブコメです。 ※他サイト様でも公開しております。

前世変態学生が転生し美麗令嬢に~4人の王族兄弟に淫乱メス化させられる

KUMA
恋愛
変態学生の立花律は交通事故にあい気付くと幼女になっていた。 城からは逃げ出せず次々と自分の事が好きだと言う王太子と王子達の4人兄弟に襲われ続け次第に男だった律は女の子の快感にはまる。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

今日も殿下に貞操を狙われている【R18】

毛蟹葵葉
恋愛
私は『ぬるぬるイヤンえっちち学園』の世界に転生している事に気が付いた。 タイトルの通り18禁ゲームの世界だ。 私の役回りは悪役令嬢。 しかも、時々ハードプレイまでしちゃう令嬢なの! 絶対にそんな事嫌だ!真っ先にしようと思ったのはナルシストの殿下との婚約破棄。 だけど、あれ? なんでお前ナルシストとドMまで併発してるんだよ!

処理中です...