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第一部
原罪の箱庭⑷
しおりを挟むたいそうな衣服を身につけたアセビだが、頭髪は乱れてボサボサにつき、皇帝に拝謁する前に化粧部屋へ通された。植物油で髪を梳く女官から、「まあ」と声があがる。銀色の毛並みが判明し、染めていたことを指摘された。
「……変装してまで忍び込むなんて、驚きですわ。余程の事情があるのね」
アセビは唇を結び、沈黙を保った。
大王殿の構造は、いくつかの建物が透廊という渡り廊下でつながっており、朝堂、客殿、大広間、中庭、花殿、宰相堂、姫君のいる離宮などが漆喰の壁で囲われている。大きな敷地の中央に位置する正殿は、リヤンムスカが過ごす場所であり、アセビを抱いた紫寝殿(寝所)は、正殿の奥にあった。すべての建物の総称を大王殿という。また、大王殿で働く者は、許可なく外界へ足を運ぶことはできず、病気や違反行為によって追放されないかぎり、敷地内に立つ共同住居に身を寄せていた。
「ねぇ、あなた。どうやって皇帝陛下に気に入られたの? 陛下の寝所に罪人が呼ばれるなんて、初めてのことよ」
女官の質問に答えるほど、アセビはまぬけではない。そもそも、リヤンの思惑など、知る余地もなかった。女官は皆、淡い藤色の衣服を身につけており、髪を首のうしろで束ねている。その髪飾りの布によって、階級がわかるようになっていた。黒い布を巻いていれば既婚者で、青い布は皇帝のお手付き(枕を共にした経験あり)で、赤は処女といった具合だ。髪飾りの布には月の刺繍があり、満月は下女、三日月は上官で、中間の位は存在しない。昨晩、アセビの身を清めたのは黒い布を巻いた中年の女官たちだったが、今朝は赤い布を巻く若い娘ばかりだった。
身仕度を終えた後、アセビは正殿に連行された。扉の左右に武装兵士が立っている。拷問部屋で見た兵士より、更に体格がよい。罪人と目を合わせることはなく、まっすぐに槍を立て、静かに佇んでいる。
「皇帝陛下、昨夜の罪人を連れて参りました」
女官が扉越しに頭をさげていうと、中から「通せ」と低い声が聞こえた。アセビは背中を押され、正殿の内側へ足を踏み入れた。広い空間に並ぶ柱の数は、全部で六つあり、御簾の向こうに見える玉座に、リヤンムスカが腰を据えていた。三つ目の柱の横に、側近らしき老人と、護衛剣士が立っている。ゴクッと唾を呑むと、アセビは自ら進みでて、冷たい床に手をついた。
「改めまして、皇帝陛下に、ご挨拶申しあげます。わたしの名はアセビ・バジ……、ルフドゥより観光にきた田舎者です」
女官から事前に云われたとおり、まずは深く頭をさげ、素性を打ち明けた。田舎者と主張することで、離宮に忍び込んだ理由を、たんなる好奇心によるものだと誤魔化せる。ゆっくり面をあげると、傍らの剣士が武器を引き抜いた。
✓つづく
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