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愛 玩 人 体〔49〕
しおりを挟むバージルの運転する乗用車に揺られること10分足らずで、エイジは小売店の前で降ろされた。
昼間の中心部はいつになく混んでおり、週末という曜日が、人々の足並みを軽くしていた。バージルはエイジに紙幣を手渡すと、ひとまず服を替えるよう指示する。ボタンひとつで裸になる姿では、問題が起きやすい。エイジは素直に頷いて、店の中へ入った。
「いらっしゃいませぇ。あら、まあ、かわいいお客さまですね~」
店員の女性にからかわれたエイジだが、目についた衣装を手に取り、短時間で会計を済ませた。
(かわいいって、なンだよ……?)
エイジは試着室を借りて着替え、愛玩人体用の服は紙袋に詰めてもらった。
「ありがとうございました~」
店員の挨拶を背中に聞き、駐車場へ向かうとバージルがボンネットに浅く腰をかけ、誰かと通話をしていた。近くを歩く数人の女性が、バージルの容姿に見とれて立ちどまる。
「ねぇ、あのひと、ステキじゃない?」
「ホントだ。カッコイイ」
「ちょっと声をかけてみようか?」
「だめよ。通話してるじゃないの」
そんなやりとりをして、名残惜しそうに再び歩き出す。エイジはムッとして頬を膨らませたが、こんなことで嫉妬する自分に呆れもした。(バージルとは、別に恋人同士ってわけじゃないし、周りがどういう目で見ようと、オレには関係ないンだよな……)
耳に通信ツールをあてたバージルは、店から出てきたエイジに気づき、通話を終了した。考えてみれば、完全に私生活の時間を共有している状況につき、今になって心臓がドキドキと高鳴った。
(なんかやばい。いつもの白衣姿じゃないから、余計に緊張する。うるさいぞ心臓、鎮まれ……)
「バージル、これ、お釣り……」
「キミの財布にしまっておきなさい」
「え? だって……」
「持っていないのか」
「ううん、ここにある」
以前、バージルから受け取ったコインケースなら、研究室を出るときに持参した。エイジがズボンのポケットから出してみせると、バージルは「キミの好きに使いなさい」と云う。エイジは「わかった」と返事をして、釣銭をコインケースの中へしまった。助手席に乗り込むと、予定の変更を告げられた。
「この後だが、キミと飲食店で昼食を摂るつもりだったが、ミフネから連絡があった。先に、わたしのマンションへ向かわせたので、何か食べるものを買って帰ろうと思う」
「うん。それでいいよ。外食なら、またあとですればいいしさ」
エイジが明るい表情で云うと、バージルは「すまないね」と、ひとこと詫びた。ふたりで外食をする口約束を、きちんと憶えていてくれたことが嬉しかった。
エイジは、これまで以上に心が満たされていた。むろん、バージルと共に過ごせる3日間に、期待せずにはいられない事柄がある。関係を深める機会に恵まれたエイジは、先程の小売店で勝負下着を買って、身につけていた。そのせいで、ちょっとした事件が発生することになるが、エイジはまだ知らずに過ごしている。ちなみに、エイジが身につけている下着は、女性用のレースパンティーだ。
地上77階建ての鉄筋コンクリート構造のマンションが、バージルの住居である。駐車場へ到着すると、バイクにたまがる三船の姿を路肩に確認した。エイジが駆け寄ると、三船から目を見張られた。
「なんだ、おまえさん。数日見ないうちに、かわいくなったな」
「は? なにそれ。意味不明なんだけど!!」
小売店の女性からも“かわいい”と呼ばれたばかりにつき、エイジは変な気分になった。恋に浮かれている時は(表情や仕草だけでなく)、雰囲気にあらわれやすい。ただし、本人はそれとは気づかない。三船に脇腹を小突かれたエイジは、不愉快になった。
「やめろよ! ショウゴはオレに気安く触るな!」
前科のある三船は「はいよ」と云って、両腕をあげて見せた。ふたりがじゃれていると、乗用車の駐車を済ませたバージルが合流した。手にした箱を三船へ手渡すと、
「おっ、ハーツィーズのビーフサンドを買ってきたのか。人気のチキンスープとホワイトクリームパイも入ってるな」
と云って、鼻息で内容を正確に云い当てた。
「ショウゴって、本当に動物の熊みたいだな。箱を開けなくても、においでわかるンだもんな」
「この店は新しくできたばかりで、職場でも人気があるからな。おれも食べてみたいと思ってたんだ」
三船が嬉しそうに笑うと、エイジも食べるのが楽しみになってきた。店舗へはバージルひとりが立ち寄り、エイジは車内に待機していたので、箱の中身は見ていない。
(いいのかな、こんなに楽しくて……)
あまりにも平和な時間が流れると、妙な不安を感じてしまうエイジだった。
+ continue +
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