愛 玩 人 体

み馬

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愛 玩 人 体〔18〕

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 レインの正式名は、マレイン▪オゼ▪メドウスと云うようだ。

 エイジは、愛玩人体あいがんボディとして客にごはん、、、を食べさせてもらいながら、ぼんやり考えていた。(手料理を食べさせたいと云う、おかしな男が客で助かったけど、味はハッキリ云って超マズイ!)

 医局オゼの要人Bの目的は不明だが、エイジに残したメッセージカードには、レインについて注意するよう暗示されていた。温厚な性格の若者わかものに、どのような隠し事があるというのか。よりにもよって、レインに不信感を持つことになるとは、いたたまれない気分だった。ふいに、客の男から口移しで食べ物を詰め込まれた。

「うぐッ!」
 
 口の中に、マズイ飯と男の舌が同時に入ってくる。結局、エイジは精神的なダメージを受けた。迎えにきたバージルに「すっげぇ気持ち悪い」と、体調不良を訴えた。 
「胃薬ならダッシュボードだ」
 相変わらず、手抜かりはない。エイジが助手席に乗り込むと、ドリンクホルダーに飲料水のボトルが置いてあった。キャップを開けて飲み干した。ところが、研究室に着く前に嘔吐おうとしたエイジは、激しくき込んだ。
「ゴホッ、ゴホッ、車ン中……汚しちまって、ごめんッ」
「クリーニングに出すから問題ない。自分にとって楽な姿勢を取りなさい」
 医師は冷静だ。云われてエイジは背もたれを倒し、横になった。酸っぱい胃液が込みあげてくる。とにかく気持ちが悪かった。
生肉なまにくでも食わされたか」
 バージルに問われたが、エイジは答えることができず、ぎゅっと瞼をとじていた。余計にレインの顔が脳裏に浮かんでしまい、胸の奥が苦しくなった。

「……エイジ」

 医局の駐車場で、医師は助手席のドアを開けてエイジに声をかけた。いつの間にか眠ってしまったエイジは、これといって反応をしめさない。医師が、そっと肩へ腕を伸ばすと、近くから声がかかった。

「よう、セルジュ。お疲れさん」
「ミフネ」

 学棟へ資材の搬入を終えたミフネは、首からタオルをさげていた。助手席のエイジの有様ありさまに目を留めると、すぐさま駆け寄ってくる。
「大丈夫なのか? こいつ」
「ああ、ただの食あたりだ」
 エイジの服は吐き出したもので汚れていたが、ミフネという男はそんなことは気にもせず、抱きあげて運ぶ役を引き受けた。医師に案内され、ミフネは研究室に足を踏み入れた途端とたん、ため息を吐いた。
「へぇ、案外、快適かいてきなんだな」
 室内を見まわして気密容器カプセルに近づくと、医師から容器の底にエイジを寝かせるよう云われ、それに従った。
「服を脱がせておけ」
 医師は薬品棚に向かいながら、指示を出す。
「全部?」
 と、ミフネは聞き返したが、よく見るとエイジはボタンひとつで裸身になる服を着ていた。少し迷ったが、エイジを裸身にすると、愛玩人体の生身なまみを直視した。まだ成長過程にありそうな柔肌に見える。
「いくら研究のためとは云え、こんなガキにあんまり無理をさせてれるなよ、なあ? バージル医師せんせい?」
 必要な器具を手に戻った医師いしへ、ミフネが云う。バージルはエイジの未熟なカラダに視線を落とし、首を横に振った。
「ならば、代用品を調達するだけの話だ」
「おまえ、冷たいなァ。AZエイジの気持ちも少しは考えてやれよ」
「考えたところで、どうにもならない」
「たとえそうだとしても、おれは、AZに同情させてもらうぜ」
 ミフネは苦笑して云う。バージルの態度を見る限り、エイジは相当やるせなさを感じているはずだ。ふたりの関係に拍車を掛けたつもりが、進展は認められなかった。   
 医師はエイジの腕に注射針を射すと、微量の採血をした。念のため、検査が必要と判断したまでだが、のちに、結果はやはり食中毒だと判明する。愛玩人体を利用するに当たり、食べ物を与える行為には問題があると報告書に記入した。

 翌朝になり、エイジが目を覚ますと、なぜかミフネの姿が研究室にあった。エイジしか使わないマグカップを勝手に持ち出して、インスタントのココア(バージルがエイジ用に買い足しているもの)を飲んでいる。
「よう、起きたか」
「オッサン!? なんで、ここに居るンだよ!?」
 気密容器は蓋が開いていたので、エイジは反射的に飛び出した。次に、裸身であることを意識して、うろたえた。愛玩人体用の服は洗濯中らしく、どこにも見あたらない。エイジが硬直こうちょくしていると、ミフネは自分のシャツを脱いで差し出した。
「これでも着てろよ。おまえさん、結構きれいなからだをしているんだな」
「う、うるさいッ、こっち見んな!!」
「はい、はい」
 エイジはミフネの手から奪うようにしてシャツを受け取り、袖を通した。ミフネは長身につき、エイジのひざまでたけあまる。
「……汗くさい」
「がまんしろ。全裸で歩くよりはマシだろ」
「バージルは?」
「さっきまで居たよ。書類を片手に出ていったのが10分前の話だ」
 ミフネは徹夜でエイジの看病をしていた。静かに眠りにいているのかと思えば、歯を咬みしめたり、うなされたりするため、髪を撫でたり肩を軽く揺すったりを繰り返し、エイジの呼吸を見守っていた。バージルは研究室に泊まり込み、必要な仕事を片付けた。

「調子はどうだ? 顔色はだいぶ良くなっているし、大丈夫そうだな」
 ミフネは、見た目とは裏腹うらはらに外科医の資格を持っている。なぜか疲れた顔をして、指で無精髭をなぞると、 
「向こうの仮眠室を使わせてもらうぜ。セルジュが戻ったら、起こしてくれ」 
 と云い、エイジの視界から姿を消した。ミフネ特有のラベリング技術により、過去の記憶を閉ざされているエイジは、警戒心を捨て切れずにいたが、心の底から嫌っているわけではなかった。
(むしろ、レインさんの次に好感が持てる男だ……)
 なにより、ミフネはバージルと親しい間柄につき、悪人あくにんであるはずがない。そう思えた。だが、仮眠室から耳障みみざわりないびきが聞こえてくると、エイジの頭は痛くなった。
(うるせぇぞ、オッサン!)
 と心の中で叫ぶと、ミフネが残した飲みかけのマグカップに口をつけ、冷めたココアで咽喉のどの渇きをうるおした。


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