9 / 10
空蟬と呼ばれるもの
しおりを挟むこんな状況を予想していなかった螢介は、頭の整理をあきらめた。やるべきことは、[さくや亭]の呼び鈴を押すものを案内すること。どの部屋に連れていくかは、亭主がきめる。……やばいやつがきたら、炎估に頼むしかない。ネコは、戦力として考えないほうが無難だな。……猫パンチはまともに喰らえば痛てぇけど。
夕食を終えて部屋にひきあげた螢介は、紙袋のなかから臙脂色のパジャマを取りだして、さっそく着がえた。大事なものの近くに三枚の光るものが見えたが、気づかないふりをした。……いまのがウロコ? どこに封じてんだよ。秘密を共有する相手は、恋人にかぎられる。きわどい部位だ。……疲れた。もう寝よう。
「ねえねえ、おにいちゃん。彼女いるんだ?」「いないよ」「あの子は?」「ネコだよ」「女の子じゃん」「それでも、ネコなんだよ」「ふうん? ネコじゃだめなの」「だめって、なにが」「彼女にするの」「だめにきまってる」「なんで?」「ネコは、たくさん子どもを生むんだよ。おれは高校生だぜ」「ぼくのおかあさんは、高校生のときにぼくを妊娠したって云ってたよ」「ぶふっ!!」
螢介がのんだばかりの緑茶を吐いたので、机にひろげた半紙にシミができた。「きたなーい!」と生徒に非難され、「すまん」と詫びて、何枚か丸めて捨てた。
けさも雨はふっていたが、めずらしく、まともな生徒がやってきた。玄関の段差に腰をかけて長靴を脱ぐ小学生の男の子は、あちこち泥や雨水で汚れていた。いまのところ、あやしい気配も感じない。かわいらしい女の子の姿で歩きまわるネコは、きちんとシャツとスカートを身につけている。螢介の着がえといっしょに、亭主が買ったものだ。測ったわけではないだろうが、サイズもぴったりだ。
……ネコの姿はどう見ても子どもだぞ。たぶん、八歳とか九歳くらいだろうな。どうしておれの彼女に見えるんだ? せいぜい歳の離れた妹だろ。
ほんじつの留守番の相手は、学校に行きたがらない男の子で、亭主からは習字をおしえるように言づかっている。床の間の雰囲気はなごやかで、螢介はホッとした。
「おにいちゃん、ここ、むずかしい」
「見せてみろ。ああ、ここはだな、角へきたら筆を持ちあげるんだ。半紙から筆のさきを完全には浮かせないのがコツで、それからゆっくりおさえる。あとは豪快にいってよし」
螢介も筆を持ち、生徒のとなりで文字を書く。師だった曾祖母は百歳の年に亡くなり、土地も家財も売りはらわれている。習字道具をひきとった天蔵父は、螢介に形見だといって持たせた。
……あの家に残してきちまったな。とりに行けたら、いいけれど。すぐには無理だな。
「ぼくが行ってこようか」
「え?」
「おにいちゃんの忘れもの、とってきてあげるよ」
男の子は、ニコッと笑う。思考を読まれておどろく螢介は、いやな予感がした。……まさか、この子も十翼なのか? このあいだの少年よりも小さい子だぞ。いきなり成長するとか? ……頼むから変身はやめてくれ。かなり心臓に悪い。
「変身じゃなくて化生って云うんだよ」
……ああ、やっぱりそうなるのか。勘弁してほしい。ネコ、どこだ? おまえはさっさと避難しとけ。
むくむくと、男の子のからだがのびてゆく。手も足も螢介より長くなる。……やばいな。見た目が人間のかたちに成長するとはかぎらねぇのか。こいつは、おれも逃げたほうがよさそうだ!
〘つづく〙
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
~後宮のやり直し巫女~私が本当の巫女ですが、無実の罪で処刑されたので後宮で人生をやり直すことにしました
深水えいな
キャラ文芸
無実の罪で巫女の座を奪われ処刑された明琳。死の淵で、このままだと国が乱れると謎の美青年・天翼に言われ人生をやり直すことに。しかし巫女としてのやり直しはまたしてもうまくいかず、次の人生では女官として後宮入りすることに。そこで待っていたのは怪事件の数々で――。
おしごとおおごとゴロのこと
皐月 翠珠
キャラ文芸
家族を養うため、そして憧れの存在に会うために田舎から上京してきた一匹のクマのぬいぐるみ。
奉公先は華やかな世界に生きる都会のぬいぐるみの家。
夢や希望をみんなに届ける存在の現実、知る覚悟はありますか?
原案:皐月翠珠 てぃる
作:皐月翠珠
イラスト:てぃる
あやかしの茶会は月下の庭で
Blauregen
キャラ文芸
「欠けた月をそう長く見つめるのは飽きないかい?」
部活で帰宅が遅くなった日、ミステリアスなクラスメート、香山景にそう話しかけられた柚月。それ以来、なぜか彼女の目には人ならざるものが見えるようになってしまう。
それまで平穏な日々を過ごしていたが、次第に非現実的な世界へと巻き込まれていく柚月。彼女には、本人さえ覚えていない、悲しい秘密があった。
十年前に兄を亡くした柚月と、妖の先祖返り景が紡ぐ、消えない絆の物語。
※某コンテスト応募中のため、一時的に非公開にしています。
タロウちゃんと私達
鏡野ゆう
キャラ文芸
『空と彼女と不埒なパイロット』に登場した社一尉と姫ちゃん、そして羽佐間一尉と榎本さんがそれぞれ異動した後の某関東地方の空自基地。そこに残されたF-2戦闘機のタロウちゃん(命名は姫ちゃん)に何やら異変が起きている模様です。異動になった彼等の後を任されたパイロットと整備員達が遭遇したちょっと不思議なお話です。
『空と彼女と不埒なパイロット』に引き続き、関東方面の某基地にF-2戦闘機が配備されたという架空の設定になっています。
こずえと梢
気奇一星
キャラ文芸
時は1900年代後期。まだ、全国をレディースたちが駆けていた頃。
いつもと同じ時間に起き、同じ時間に学校に行き、同じ時間に帰宅して、同じ時間に寝る。そんな日々を退屈に感じていた、高校生のこずえ。
『大阪 龍斬院』に所属して、喧嘩に明け暮れている、レディースで17歳の梢。
ある日、オートバイに乗っていた梢がこずえに衝突して、事故を起こしてしまう。
幸いにも軽傷で済んだ二人は、病院で目を覚ます。だが、妙なことに、お互いの中身が入れ替わっていた。
※レディース・・・女性の暴走族
※この物語はフィクションです。
後宮で立派な継母になるために
絹乃
キャラ文芸
母である皇后を喪った4歳の蒼海(ツァンハイ)皇女。未来視のできる皇女の養育者は見つからない。妃嬪の一人である玲華(リンホア)は皇女の継母となることを誓う。しかし玲華の兄が不穏な動きをする。そして玲華の元にやって来たのは、侍女に扮した麗しの青年、凌星(リンシー)だった。凌星は皇子であり、未来を語る蒼海の監視と玲華の兄の様子を探るために派遣された。玲華が得意の側寫術(プロファイリング)を駆使し、娘や凌星と共に兄の陰謀を阻止する継母後宮ミステリー。※表紙は、てんぱる様のフリー素材をお借りしています。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる