君の瞳は月夜に輝く

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幕開け

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 徐々に人が体育館へと集まってくる。メルロス殿下の姿を見て困惑しながらも慌てて挨拶をし、そばにいる僕を見て更に困惑の色を濃くさせている。その様子を見て僕はいたたまれない気持ちでいっぱいになる。
  

 うぅ、だれか助けて…。さっきから緊張とストレスで胃がきゅるきゅると痛みを訴えている。







「そろってるかー?」と言いながら武術の先生が体育館に入ってくる。いつもはチャイムが鳴って、少ししてから入ってくるのに今日は何故かいつもより早い。
 なんでだろうと思っていると、先生がメルロス殿下に気づき、わざとらしく反応をする。すぐに、さささと近づき、
「おや!これはこれは、メルロス殿下ではありませんか!?今日も風格がたいそうご立派で!!すぐに気が付きましたよ!さすがは殿下!それにしても昨日は驚きましたよ!体術に興味を持ったので授業を受けさせて欲しい、なんて仰って!急なことだったのですが、私が!なんとか調整いたしました!!いや~間に合ったようでよかったです!!私自身は普段通りに進めさせていただきますが、ご要望があれば何なりとお申し付けくださいませ!尽力いたしますぅ~!!」と火が出るんじゃないかというくらい手をこすりながら言った。声のトーンもなんだかいつもより高い気がする。


 これは、あれだ、俗にいう『ごますり』というやつだ…。うちでもよく兄がされているのを見かける。兄はごますりが嫌いなようで、これをされるといつも不機嫌になる。そのまま僕の部屋に来て、疲れた、癒して、とか言いながら僕に抱き着いて全然離れてくれないから、僕もごますりというやつが間接的にだけど嫌いになりつつある。


 メルロス殿下もどうやらお嫌いのようで、一瞬だけ顔を顰めたのを僕は見逃さなかった。しかしそこは王子。すぐに笑顔になって、
「そのまま続けてもらって構いませんが、一つお願いがあります。この時間アルス=シューベルト君と動きたいです。」と言いだす。なんだろう、敬語初めて聞いたからか変な感じするな…。
「それなら私が!!」律儀に手を挙げて少し前に出る先生。
「アルス君がいいんですがだめですか?」
 少し空気が張り詰める感じがする。そっとメルロス殿下を窺うと、表情自体笑顔だがその中に王族特有の有無を言わさぬ圧が隠されているのに気が付く。笑っているからこそまだその圧は軽いけれど、真顔だったら僕は確実に逃げてる…。
 その圧に充てられた先生も慌てて
「お好きにどうぞ!!」と言っていたが、すれ違う瞬間恨みがましそうな顔で僕の方を見たのには気づかないふりをした。さっきの行動からするに、きっと先生がつきっきりで動きたかったのだろうけど…。なんだか、申し訳ないな…。







 楽しそうに話している生徒達と少し離れた射場に僕とメルロス殿下は立つ。先生がこちらをちらちらと見ているのを横目に僕は準備を進める。

「全部的に当てたって?」と唐突に聞いてくる殿下。
「へ?」
「弓だよ、弓。この間授業で全部真ん中に的中させたってあいつが言ってた。」
 あいつとは恐らく先生のことだろう。
「まぁ、調子が良かったようで…。」
「ふーん。ま、いいや。とりあえず一回やって。」どうぞと手を前に出す殿下。
「え?」
「人が弓引いてるとこ見てみたいからやって。」
「今、ここで、ですか?」
「もちろん。めんどくさいから早く。」お、横暴だ…。
「っはい‼」僕は慌てて残りの準備をすます。








 ............。

「…なぁ、本当に全部当てたのか?」メルロス殿下の言葉に僕は何も言えず下を向いてしまう。
 腕を組み真顔で立っている第3王子の圧を感じながら弓を引くのは、この間と比べ物にならないくらいの緊張をどうしてもしてしまう。だから案の定というか失敗してしまい、的の真ん中に当てるどころか、何本か的にすら当たらないという結果になってしまった。
「えーっと、その…。あの時は本当に偶々調子が良かっただけといいますか…。今回は、その…。」
「また言い訳か?」
 冷たさを伴う低い声が聞こえ、思わず口を噤んでしまう。


 そんな僕の様子を見てメルロス殿下はため息をつき、首の後ろを摩る仕草をする。
「いいか?今は練習だから死ぬわけじゃない。だから、言い訳ができるかもしれない。」僕の経験が説教が始まることを察知する。
 なんでこんなところで説教されるんだろう…。メルロス殿下の意図が分からず怪訝な顔をしてしまう。

「でも、ここが戦場なら?一回の失敗、一瞬の気の緩み、一片の情け、それらは全部自分の死に繋がる。自分の命が係っている時に言い訳なんてできると思うか?言い訳をしたら敵が止まってくれるのか?」
 なんでここで戦場の話が出てくるのか分からない。それにこの国は長い間平和で隣国との関係も良好だったから、第3王子は戦争の類に参加したことがないはずだ。増々殿下の意図が分からず、さらに困惑してしまう。


「公爵だから関係ないって?お前も周りが敵だらけっていう経験しただろ?確かにお前は次男だし、まだ公に出ることは少ないのかもしれない。だが、公爵である以上そういう機会は増えるはずだ。今のお前じゃ、この間みたいにやられっぱなしのまんまだぞ?武術はそこそこできるのかもしれない。幸運であればもっと上手にできるのかもしれない。だが、そんな物はいざという時に自分の武器にはならない。どんな時でも、なにがあっても揺るがない確固たるもの。自分の武器とはそういうものだ。」
「…。」
 


 それは自分が一番分かっていることだ。武術はそれなりにやってきた。でもそれ以上でもそれ以下でもない。どんなに危ない目にあったとしても、どこか家族に頼りにしていた節はあるし、それを自覚もしてる。自立しようとしていたが、結局のところ甘えている。痛いところを突かれ、悔しさのあまり歯を食いしばる。



「…お前の兄が言っていた。『危機的な状況において絶対的なものはそれだけで安心感を得れる。』と。」
「兄が?」
「俺がこの授業を取ることどこから聞いたが分からないが、昨日おどさ…、いや言われたんだ。お前を頼む、大切に扱え、強くしてくれと。おど…、いや言われたからには俺はちゃんとお前と向き合う。だからお前も言い訳をするな。」頭をかきながら言うメルロス殿下。

 兄がそんなことを…。メルロス殿下とのことは大方シンやリーンから聞いたのだろう…。けど、兄が僕に強くなって欲しいって…。でも、そうだよな。いつまでもお父さんやお母さんや兄、そしてシンやリーンがいるわけでもない。ここでけじめをつけなければ僕はきっと家族に甘えたままだ。
 










 先ほどの悔しさも相まって僕の決意は次第に意欲に変わる。

「もう一度やらせてください!」王子の許可を取り、僕は準備を始める。一度目を閉じ頭の中を空にする。すっきりさせた状態で目を開き、弓を引き始める。姿勢を整えいざ弓を放たんとする時、ふと影が落ちる。

 なんだ!?と思わず手を放しそうになるがその手に誰かの手が重なる。

「まだ緊張してるのか?肩に変な力が入って、無意識かもしれないがひじが上がってる。余分な力は抜け。あと、顎は引いたほうがいい。」メルロス殿下の少し低い声が耳元で響く。何が起こっているのか把握できず、いつの間にか手から矢は離れていて、そのまま的の中心へと吸い寄せられるようにささる。
「こうだよ。」にこっと笑うメルロス殿下。その笑顔になぜかドキッとする。


「じゃ、もう一回やってみて。」
 そう言われ我に返り、混乱で曖昧な記憶からメルロス殿下に注意されたことをなんとか思い出し、実行に移す。余分な力を抜いて、顎を引いて、弓がまっすぐ行くことを意識して…。



タン



「上手いじゃん!よくやった!」と嬉しそうに笑うメルロス殿下。
「ありがとう、ございます。」と頭を下げると、殿下にわしゃわしゃされる。
 なんだろう、さっきからずっとドキドキしてる。もう終わったのにまだ緊張してるのかな?心を落ち着かせようと深呼吸をする。







「そうだ、面白いの見せてやる!」さっきとは打って変わって何かを思いついた顔をするメルロス殿下。なんだか嫌な感じがするな…。
 僕が持っていた道具を一式奪うと、メルロス殿下は弓を引く姿勢をとる。とてもきれいな姿勢に見とれていると、突然矢の先から火が出る。他の生徒たちも見ているようで、周囲からどよめきがあがる。メルロス殿下はそれらを気にせず矢を的へと放つ。飛ぶ矢はそのまま火力を増し、軽い火炎放射魔術ほどになる。炎をまとった矢がささり、そのまま燃えていく的。
「すごいだろ‼︎矢の全体じゃなくて先っぽだけ燃やして、的につくまで燃え尽きらないように調節するのって結構大変なんだぜ!」と盛んに燃える的を背景に言う殿下。不思議と胸のどきどきはおさまっていた。


「メルロス殿下!?」と遠くから先生の悲痛な叫び声が聞こえる。





 
 …そんなに動いてないはずなのに疲れがどっと押し寄せてくる。
 …もう、帰りたくなってきたな…。
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