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第12話 ぼくはだいじょうぶ
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だから。
僕は、何一つ、直接的な言葉を、彼女にぶつけていない。
「ちょっと! 私のDVDどこにやったの!?」
「僕はどこにもやってないよ。君だろ。ほら、そこに」
「もうっ、なんでこんなところにやるの!」
「だから僕じゃないんだって。それに、あったからいいじゃないか」
「良くない、良くないっ! 最近のあなたは本当に変だもん、嫌だよ、この前だって」
「僕のどこが変だって?」
「ほら、そうやって怒る、いつもそうやって怒って、悪者にしようとする……良いよそれで満足するならそうしても、どうせ私は、病人のXXで――」
「そんなこと言ってないだろ。自分を卑下するな、」
「近づかないでよっ! もう嫌い、あなたなんかっ」
「……僕じゃない、僕じゃないからな」
「嘘よ、うそうそ、あなたよ、あなたに決まってるもの。知らないもう。出てって、出てって」
「まだ駄目だよ。掃除が終わってない」
「掃除、掃除って何よ。虫でも落ちてるわけ」
「……そうだよ。君から出た虫だよ」
「はぁ? ふざけないで。そんなもの、あるわけないじゃない。あんまりふざけたこと言うなら、許さないんだから」
「ふざけちゃいない、本当のことだ」
「あなたはいつもそう、あなたのせいでどれだけ私が苦労してるか、ちょっとは考えたらどうなの、いい加減にして!」
「っ……!」
「なんとか言ったらどうなの、そのふざけた黒いスーツなんか着て、私への当てこすりでしょ、そうでしょう……!!」
「ちょっと、タバコ吸ってくる……」
「待ちなさい、待ちなさい、この、――」
僕は大丈夫だ。
大丈夫だとも。そうだよな。何度も自分に言い聞かせる。
――赤いひかりが、目に入る。
――死に至る。
医師の言葉が蘇る。
――彼女は死ぬ。
――僕が、どれだけ尽くしても。
――僕が、心を砕いた、その『総量』に関わらず。
総量。値段。
……価値。
もし、もし。今の彼女に、それが、レッテルとして貼り付けられるなら、一体。
……嘔吐する。
よぎった考え、おぞましい、惨たらしい、あさましい、その考えを、追い払う、追い払う、必死に。
駄目だ、駄目だ。絶対に駄目だ。
僕は彼女のことを、『そんなふうに思っていない』――!
◇
そうだ、仕事だ。仕事をやればいい。やろう、ひたすらに。そこに全力で打ち込めば、きっと大丈夫になる。
だから僕は、その気持ちで、出勤して働く。
とにかく、忘れようと思った。
そして、何もかもを、機械的にやろうと思った。そうすれば、気が紛れる。
だけど、その決意をしたその日、先輩の無断欠勤が発覚したことで、全てが傾き始めた。
これまで、一度だって、そんな場面に遭遇したことがなかった。
大丈夫かな、先輩。
山崎がそう呟いていた。僕は、何も答えられない。
非常ベルの赤いランプから、目を離すことができず。
◇
◇
二日後。
先輩は自宅で、妻と一緒に、血まみれで倒れて死んでいるのが見つかった。
ともに死んだらしかった。
死に顔は――とても見られたものじゃ、なかったそうだ。
僕は、何一つ、直接的な言葉を、彼女にぶつけていない。
「ちょっと! 私のDVDどこにやったの!?」
「僕はどこにもやってないよ。君だろ。ほら、そこに」
「もうっ、なんでこんなところにやるの!」
「だから僕じゃないんだって。それに、あったからいいじゃないか」
「良くない、良くないっ! 最近のあなたは本当に変だもん、嫌だよ、この前だって」
「僕のどこが変だって?」
「ほら、そうやって怒る、いつもそうやって怒って、悪者にしようとする……良いよそれで満足するならそうしても、どうせ私は、病人のXXで――」
「そんなこと言ってないだろ。自分を卑下するな、」
「近づかないでよっ! もう嫌い、あなたなんかっ」
「……僕じゃない、僕じゃないからな」
「嘘よ、うそうそ、あなたよ、あなたに決まってるもの。知らないもう。出てって、出てって」
「まだ駄目だよ。掃除が終わってない」
「掃除、掃除って何よ。虫でも落ちてるわけ」
「……そうだよ。君から出た虫だよ」
「はぁ? ふざけないで。そんなもの、あるわけないじゃない。あんまりふざけたこと言うなら、許さないんだから」
「ふざけちゃいない、本当のことだ」
「あなたはいつもそう、あなたのせいでどれだけ私が苦労してるか、ちょっとは考えたらどうなの、いい加減にして!」
「っ……!」
「なんとか言ったらどうなの、そのふざけた黒いスーツなんか着て、私への当てこすりでしょ、そうでしょう……!!」
「ちょっと、タバコ吸ってくる……」
「待ちなさい、待ちなさい、この、――」
僕は大丈夫だ。
大丈夫だとも。そうだよな。何度も自分に言い聞かせる。
――赤いひかりが、目に入る。
――死に至る。
医師の言葉が蘇る。
――彼女は死ぬ。
――僕が、どれだけ尽くしても。
――僕が、心を砕いた、その『総量』に関わらず。
総量。値段。
……価値。
もし、もし。今の彼女に、それが、レッテルとして貼り付けられるなら、一体。
……嘔吐する。
よぎった考え、おぞましい、惨たらしい、あさましい、その考えを、追い払う、追い払う、必死に。
駄目だ、駄目だ。絶対に駄目だ。
僕は彼女のことを、『そんなふうに思っていない』――!
◇
そうだ、仕事だ。仕事をやればいい。やろう、ひたすらに。そこに全力で打ち込めば、きっと大丈夫になる。
だから僕は、その気持ちで、出勤して働く。
とにかく、忘れようと思った。
そして、何もかもを、機械的にやろうと思った。そうすれば、気が紛れる。
だけど、その決意をしたその日、先輩の無断欠勤が発覚したことで、全てが傾き始めた。
これまで、一度だって、そんな場面に遭遇したことがなかった。
大丈夫かな、先輩。
山崎がそう呟いていた。僕は、何も答えられない。
非常ベルの赤いランプから、目を離すことができず。
◇
◇
二日後。
先輩は自宅で、妻と一緒に、血まみれで倒れて死んでいるのが見つかった。
ともに死んだらしかった。
死に顔は――とても見られたものじゃ、なかったそうだ。
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