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第2章 フールズ・ゴールド

#11 ギンギラギンにさりげなく

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 袋小路に追い詰められた市民をかばうように、ならず者の姿をした警察官が立つ。その手には一公僕が保持するにはあまりにも大きすぎる火器を持ち――だがそれでいて、銃口からは煙が立っていた。彼の顔は焦燥感からくる汗でびっしょり湿っている。


「GHHHHHHHH…………」


 彼の、彼らの目の前にいるのは――正気を失った巨躯。口の端から唾液をしたたらせ、鼻息も荒い。


 それは巨大なバッファローの獣人。隆々とした筋肉と、巨大な角。僅かな傷だけをダメージとして、そこに立っている。


「やべぇ……――」


 警官は、応援を呼ぼうとした……。

 だが、その瞬間に――。


「GUHAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!」


 バッファロー男は咆哮し、彼らに突撃を仕掛けた。

 ――あわや、彼らが塵と化す。

 そう思われた、その瞬間。



 ……一つの影がゆらりと彼らの前に立ちふさがり。


「……――!!??」


 バッファロー男の攻撃を受け止める。


「……な、……?」


 それは――大きな甲羅を持ったリクガメの姿をしたモロウであった。その背中で、バッファローの攻撃を見事に受け止めている。


  警官は一瞬で状況を判断する――彼の目からも光というべきものが消え失せていた。同じように、正気を失ったお仲間だ。では、何故、こんな……『かばうような真似』を?


「一体――」


 ……彼が問う前に。


「ハ、ヤク……――ニゲ、ロ…………」


 その唸り声が、リクガメ男の口から漏れた。


「……!!」


 その一言が、様々な疑念を吹き飛ばして、警官に行動を移させた。


「お前ら、今だ――逃げろ、脇をすり抜けて、逃げろッ!!!!」


 ライフルを構えながら、怯えきり、困惑した表情の市民たちの前に立つ。そのまま、リクガメとバッファローの対峙の側面を通り過ぎていく。


「どうなってるの……??」

「とにかく逃げましょう――」


 彼は一瞬、リクガメと目があった。

 そこに理性の光が、一瞬見えた――……しかし、それは。

 その者の意思では、ないようだった。


「……――っ、」


 彼はその瞬間ですべてを諒解した。彼もまた、キーラ・アストンにシゴかれて育ったSCCの一員だった。その一瞬の光が何を意味しているのかは、瞬時に理解できた。


 故に彼は、逃げる者達を守りながら無線に叫んだ。


「聞こえてるかッ!! リクガメ野郎の援護だ、バッファローだけを狙え、殺すなよ! ポイントは――……」



 ――それから、約数分後。


 その場には、壁に身体をめりこませてぐったりと倒れ込んだバッファロー男と、向かい合いながら膝立ちになるリクガメ男が居た。


 バッファロー男は身体に細かな傷を増加させながら、意識を朦朧とさせていた。だが、死んではいない。


 更に数秒後。

 リクガメ男の体から糸が切れたように力が抜けて、ほぼ同時にバッファロー男の姿が人間のそれに戻る。


「ハーッ、ハーッ……くっそ、キリがないっての――……」


 それからリクガメ男から『抜け出た』のはグロリアである。直後、リクガメ男も人間の男に戻り倒れ伏す。


 彼女はふらつきながらも気を失った男の傍に駆け寄って、その頬を撫でる。


「ごめんなさい……あたし、最低な女でしょ」


 彼女は呟く。


「ひいいいいいいっ、もう無理、マジ無理ッ、」


「GUAAAAAAAAAAAAAAHHHHHHHHHHHHH!!!!!!!!」


 そのすぐ傍らのストリートを走って逃げていくのはキムである。何かを持っているようだがあまり視認できない。何しろ彼女の後方には無数の機械人の姿が見受けられるからだ。同じ種族同士は惹かれ合う、という噂話は、そう馬鹿にできないのかもしれない。


 とにかく彼女はすこぶる逃げ惑っていた。体中にコードを這わせ、脂汗をぎっしり浮かべながら薄笑いを浮かべる中年の男。全身に針を巡らせてボンテージを着込んだ禿頭の男。下半身そのものがルームランナー状になっている厚化粧の女。その他諸々。

 皆一様に、ハードドラッグを決め込んだような異様な目つきをしながらキムを追いかけていた。


「……がんば」


 グロリアは……助けに行けない。先程まで馬車馬のごとく『乗り移り』を続け、戦い続けていたのだ。彼女は路地の一角、割れた硝子の散らばるコーヒーショップのへりに座る。


 『カフェインレスコーヒーはじめました』の掲示板に添えられた奇妙なカートゥーンのキャラクターが笑みを浮かべてグロリアを見ていた。

 

 それから周囲を見れば、砕けた路面、燃える車、逃げ惑う人々。到るところで確認できる、ぞっとするような黒煙……お決まりの光景である。


 気だるい仕草で上を見上げる。天辺には相変わらず浮島が浮かんで見えるが、それより手前で気になる存在が――グロリアにとってはあまり愉快ではない存在が居る。


「ねーえ、あんた何やってんの!? そんなとこでぼーっとして……」


 空中で翼をはためかせながら、ミランダが佇んでいたのだ。放っておけばいいのだが、聞いてしまった。


「……ねぇ、グロリア。あなた……私に電話、かけた?」


 ミランダは、そんな不可解なことを言った。


「はぁ??」 


 傍らをキムが逃げ惑っていく。どんどん遠くへ、遠くへ。その後方を――トランス状態に陥ったフリークス達が追いかけていく。


『こちらダニエル・ワナメイカー!!!! もう何を報じればいいやら分かりませんが、私はマイクを!! マイクを握り続けます!! この仕事に全てを掛けて――引っ込めって!? うるせぇ、お前らが引っ込め!! 報道の!! 邪魔だッ!!』


「そんなわけないでしょ。ンなことする暇、あると思う?」


 肩をすくめて叫び返す。ミランダの反応は淡白なものだった。


「――そうよね……」


「何それムカつく、ちょっとあんた、何言って――」



 下でグロリアが喚いているが、それはミランダの意識からフェードアウトしていく。


 どこかで砲声が鳴り響き、またサイレンが聞こえたが、それも今はどうでもいい。

 彼女の視線は、手に持ったスマートフォンに注がれている。


「……」


 ……電話はシャーリーに繋がっていた。

 そして、そこから全てが聞こえてきた。

 彼女の居る状況の全てが。





「キーラ……さん」


 疑いようもなく、彼女はそこに居た。

 そこで、拳を握りしめていた。


「随分とボロボロじゃねぇか――よく頑張ったな」


 彼女の声は優しかった。後方からの光を浴びながら、輝いて見えるその姿。

 だが、シャーリーの心は沈んだまま。彼女は自分を助けに来た。助けに、来てしまった。


「今助けてやる――そこで待ってろ」


「そううまくいくかね、えぇ? おい」


 暗闇から声がする。

 近づいてくる……ヒステリックに不規則な足音と、わざとらしいほどに空気を含んだ拍手の音。

 オデールが、キーラと向かい合う形で現れる。


「よう、久しぶりだな……待ってたぜ」


「オデールッ……――」


 彼女は拳を握る。それからその眉根を怒りに寄せ上げながら、大きく息を吐く。周囲の空気が、緊張で歪む。


「約束を守って一人で来てくれたな。俺は嬉しいぜ。もっとも、そうじゃなけりゃ……後ろのこいつは……とっくに胴体と首が旅行してる」


 その怒りに火を注ぐかのように、オデールは笑う。キーラの怒りが、ひと目見て更に高まるのが分かる。


 シャーリーの目で見ても明らかだった。彼女はオデールそのものに怒りを抱いているのではない。その背中に光があるように――……彼が引き起こした惨劇そのものに怒りを抱いているのだ。それこそが、この女のあり方なのだ。わかり易すぎるほどに、はっきりと分かった。


「……――てめぇだけは……もっかいぶん殴らなきゃ、何にも分からねぇらしい……『坊主』……!!」


 絞り出すキーラの声に、オデールは肩をすくめて答える。

 彼女はもう一度深く息を吸い込んで、吐く。それから、シャーリーに向けて叫んだ。


「――おい、名前なんつったか、第八の新入り!! お前!!」


 シャーリーは身体を震わせて反応する。


「オレはな!! 2つお前にしなきゃならねぇことがある!!」


 オデールの表情から――笑みが消える。

 不愉快の色に、染まる。


「ひとつは!! お前への発言を詫びることだッ!! 第八の事務所で言ったこと、ありゃ明らかに言いすぎだ!! すまねぇ、ほんとに大人げなかったッ!!!!」


 驚くほど素直な言葉で、彼女はそう言った。シャーリーの中で、彼女の言葉が浮かび上がる。


 出自についての言葉、そして自身の存在を『警戒』の二文字と結びつけた言葉――。


 あぁ――だがしかし、彼女が今謝るのは間違っている。

 何故なら……全て。全て事実だから。

 なのに……。


「そしてもう一つは!!!! お前のケツを叩くことだ、そしてこう言わなきゃならねぇ!!!! お前は残念ながら!! びっくりするぐらい第八に似合ってるよ!! あいつらなら、お前のことを歓迎してくれるだろうよッ!!!!」


 なのにこの人は、そんなことを言う。それは間違っている、間違っている――。


「そんなことッ……」


 シャーリーは、力いっぱい叫ぶ。思わず泣きそうになりながら。


「そんなことないっ……ボクがここにふさわしくない出自だってことは、あなたも知ってるはずだ……それに、何もかもが半端で、力さえなくって……そんなボクに、一体何が――」


「馬鹿が、大馬鹿がッ!! お前のそのネガティブをな、今からオレがぶん殴って矯正してやる!! そいつはきっとお前にやましさがあるからだ、だからお前はそんな発言ばかりを繰り返す、いいか言ってやる、そいつはおかしなことだぜ!!!!」


 キーラは一歩踏み込む。


「お前の仲間は今、お前を――世界を助けようとして動いてる!!」


「だったら、あの人達に迷惑――」


「……だとかッ!! そんなことは考える必要はねぇ、少なくとも今はな!!」


「どうして――ッ」


 喉に言葉がつっかえる。それ以上何も出てこない。


「その理由は――」


 キーラは、そこで不意に……言葉を切った。



 ――不意に、何か白銀に光るものがキーラに襲いかかる。

 彼女は軽い身のこなしで後方にバック転し、そこから逃れる。

 ――軌道上に、銀色の細長い線が光って見える。


「……ッ」


 キーラはその軌道の奥を見つめる。

 足音が響いて現れる――彼女が。

 

 修道服の女。その指の先に、糸が巻き付いている。彼女は剣呑な目つきで、キーラを見た。向かい合う女二人。


「さぁ、お前に与えてやる恵みだ。お前はその女を倒し、無事そのガキを助けることが出来るかな、ははは!!」


 オデールは愉快そうに手をたたく。


 モニカはなにか言いたげにため息をついたが、何も言わなかった。その視線はキーラに向けられており、はっきりとその中で示していた。


 油断のならぬ、殺意と戦意。研ぎ澄まされた、ソリッドな意思を。


 ――空気が引き締まる。

 キーラは拳を握って、片腕を突き出す。

 その頬に汗が流れる――唇が舐め取る。

 それから、シャーリーに向けて言った。


「オレの示すお前への理由――――教えてやるから、ちょっと待ってろ。しばらく後になりそうだ」


 彼女の言葉に、余裕はなかった。

 そのひりついた空気は、シャーリーにまで波及する。


 対峙する女二人。

 立ち上がったグレースが、シャーリーの傍ら近くにまで来ていたが、オデールは何も言わなかった。


 間もなく、戦いが始まる。





 キーラ・アストンが彼女の姿を見た時、動揺を隠しきれなかった。

 このような場の、このような状況に相応しい存在だとはとても思えなかったからだ。


「お前……もっと上等な奴と組むべきじゃねぇか??」


 小さく呟く。向かい側の女は――修道服の女は答えない。


 ――モニカ・シュヴァンクマイエル。

 この街の人間――後ろ暗いところに通じている人間であれば、知らぬ者は居ないであろう存在。


 ……その得物は鋼線。夜の帳のように相手の守備範囲に入り込み、その首を掻っ切る。神の祈りと、その胡乱な目つきとともに。そして彼女は大金をせしめ、どこかへ消えていく。住処も、本名も、誰も知らない。アンダーグラウンド有数の賞金稼ぎ、殺し屋、そして――シスター。


「お前の腕なら、もっと――」


「うるせーでございますですよ。こちらにもリーズンありますですね。そもそも関係、お前にありますですか? ないですね、OK????」


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 もう、何も聞かない。

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 ――キーラは懐から、小さなコインを取り出す。


「古めかしく行こうぜ。てめぇはそこの小悪党とはわけが違うだろうよ」


「……――ハッ。ジョン・ウェイン気取りですか、あなた」


「悪いな。オレはスパゲティの方が好きでね」


「警察のくせに」


「オレらしいだろ。――さぁ」


 コインをトスする。

 空中に舞う。

 ……二人はにらみ合う。シャーリーはごくりとつばを飲む。



 コインが、地面に落ちた。



「――はじめようぜ!!!!」


 その言葉とともに、火蓋が切って落とされた。


 牙を剥くように咆哮しながら、キーラが駆け出す。それと同時にモニカは両腕を投げ出すようにして前方に振るう。次の瞬間には彼女の指先から銀色の閃光が放射され、キーラに向かって驀進する。


 キーラは駆ける。そして、自分に迫る線を――死の線を視た。それは一瞬だった。口の端を曲げて、彼女は髪を揺らした。いや、僅かに……身体を曲げて、回避した。厚底のブーツがガリガリと地面を撫でて火花が散る。銀色の線は彼女の後方に投げ出されるように続いて、回避された。


「くッ――」


 モニカは歯をきしらせながら指を、鋼線を操作する。まるでピアノを連弾するように、その場から動かず――銀色の音楽を奏でる。


 複雑に、何重にも。シャーリーの目の前――縮まっていく二人の距離の間に、いくつもの閃光が閃いた。それはまるで空中に光る蝿が軌道を描いて飛んでいくかのように。

 実際には、それはモニカの放った複雑な鋼線を、キーラが回避し、かつ接近しているという構図に他ならなかった。

 

 ボクシングのスウェーバックの要領で、自分の眼前で全てを回避する。ひたすらに、それを続け――接近、接近、接近。

 空中で、キーラの後方で行き場を失った鋼線が絡み合い、弾け、ホコリを舞わせる。それだけではない……弾けた鋼線が、屋根のランプに直撃し、そのうちの一つを叩き割る。場面が激しく明滅する。


 その中でもキーラはまるで動じることなく、前方から迫りくる鋼線の雨嵐を迎え撃っていた。


 地面に火花が奔り、いくつもの痛々しい痕が刻まれて、眼の前には幾つもの閃光が咲く。


「……――凄い」


 圧倒的だった。


 シャーリーは言葉もなく見守るだけ。オデールは腕を組んで、見ていた。だが笑みはない。


 あの鋼線の殺到――普通ならば避けきれるはずがない。まるで視認できない。その軌道が破壊するものが僅かにその存在を示すだけ。細く長いそれは、きっとキーラ以外には見えていない。


 抵抗できぬはずだ。予測できぬはずだ。普通ならば、普通のアウトレイスならば……あの修道服の女の領域に近づくことすら出来ないだろう。


 あのチヨとキムでさえ――停止させられたのだから。無論その事実をシャーリーは知らないが、女の操る鋼線の猛威は、十分に理解できた。


 だが、それ以上に――。


 キーラ・アストン。


 圧倒的だった。

 全ての鋼線を回避して回避して、回避し尽くしていた。全ての動きが前もって予測できるとでもいうのか。それほどまでに自然になめらかに、鋼線を回避しているのだ。そして確実に――正確にはあと数秒で……女の懐に到達する。


 一体どれほどの研鑽を重ねれば、ここまでの冴えを見せるのか。彼女の力があの拳に、ストリートで見せたあの拳に宿っているのならば。眼の前で見えている動きは彼女の経験から来ているものだ。それは驚異的だ、あまりにも。


「そんなもんかよ、おいッ!!!!」


 彼女は獣のように獰猛で――それでいてどこか妖艶な笑みを浮かべながら、猛然と迫った。


「凄い……」


 ――そして。


「――つかまえた」


 キーラは……笑った。

 その拳が止まる。

 モニカの目の前で、ぴたりと静止する。

 殴る直前。


「……――」


「さぁ、觀念しろ――」


 女は……両手を上げる。



 次の瞬間。

 その袖から小さな何かが顔を出し、一瞬で眼前に構えられる。デリンジャーピストル。


「……ッ!!」


 弾丸が放たれる。

 キーラは咄嗟に身をかがめて回避する。そして、そのまま。


「この、馬鹿がッ!!!!」


 その拳を振りかざし、女の頬に……。

 強烈に、叩き込んだ。



 余韻が空中に舞う。時間が緩慢になる。


 モニカはエビ反りになって顔から血を吹き出させ、後方へ。苦悶に歪む顔。腫れた頬。ふわりと舞い上がる髪。キーラの拳。殴ったままの姿勢。……――『馬鹿が』という感情が滲んだまま。


 それは決着を意味しているのか。少なくともシャーリーにはそう見えた。虚しく抵抗する女を殴り飛ばしたキーラが勝利した……そう見えた。その瞬間までは。


「っ……――ちは」


 女が、口から血の泡を吐き出しながら、言った。


「……あ?」







 次の瞬間。

 のけぞった女の指から鋼線が野放図に放たれ、キーラのもとへ殺到した。


 そうなれば当然キーラは。


「ッぶねっ、――」


 後方へ回避する。ステップをしながら。

 ……だが。


「――……そう動くと思ったですよ――所詮は直情、私の動きを何一つわからない」


 のけぞった姿勢から、まるでバネ細工のように直立へと戻りながら……女が言った。


「ッ!?」


 そう。キーラは回避した。ステップを刻んで。鋼線は避けられた。後方に炸裂したらしい。だが、それこそが――それこそが、この女の計略だと。今その瞬間に、知ることになった。



 キーラの足がなにかに触れた。スイッチを押すかのように、硬質の音が響く。


「しまっ――」


 その声が彼女の中に押し寄せると同時に『それ』は起きた。


 彼女の身体の到るところに、鋼線が殺到し――絡みつき始める。手に、足に。何重にも。痛いほど締め付けられる。空間の只中で、滑稽な後退の姿勢のまま絡め取られていく。


 シャーリーには何が起きたのかわからない――ただそれは、そう……本当に、滑稽にも。何かの漁のようだった。キーラが後ろに下がったことで、彼女の全ての動きが静止した。誰かに影法師を踏まれたかのように。


「このッ……」


 そして完成する――キーラの四肢は糸で何重にも拘束され、その場で動けなくなる。


 一切合切、少しの動きさえも出来ない。もし無理矢理にでも抜け出そうとすれば、肉が裂け、食い千切られるだろう。


 彼女のゴシックロリィタと相まって――それはまるで演者のいないマリオネットのようだった。


「やっぱり馬鹿でございますですねー。阿呆みたいに突撃してあそばれた時、後ろのほうで結界を張っておいたのでございますよー。気づかないアホ、あなたですか? けらけら。私はおかしくて笑いますです」


 無論女は笑っていない。


「てめぇ……ッ」


 キーラは向かいの女を睨みながら悪態をつくが、動けないその状態では悪あがきにしか見えない。彼女の体の周囲に――ぎらぎらと陰気に光るいくつもの銀色の線が見える。


 そして――。


「恨みはないでございますが、お仕事でございます。メイクマネー」


 彼女が空いた指をキーラに突きつけた瞬間――。

 新たな銀色の流星群が、彼女の身体に伸びた。


「っキーラさんッ!!!!」


「っははははは!!!!」


 シャーリーは叫び、オデールは手を叩いて笑った。グレースは見ていることしか出来ない。


 ……キーラの身体に。

 激しい雨が降るような音とともに、幾つもの鋼線が殺到した。



 絶叫が、血しぶきとともに、上がった。
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