41 / 43
第三章
第三話
しおりを挟む夜。
小さな宿でぐったりと寝転がる絵里と、絵里をマッサージするロベルトの姿がそこにはあった。
「乗馬がこんなにしんどいとは思わなかったわ」
ザギトス救出は時間との勝負だ。
なので今回は馬車ではなく馬に乗っての強行軍。
ロベルトに抱えられ、ただじっとしているだけの絵里だったが、その疲労は想像をはるかに超えた。
足腰立たず、あらゆる筋肉が強張っている。
「ごめんんさい、ロベルト」
「謝る必要はない。むしろよく頑張った。明日も……行けるか?」
「ええ。こうしている間にも彼が拷問を受けているかもしれない。絶望しているかもしれない。それに比べればこれくらい平気よ」
温かくて大きな掌でがちがちに強張った筋肉をもみほぐされ、絵里はいつの間にか夢の世界へと旅立った。
「頑張りすぎだ。……妬けるな」
疲労の色が濃い絵里の顔を眺め、ロベルトはポツリと呟く。
「おやすみ」
唇にキスを落とした。
絵里とロベルトは駆け抜けた。
それでも。
二日後、二人はヴェリトス王国軍に追い付かれた。
「ロベルト、どうしよう。ごめんなさい。私が巻き込んだから。ごめんなさい」
背後から迫りくる音。
振り向けば、ヴェリトス国旗を掲げる一団。
――軍だ。軍が……追いついた。
「絵里、大丈夫。あの軍団は絵里を連れ帰りに来たんじゃない。むしろ、ザギトスを助けに来たんだ」
思いもかけないロベルトの言葉。
「どういうこと?」
「全てはハリー殿下の策略だ。絵里がザギトスを助けに向かい、それを口実に軍が動く。送り人の安全、心の安定のためならザギトス皇子救出を反対する者は少なくなる。気づかなかったか? あの知らせ以降、天候が荒れ、作物への影響も既に現れている。絵里が大きな不安を感じたからだ。だからこそ、ヴェリトスはザギトス皇子を助けるために動く」
「ロベルトは……それを知ってたんだ」
「黙っていて悪かった。だが、城にはサザールの密偵が何人かいる。うかつには動けなかった」
「ううん、いいの。国が動いてくれるなら、希望が持てるわ」
ほっとした。
正直、自分に何ができるか不安だった。
「絵里様、お助けに参りました」
指揮官だろうか。
日焼けした大柄な男性が真っ直ぐに絵里を見つめた。
*~*~*~*~*~*~*~*~*
軍と合流した絵里とロベルトだったが、帝都へやって来た二人の周りにそれらしき人影はない。
そして今、二人は厳重な警戒が施された城へ、たった二人で乗り込もうとしていた。
「次の奴、来い」
検問官がぞんざいに呼びかける。
ようやく絵里たちの番。
――ここが勝負所ね。うまくやってみせるわ。
絵里は堂々とした足取りで前に出た。
身分証を提示する――もちろん、偽の。
「酒屋か。そういや今日は城で宴会があるな。よし、念のためフードをとれ」
フードの下から現れたのは、平凡な茶髪とそばかすだらけの顔。
完璧な変装。
どこにでもいる町娘の姿がそこにはあった。
「よし、いいぞ。通れ」
あっけなく検問を通過し、城へ入ろうとしたその時。
絵里はつまずき転んでしまう。
「おい、何やってんだ! 早く起き……ろ……」
検問官の怒鳴り声が尻すぼみになる。
シーンと静まり返った周囲。
転んだ衝撃で絵里のカツラがとれ、漆黒の美しい髪がこぼれでていた。
広く知れ渡った送り人の特徴。
――漆黒の瞳と漆黒の髪。
ガシっと腕を掴まれ無理やり引き起こされる。
「痛っ」
苦痛に顔を歪める絵里を気にすることなくまじまじと顔を見つめる検問官。
「送り人だ!」
――気づかれた!
正体がバレた絵里が願うのはロベルトのこと。
――どうかおとなしくしていて。計画通りに……お願い!
送り人だと判明した絵里は有無を言わさず城へと連れていかれる。
そんな絵里の後姿を、ロベルトはなんとか踏みとどまって見送った。
――絵里! 必ず。必ず助けに向かう。
今ロベルトが動いて良いことなんて一つもない。
絵里は、いざとなったら誰にも危害を加えられることはない。
絵里が望めば絵里の周りに守りが発動する。
だが、ロベルトはそうはいかない。
大勢でかかってこられればいくらロベルトといえど傷を負う。
絵里の弱みになるわけにはいかない。
だからこそ、身を引き裂かれるほどの苦痛を感じても、ロベルトは動かない。
踏みとどまる。
全ては絵里のために。
*~*~*~*~*~*~*~*~*
時は少し遡り、三日前。
「絵里様、お助けに参りました」
あの日、軍と合流した絵里とロベルト。
「ハーグ殿じゃないか!」
「お久しぶりです、ロベルト殿。初めまして絵里様。我々は陛下並びに殿下の命を受けて来ました。アギトス皇子の救出、お手伝いいたします」
がっちりしたこの指揮官、名をハーグというようだ。
「ありがとうございます」
浮かれる絵里とは裏腹に、ロベルトは難しい顔をする。
「だが……どうやって? いきなりこんな大勢で、しかも軍が向かうのは良くないんじゃないだろうか……」
「あのっ! 私、いい考えがあるんです!」
ずっと考えていた。
良くしてくれたヴェリトス王国に迷惑をかけない方法はないだろうか……と。
「私が囮になります。密偵の報告で皇帝側は私がザギトス皇子を助けに向かったことを知っているはずです。だから、私が現れれば絶対捕まえるはずです。息子を捕らえるくらいです、送り人だからって容赦しないでしょう。だから、皆さんは送り人救出という名目で堂々と乗り込んできてください」
「ダメだ! 絵里にそんなことさせられない。絵里を危険にさらすくらいなら、俺は皇子の救出には反対だ」
「大丈夫。私の能力がある限り、誰も私に危害を加えられないわ」
「だが……」
「大丈夫。ね、私を信じて。私もあなたを信じてるから。絶対助けに来てくれるって、信じてるから」
こうして作戦は決まり、ついに決行された。
あとは救出が間に合うかどうか……だ。
10
お気に入りに追加
62
あなたにおすすめの小説
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる
橋本彩里(Ayari)
恋愛
五歳で魔力なしと判定され魔力があって当たり前の貴族社会では恥ずかしいことだと蔑まれ、使用人のように扱われ物置部屋で生活をしていた伯爵家長女ミザリア。
十六歳になり、魔力なしの役立たずは出て行けと屋敷から追い出された。
途中騎士に助けられ、成り行きで王都騎士団寮、しかも総長のいる黒狼寮での家政婦として雇われることになった。
それぞれ訳ありの二人、総長とミザリアは周囲の助けもあってじわじわ距離が近づいていく。
命を狙われたり互いの事情やそれにまつわる事件が重なり、気づけば総長に過保護なほど甘やかされ溺愛され……。
孤高で寡黙な総長のまっすぐな甘やかしに溺れないようにとミザリアは今日も家政婦業に励みます!
※R15については暴力や血の出る表現が少々含まれますので保険としてつけています。
獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。
真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。
狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。
私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。
なんとか生きてる。
でも、この世界で、私は最低辺の弱者。
悪魔だと呼ばれる強面騎士団長様に勢いで結婚を申し込んでしまった私の結婚生活
束原ミヤコ
恋愛
ラーチェル・クリスタニアは、男運がない。
初恋の幼馴染みは、もう一人の幼馴染みと結婚をしてしまい、傷心のまま婚約をした相手は、結婚間近に浮気が発覚して破談になってしまった。
ある日の舞踏会で、ラーチェルは幼馴染みのナターシャに小馬鹿にされて、酒を飲み、ふらついてぶつかった相手に、勢いで結婚を申し込んだ。
それは悪魔の騎士団長と呼ばれる、オルフェレウス・レノクスだった。
後宮の棘
香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。
☆完結しました☆
スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。
第13回ファンタジー大賞特別賞受賞!
ありがとうございました!!
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる