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第三章

第三話

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 夜。
 小さな宿でぐったりと寝転がる絵里と、絵里をマッサージするロベルトの姿がそこにはあった。


「乗馬がこんなにしんどいとは思わなかったわ」


 ザギトス救出は時間との勝負だ。
 なので今回は馬車ではなく馬に乗っての強行軍。

 ロベルトに抱えられ、ただじっとしているだけの絵里だったが、その疲労は想像をはるかに超えた。

 足腰立たず、あらゆる筋肉が強張っている。



「ごめんんさい、ロベルト」

「謝る必要はない。むしろよく頑張った。明日も……行けるか?」

「ええ。こうしている間にも彼が拷問を受けているかもしれない。絶望しているかもしれない。それに比べればこれくらい平気よ」




 温かくて大きな掌でがちがちに強張った筋肉をもみほぐされ、絵里はいつの間にか夢の世界へと旅立った。



「頑張りすぎだ。……妬けるな」


 疲労の色が濃い絵里の顔を眺め、ロベルトはポツリと呟く。


「おやすみ」

 唇にキスを落とした。








 絵里とロベルトは駆け抜けた。


 それでも。
 二日後、二人はヴェリトス王国軍に追い付かれた。


「ロベルト、どうしよう。ごめんなさい。私が巻き込んだから。ごめんなさい」

 背後から迫りくる音。
 振り向けば、ヴェリトス国旗を掲げる一団。

――軍だ。軍が……追いついた。


「絵里、大丈夫。あの軍団は絵里を連れ帰りに来たんじゃない。むしろ、ザギトスを助けに来たんだ」

 思いもかけないロベルトの言葉。

「どういうこと?」

「全てはハリー殿下の策略だ。絵里がザギトスを助けに向かい、それを口実に軍が動く。送り人の安全、心の安定のためならザギトス皇子救出を反対する者は少なくなる。気づかなかったか? あの知らせ以降、天候が荒れ、作物への影響も既に現れている。絵里が大きな不安を感じたからだ。だからこそ、ヴェリトスはザギトス皇子を助けるために動く」


「ロベルトは……それを知ってたんだ」

「黙っていて悪かった。だが、城にはサザールの密偵が何人かいる。うかつには動けなかった」

「ううん、いいの。国が動いてくれるなら、希望が持てるわ」



 ほっとした。
 正直、自分に何ができるか不安だった。




「絵里様、お助けに参りました」


 指揮官だろうか。
 日焼けした大柄な男性が真っ直ぐに絵里を見つめた。






*~*~*~*~*~*~*~*~*





 軍と合流した絵里とロベルトだったが、帝都へやって来た二人の周りにそれらしき人影はない。

 そして今、二人は厳重な警戒が施された城へ、たった二人で乗り込もうとしていた。


「次の奴、来い」

 検問官がぞんざいに呼びかける。
 ようやく絵里たちの番。


――ここが勝負所ね。うまくやってみせるわ。


 絵里は堂々とした足取りで前に出た。





 身分証を提示する――もちろん、偽の。

「酒屋か。そういや今日は城で宴会があるな。よし、念のためフードをとれ」


 フードの下から現れたのは、平凡な茶髪とそばかすだらけの顔。
 完璧な変装。

 どこにでもいる町娘の姿がそこにはあった。


「よし、いいぞ。通れ」



 あっけなく検問を通過し、城へ入ろうとしたその時。

 絵里はつまずき転んでしまう。

「おい、何やってんだ! 早く起き……ろ……」

 検問官の怒鳴り声が尻すぼみになる。

 シーンと静まり返った周囲。


 転んだ衝撃で絵里のカツラがとれ、漆黒の美しい髪がこぼれでていた。


 広く知れ渡った送り人の特徴。
――漆黒の瞳と漆黒の髪。


 ガシっと腕を掴まれ無理やり引き起こされる。

「痛っ」

 苦痛に顔を歪める絵里を気にすることなくまじまじと顔を見つめる検問官。


「送り人だ!」


――気づかれた!


 正体がバレた絵里が願うのはロベルトのこと。

――どうかおとなしくしていて。計画通りに……お願い!




 送り人だと判明した絵里は有無を言わさず城へと連れていかれる。


 そんな絵里の後姿を、ロベルトはなんとか踏みとどまって見送った。

――絵里! 必ず。必ず助けに向かう。


 今ロベルトが動いて良いことなんて一つもない。

 絵里は、いざとなったら誰にも危害を加えられることはない。
 絵里が望めば絵里の周りに守りが発動する。


 だが、ロベルトはそうはいかない。
 大勢でかかってこられればいくらロベルトといえど傷を負う。

 絵里の弱みになるわけにはいかない。

 だからこそ、身を引き裂かれるほどの苦痛を感じても、ロベルトは動かない。
 踏みとどまる。


 全ては絵里のために。







*~*~*~*~*~*~*~*~*






 時は少し遡り、三日前。


「絵里様、お助けに参りました」


 あの日、軍と合流した絵里とロベルト。


「ハーグ殿じゃないか!」

「お久しぶりです、ロベルト殿。初めまして絵里様。我々は陛下並びに殿下の命を受けて来ました。アギトス皇子の救出、お手伝いいたします」


 がっちりしたこの指揮官、名をハーグというようだ。

「ありがとうございます」

 浮かれる絵里とは裏腹に、ロベルトは難しい顔をする。


「だが……どうやって? いきなりこんな大勢で、しかも軍が向かうのは良くないんじゃないだろうか……」


「あのっ! 私、いい考えがあるんです!」

 ずっと考えていた。
 良くしてくれたヴェリトス王国に迷惑をかけない方法はないだろうか……と。


「私が囮になります。密偵の報告で皇帝側は私がザギトス皇子を助けに向かったことを知っているはずです。だから、私が現れれば絶対捕まえるはずです。息子を捕らえるくらいです、送り人だからって容赦しないでしょう。だから、皆さんは送り人救出という名目で堂々と乗り込んできてください」

「ダメだ! 絵里にそんなことさせられない。絵里を危険にさらすくらいなら、俺は皇子の救出には反対だ」

「大丈夫。私の能力がある限り、誰も私に危害を加えられないわ」

「だが……」

「大丈夫。ね、私を信じて。私もあなたを信じてるから。絶対助けに来てくれるって、信じてるから」




 こうして作戦は決まり、ついに決行された。




 あとは救出が間に合うかどうか……だ。 




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