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第三章
第一話
しおりを挟むチュンチュン。
小鳥の鳴き声で目を覚ます朝。
隣には、愛しい人の精悍な横顔。
――とっても幸せ。
絵里は今日も幸せを実感する。
一か月前、絵里とロベルトは結婚した。
その日は雲一つない晴天で、城の花々が美しく――普段より美しく――咲き誇り、とても素敵な式となった。
誓いのキスをしたときには絵里とロベルトの周りをまばゆい光が包み込み、とても幻想的な雰囲気で。
まるで、神様からの祝福だ。
一年の婚約期間ももちろん楽しかったが、結婚となるとやはり違う。
誰からも認められる家族になれたのだ。
絵里は結婚と同時に城を出て、今は城下の家でロベルトと新婚生活真っただ中だ。
というのも、絵里にはもう警護は必要ない。
式の三日後、稽古中に騎士が誤って手を離してしまった剣が絵里の方へ勢いよく飛んできた。
誰もが絵里にぶつかると思い、絵里も咄嗟に動けず目をつぶることしかできなかった。
ところが。
絵里にぶつかると思われた剣は、見えない壁にぶつかったかのように、絵里に当たることはなかった。
それも送り人の力なのだろうか。
幸せを手に入れた絵里は、新しい力を手に入れたのだ。
誰も絵里を傷つけられない。
帰るべき場所。
愛する夫。
素敵な義理の両親。
絵里は本当の意味でこの世界の人間になれたのだ。
「いってらっしゃい」
「ああ、行ってくる」
結婚前はキスすら恥ずかしくて滅多にできなかったが、今では行ってらっしゃいのキスもおやすみのキスも毎日している。
柔らかく笑ってくれるロベルトが無性に愛おしい。
忙しい中、夕食の時間に間に合うように帰ってきてくれることが嬉しい。
寂しさなんて全然感じない。
大切にされていると日々実感できる。
ロベルトとの婚約後、絵里は本格的に小説を書き始め、今では超売れっ子作家だ。
BLだけでなく、普通の恋愛小説や現実的なストーリー。
元の世界では窮屈に感じた執筆。
今ではのびのびと心のままに文章を描ける。
――なんて幸せなんだろう。
料理の練習をしたり、執筆したり、お茶会に参加したり。
忙しくも充実した毎日を送っている。
ただ、少しだけ。
ほんの少しだけ、心配なこともある。
ここ三か月、ザギトスからの手紙が一通も来ないのだ。
突然音通不振になった友。
難しい立場にいる彼の身に何かあったのではないかと心配だ。
――何かあったら私が駆けつける。
あの約束を、絵里は決して忘れていない。
*~*~*~*~*~*~*~*~*
「あの子、仕事人間でしょう? 何か不満はない?」
ある日、ロベルトの両親が遊びに来てくれた時に義母が言った言葉だ。
「とんでもないです。夕食までに帰ってきてくれて、話を聞いてくれて、すごく大切にしてもらっています。私、すごく幸せです」
そう言って心から幸せそうな笑顔を浮かべた絵里。
「まぁ、あの子が定時で帰るなんて……。本当に絵里さんのことが好きなのね。今度会ったらからかわなくちゃ」
お茶目な一面を持つこの義母が、絵里は大好きだ。
「こらこら、ほどほどにしないとロベルトに嫌われるぞ」
そう言って窘める義父。
「あら、別にいいわよ」
「ロベルトに嫌われたら絵里さんになかなか会えなくなってしまうぞ」
「それは大変だわ。まったく、仕方ないわね」
「可愛い娘には代えられないさ」
温かく迎え入れてくれるこの義父が、絵里は大好きだ。
「そうそう、絵里さんの新作、読んだわよ」
二人とも、絵里が小説を書いていることを知っている。
知ったうえで、受け入れてくれている。
公爵家の妻なのに。
自由にさせてもらっている。
「ありがとうございます! どうでしたか?」
「もちろん、今回も最高に面白かったわ。特にあの場面! ギルバートが敵国に単身乗り込むシーンには萌えたわ!」
ありがたいことに、義母さんは絵里の小説の熱烈なファンだ。
BLも楽しんでくれて、たまにネタの提供までしてくれる。
ありがたいかぎりだ。
「お帰りなさい」
「ただいま……誰か来ているのか?」
「ふふ、義母さんと義父さんが来てくれたんです」
それを聞き、一気にげんなりした顔をするロベルト。
「やっほーロベルト! あなたがお帰りのキスをするなんてねえ……メロメロじゃない!」
「すまない、邪魔してるぞ。すぐに帰るから怒らないでやってくれ」
からかう気満々で居間から出てきたロベルトの母と、その後ろから申し訳なさそうにしているロベルトの父。
「早く帰ってください。何が悲しくて絵里との二人っきりを邪魔されなきゃならないんですか」
そう言って両親を追い出すロベルトの手にためらいはない。
「あの! ありがとうございました。また来てくださいね!」
「ええ、また来るわ!」
ロベルトが今にも閉めようとする扉の隙間から、何とか絵里は叫んだ。
「はぁ、ようやく二人きりだな」
ギュッと抱きしめてくれる彼の逞しい腕。
頬に当たる固い筋肉。
トクトク鳴る彼の心臓の音。
すぐそばで聞こえる彼のテノール。
この瞬間が、絵里はたまらなく好きだ。
大大大好きだ。
だが。
そんな幸せな毎日を送る絵里の背後には、ゆっくりと、だが確実に不穏な影が迫っていた。
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