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第二章

第十二話

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 あの日、絵里がロベルトに抱き着いて泣いた日から一週間が経った。


「おはよう、絵里。用意できたか?」

「はい! おはようございます。準備万端です!」

「それじゃあ行くか」


 あの日以来、絵里とロベルトの毎朝の日課。

 一緒に食堂で朝食を食べる事。



 誘ってくれたのはロベルトだった。

「もしよかったらなんだが、明日から朝食を一緒に食べないか? 一人で食べるより誰かと食べたほうが美味いだろ?」


 嬉しかった。
 誰かと食べるご飯が美味しいことに、この世界に来て初めて知った。

 朝食は一日を頑張るための大切なエネルギー。

 そして、大切な人の顔を見て今日も一日頑張ろうと活を入れるための場でもある。


「美味しですね」

 にへにへしながらパンを頬張る絵里。

 そんな絵里をほほえましく思うロベルト。

――デロデロに甘やかしてやりたい。

 かつての面影などもはやどこにもないほどロベルトの表情は満ち足りていて、それを目撃した周りの騎士たちも、今では慣れたもの。


 いつからかそんな光景は日常になっていた。






 この一週間、ロベルト達騎士団員は国宝盗難の調査に忙しく、絵里は最近疎かになっていた執筆を再開した。



 あとからあとからアイディアが浮かび、ひたすら手を動かす毎日。

 傑作の予感に一人ニヤニヤする。







*~*~*~*~*~*~*~*~*






 一方でロベルト達騎士団員はと言うと、今日ようやく事件の手掛かりをつかんだところだった。


 事件発生からすでに一か月。

 遅すぎるくらいだが、他国との関係上、事は慎重を期す必要があった。




「これは……本当なのか?」


 疑ってはいたが、まさかという思いが浮かぶのを止められない。


 一同を見回すと、ロベルトを取り囲む騎士たちも一様に驚愕と困惑の表情を浮かべている。

 少数精鋭で調査に当たり、口が堅く優秀な彼ら。

 そんな彼らをもってしてもこの結果には驚きを禁じ得ない。


「これは、この証言は誰が……?」

 ロベルトの右腕であり副団長のマックスのセリフに、後ろから答える声があがった。

「私だよ。いや、私たちと言った方がいいかな?」


 にこやかにそう言うのは、ここにいるはずのない人物で。


「ハリー王子!? それにザギトス皇子まで! どうしたんですか!」

 団員たちは勿論、マックスとロベルトも驚く。


「私たちも捜査協力をと思ってね。その証言をしたのは私だよ」


 悠然と進み出た王族二人組は、ひたりとロベルトを見つめる。

「ロベルト団長、できればあなたと私たち三人だけで話したいんだが」


 お願いに見えてその実これは命令だ。

「……分かりました。それでは、こちらへ」




 やって来たのは隣室。

 しっかり扉を閉め、二人に向き直る。


「それで、お話とは何でしょうか」


「そう硬くならないで。絵里さんから君の話を聞いたんだ。ずいぶん信頼しているみたいだったから、私たちも君に協力してもらおうかと思って」

 揺るぐことのないにこやかな笑みを浮かべたままのハリー王子。
 じっとこちらを見つめて……見ようによっては睨んでくるザギトス皇子。


――絵里、君は何を言ったんだ……。



「さっきも言ったように、国宝窃盗の犯人は十中八九ハミン王子達の仕業だ」

「何故わかるのですか? もし間違っていたら国際問題ですよ。しっかり証拠をつかまなければ困るのはこちらです」


 そう。
例え99.9%の確信があったとしても、それが100%でない限り追及は難しい。



「大丈夫。私はね、彼らの部屋に国宝があったのを見たんだ」

「どういうことですか?」


「ミカエル王子が招待してくれてね。それでせっかくだから一緒にお茶をしたんだ。ロナルドも一緒かと思ったらいなかったけど、でもその時部屋に盗まれた国宝が隠されているのを見つけてしまってね」

「そうだったんですか……」


「だが、動機はなんだ……? 何故奴らは友好国であるヴェリトスの国宝を盗む必要があったのか……」

 ザギトスの疑問はもっともだ。

 普通に考えて彼らがそんなことをする必要はない


「恐らくですが、ザギトス皇子が関連していると思われます」

 あの時、絵里と共に話を聞いた時のロナルドの証言をロベルトは思い出す。


「どういうことだい?」

 二組の視線がロベルトに集まった。


「ロナルド王子に話を聞いた時、彼はザギトス皇子を火事のあった厨房の近くで見かけたと言っていたんです。何故かはわかりませんが、彼はザギトス皇子を敵視しています。これは大いに関係あるかと」


「うーん……」


 重苦しい沈黙がその場に落ちる。



 それを破ったのはザギトスだ。

「やっぱりあれじゃないのか? ヴェリトス王国が俺に協力するっていうのが嫌だったんじゃねのかな。ミカエル王子の事はあんまり知らねえが、ロナルド王子はいかにも保守的でサザール憎しって感じだったろ。自分で盗んで俺に罪着せようって魂胆だったんだろう」

「……かもしれないね。すまない、俺がロナルドに話したばかりにこんなことになって……。彼ならわかってくれると思ったんだけどね……」



「わかりました。情報感謝します」

 一礼したロベルトはそのまま退出しようとしたが、

「待って」

というハリーの呼びかけに踏み出しかけた足を戻す。



「実はもう一つ君と話したいことがあって」

「何ですか?」

「絵里さんから聞いただろう? 私たちの計画、君は賛成してくれるかい? 次期公爵の君は」


 直立不動を崩さず、視線を逸らすことなくロベルトは答える。

「自分は簡単にはザギトス皇子を信用できません。ですが、ザギトス皇子の言葉に嘘がないのであれば……賛成したいと考えております。ただ、これは私個人の考えで、父がどう答えるかは分かりません」


 どこまでも率直で、でもだからこそ信用できるその答え。


「そうか。……ありがとう。絵里さんが君を信用する理由が分かったよ」



 再び一礼し、今度こそ部屋を出た彼はその後の二人のやり取りを知らない。


「ライバルは手強いよ」

「望むところだ」

 からかうように言ったハリーの言葉に、ザギトスは不敵に返した。





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