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閑話

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 初めて萌を見たのは彼女が八歳の時。
その時俺は二十三歳だった。


 当時の俺はニートの引きこもりで、鬱屈とした毎日を送ってい。。

久しぶりに散歩に出かけたその日、俺は萌と出会った。



 赤いランドセルを背負った萌。

 初めて見たその子に、一目惚れをした。


 年齢なんて関係なかった。
運命だと思った。



 運命の子の事を知るのは当然のことだ。
俺はシャイだったから、陰からこっそり見守って、萌のことを調べつくした。

 彼女の名前、住所、誕生日、小学校……。
彼女の好きな食べ物、嫌いな食べ物、好きなテレビ番組、好きな授業……。



 知れば知るほど彼女に近づきたくなった。
彼女と会話したいと思った。


 でも、引きこもりの俺にはハードルが高く、せいぜい家の前に彼女が好きなものをを置いておくとか、彼女が好きな番組を観るとかしかできなかった。

  毎日一緒に登下校したが、俺は彼女の隣には立てなかった。
彼女が可愛すぎて眩しすぎたからだ。
背後から彼女を守ることが役目だった。



 夢の中では、俺と萌は夫婦だった。
幸せな夢を毎日見た。
すぐにでも実現すると思っていた。





 おかしくなり始めたのは、萌が誕生日を迎えたぐらいからだったろうか。

 その日、萌の九歳の誕生日の日、俺は萌の家の玄関前に指輪を置いた。
もちろん、誕生日プレゼントだった。



 面と向かって渡すのが気恥ずかしかった俺は直接は渡せなかったが、きっと喜んでくれると思った。
 俺のプロポーズに喜んで、俺たちは夫婦になると信じてた。





――だが。
 俺の萌への気持ちをあいつらは簡単に捨てた。
あまつさえ、俺のことをストーカーだと言い出した萌の両親。


 ふざけんなと思った。
俺の想いを汚すなと思った。



 俺と萌の仲を壊す奴らはイラナイ――。
ケサナケレバ――。






 殺すのは簡単だった。

 ゴミくずどもを始末した。


 萌が恐怖の目で俺を見つめてきたのは悲しかったが、そんな萌も可愛かった。



 今まで陰から見守るしかなかった萌を間近で見ることができて思わず頭をなでた。
サラサラの髪が気持ちよくて、何度も撫でた。



 でもふと自分の手も服も血まみれで汚れていることに気づいて、後ろ髪を引かれる思いで立ち去った。
 萌に穢れが移ったら大変だ。





 もう俺たちを阻むものは無くなった。

 新居を買って、お揃いの茶碗や箸や歯ブラシをそろえ、満を持して萌を迎えに行ったときには、萌はもうあの家にはいなかった。

 親戚に引き取られ、東京へと去った後だった。




 俺は慌てて萌の後を追った。
もちろん、警察に疑われるようなへまはしなかった。
殺したことを悪かったとは思わないが、夫が犯罪者では萌が嫌だろうと思ったからだ。
バレなければなかったことと同じだ。






 俺が再び萌と出会った時、萌はボロボロだった。

 やつれ果て、生気がなく、虚ろな瞳をどこか遠くへ投げかける萌。

 俺が救いたかったが、できなかった。
警察が何度も萌とコンタクトをとっていたからだ。
唯一の生き残り、証人である萌と。



 萌の窮状は半年後にようやく救われた。




 ずっとずっと萌を見守っていたが、面と向かって対面したのはそれから二年後のことだった。



 俺は、少しでも萌のそばにいたくて、萌が引き取られた施設の近くにカフェを開いた。
お金ならいくらでもあった。
交通事故で死んだ両親の遺産が。





 萌が中学生になったころ、萌は初めて俺のカフェを訪れた。

 萌は俺のことを覚えていなかった
初対面だと思っていた。




 悲しかったが、無理もないとも思った。
萌は繊細で優しい子だ。

 辛すぎて両親が死んだときの記憶を封じてしまったのだろう。


 東京という新しい地で、もう一度中を深めていけばいい。
今度は誰にも邪魔されないように。






 それからは順調だった。

 何年も何年も萌を見守り続けた俺は、萌の事なら何でもわかる。
萌が抱える苦しみに深く向き合うことができた俺は、萌の信頼を勝ち取ることに成功した。


 何でも相談してもらえるようになって嬉しかった。
萌が中学を卒業する三年という年月の中で、いくつかの出会いがあったが、些細なことだった。
 大泉も、大橋も、原田も、萌と仲良くなったが、それでも俺たちの絆には及ばなかった。





 歯車が壊れたのは萌が高校に入ってからだ。





 初めの頃は幸せの絶頂だった俺。
萌が俺の店でバイトをするようになり、全てがいい方向へ向かっていた。




 だが気づけば萌は、俺と同等に信頼できる友人を手に入れていた。
それに潤とかいうガキ。
萌のことを好きなのが丸わかりでイライラした。




 そして夏休みが終わった頃、萌と雅也の仲が深まっていることに気づかされた。
怒りで目がくらんだ。


 それとなく探りを入れたところ、幸いなことに、萌は雅也を恋愛的に好きとは思っていないようだったので何とか怒りを抑えることができた。
――殺さずに済んだ。





 だが、俺と萌の楽園の崩壊はすぐそこまで迫っていた。





 萌が雅也を好きだと言った。
許されないことだ。

 また俺たちの仲を引き裂くゴミが現れたのだ。
始末するしか……ないよな?







――――いったいどこで間違えたのだろう。


 俺と萌は引き離され、大橋と萌が付き合うなんて。



 格子で隔たれたあちら側とこちら側。
――相容れなくなった萌の世界と俺の世界。





 ああ、萌。
会いたいよ。



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