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第二十一話
しおりを挟む「お久しぶりです、カティア様」
その柔らかな声も。
優しいまなざしも。
記憶にあるままで。
――ああ、彼だ。
少し日に焼けた彼の顔を見ただけで、カティアは深い安心感に包まれた。
――会いたかった。ずっとずっと。彼に会うことを目標に、何もかも頑張ってきた。彼との再会を胸に、ここまできた。
感動の再会は、しかし。
カティアの隣に佇むレオナルドの存在により、熱い抱擁を交わすまでには至らなかった。
「初めまして。ルーダ・トレダンスと申します。以前カティア様にダンスや教養の授業を行っていたのですが……レオナルド様とはお会いできませんでしたね」
綺麗にお辞儀をしたルーダはレオナルドと握手を交わす。
にこやかな二人だが、その内心はお互い穏やかではない。
先日、カティアがルーダと会うことを話すと、自分もともに会うと言ったレオナルド。
何を思っての行動かは分からないが、何となくピリついた雰囲気を感じ取ったカティアはまごつく。
ちょうどそこへ、マリアがお茶の用意を持ってきた。どこか張り詰めていた空気が霧散し、カティアは一人ホッと胸を撫でおろす。
「このチョコレートケーキは私が作ったんです。もしよかったら食べてください」
マリアが切り分けてくれたケーキをルーダに勧めるカティア。少しはにかんだ彼女が彼に寄せる信頼の厚さは誰の目にも明らかだった。
「会えてよかったです。お仕事はどうですか?」
「人手が足りないので仕事は大変ですが……でも、やることは変わりません。人の役に立ちたいという想いは全く変わっていません。それどころか、新しい目標ができました」
「目標、ですか?」
「はい。孤児だから、貴族ではないからといって差別されることのない未来を創りたい。あの子たちが理不尽に泣くことがない未来を。あの子たちが笑って好きなことをできる未来を。……それが私の目標です」
思い浮かべるのは、無邪気に遊ぶ孤児院の子供たち。
意志のこもった真っ直ぐな眼差し。淀みのない口調。
あの日から、一回りも二回りも成長し逞しくなった友人の姿に胸が熱くなる。
――私も成長できただろうか。彼に恥じない私で在れているだろうか。
過ぎ去った月日を思う。
同じ時間。その時間をどれだけ有効に使うかは私たちの自由だ。自由だからこそ、苦しい。自由だからこそ、迷い、不安に思い、進む道が正しいか判断できない。
――彼の眼に、私はどう映っているのだろう。
“他者から見た自分“
それが気になったのは、生れて初めてだった。
*~*~*~*~*~*~*~*~
「彼は、すごいな」
ルーダが帰った後、ポツリと呟いたレオナルド。
孤児として生きてきた彼。きっと何度も理不尽な目に遭い、やるせない思いを抱え、それでも誰を恨むでもなく、誰を憎むでもなく自分を磨いてきたのだろう。
誰よりも恵まれたレオナルドの人生は失敗と間違いの連続で。その上つい最近までそのことにさえ気づけていなかったレオナルド。
きっとその違いが、彼女の信頼の違いなのだ。彼女の、愛の違いなのだ。
彼女が彼を愛する気持ちが否応なく理解できたレオナルド。
地位も名誉も、彼女の夫という立場も。
何もかもあるのに、レオナルドの心には空虚さが広がった。
生れて初めて求めたものは、愛する人の心。
――求めるものは、きっと手に入れられない。
レオナルドは生れて初めて、欲しいものに手の届かない絶望を知った。
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