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第十五話

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 一年前の夜会の日。
 カティアは何を考えていただろう。


 きっと不安と怯えで震えていた。
 あるいは、レオナルドの顔色ばかり窺っていたのだろう。



 でも今日のカティアはあの日のカティアとは違う。


  不機嫌そうにむっつりと黙り込んだレオナルドの向かいの席に座ったカティアは、駆ける馬車の窓から見える景色に目を向け続けた。








 会場はやはり豪華絢爛の一言に尽き、きらめくシャンデリアと人々の熱気に圧倒されるカティア。


 カティアにとってこれが二度目の夜会だが、きっとこのきらびやかな空間に慣れることはないだろう。



 予想通り会場に着くやいなやカティアを置いて王太子夫妻のもとへ向かったレオナルド。


 カトリーナの側には王太子とレオナルドだけでなく宰相の息子や騎士団長の息子も集まっており、楽しそうに談笑する彼らはひときわ輝いていた。


 そして、レオナルドがカトリーナに惹かれているというのは公然の事実なのだろうか。

 一人で佇むカティアに対し、嘲りや同情がこもったような視線が多く投げかけられる。



 カティアはそんな視線に黙って耐え、ただひたすら早く屋敷に帰りたいと祈っていた。

 友達もおらず、ただ黙って立っているのは体力的にも心理的にもきつかった。







*~*~*~*~*~*~*~*~






 夜会も中盤に差し掛かり、ダンスを踊る人々や談笑する者たちで会場は入り乱れていた。

 カティアもずっと立ち続けているのが辛かったので、会場の中央付近に設置された軽食コーナーで軽くサンドイッチやスコーンをつまんでいた。


 スコーンに付けるジャムを取ろうと手を伸ばした時、テーブルクロスに落ちるシャンデリアの影が揺れていることに気が付いたカティアはふと天井を見上げた。


 そして。


「逃げて!」


 かつてないほどの大きな声でカティアが叫ぶのと、天井を彩る巨大なシャンデリアが落下してきたのとでは、一体どちらが早かったのだろうか。


 カティアの叫び声は、シャンデリアの砕け散る音と共に広間に響き渡る。


 そして。


 一瞬の静寂の後、阿鼻叫喚の地獄絵面が広がった。


 悲鳴を上げる人々。

 逃げ惑う人々。

 ガラスの破片に傷つき呻く人々。


 そして。



 シャンデリアに押しつぶされたカティアが見たのは、カトリーナを庇うレオナルドとその腕の中で震えるカトリーナの姿だった。



――ああ、ほらね。



 額が熱い。
 ドクドクと、まるで鼓動を刻むかのように脈打つ傷口。


 痛みが遠のく。

 目の前が霞む。

 喧噪も、ざわめきも。

 何もかもが遠い。――ただひたすらに遠かった。



――誰の心にも残らないまま、私は死ぬのね。


 その想いを最後に、カティアの意識は真っ黒に塗りつぶされた。

 不思議と死ぬのは怖くなかった。







*~*~*~*~*~*~*~*~






 死んだと思った。

 それなのに、カティアは目覚めた。

 ふかふかのベッドの上で目覚めたカティアの脳裏に、愛する女性を腕に抱くレオナルドの姿が蘇る。

――ああ、痛い。

 額の傷がズクズクとした痛みを訴えた。




 カチャリとドアの開く音が小さく聞こえると共に、「カティア様!」というマリアの声が耳に届く。

「マリア……」

 心配そうに顔を覗き込んだマリアの顔はクシャクシャで。

――心配してくれたのね。

 誰かから泣くほど想ってもらえることの幸せ。
 彼女の気持ちが、カティアの心に温かな火を灯した。


「カティア様は2週間も眠っていたのですよ。全身傷だらけでしたが、特に額の出血がひどくて……。しばらくは安静にしていないといけません。……本当に心配しました」

「2週間……」

 思っていたより重症だったようでびっくりする。

「心配かけてごめんなさい……。レオナルド様にも迷惑をかけてしまって……」

 言い淀むカティア。
 きっと彼は怒っている。


「謝らないでください。カティア様はあの事故の被害者で何も悪くないのですから。それに、あの日からレオナルド様は人が変わったようになられて。毎日夕食までにきちんと帰宅するようになられたし、カティア様のことも本当に心配していましたよ。仕事以外は付きっきりで看病していて」

 マリアの言葉に呆然となるカティア。
 俄かには信じられない話だ。
 あのレオナルドが大嫌いなカティアを心配するなんて。

 あの、嫌悪と侮蔑のこもった眼差しが蘇る。

――あの人が私を心配するなんて、天地がひっくり返ってもありえない。


 カティアの希望はもうとっくの昔に枯れ果てた。

 期待は裏切られ、ちっぽけな願いは粉々に打ち砕かれた。


――信じるだけ、無駄なのだ。信じるだけ、傷つくのは私だ。


 もう一度蘇る、彼と彼女の姿。

 彼の瞳にカティアが映ることなど決してない。


――だから、期待するだけ無駄なのだ。 













 
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