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第五話

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 結局最後まで王太子夫妻と話し込んでいたレオナルド。

 必然的にカティアも一人で会場を後にすることができず、二人が屋敷に着いた時にはすっかり日付が変わっていた。


「お帰りなさいませ、旦那様、奥様」

 出迎えたセバスと二言三言交わしたレオナルドは、カティアを振り返ることなく自室へと向かう。


「ただいま帰りました、セバス」

 帰りの馬車の中でも一言も口を利かず、今もまるでカティアがいないかのようにふるまったレオナルド。

 セバスにまで無視されたらと思うと怖くて、カティアはセバスの顔を見ずに急いで横を通り過ぎた。





 夜会が終わった。
 パートナーとして出席するというカティアの役目も終わった。

 そうしてまた、退屈で孤独な日々がカティアを飲み込んだ。


 もう、ルーダはこの屋敷に来ない。
 彼と過ごす日々がどれほ楽しく、幸せだったのか、カティアは今になって初めて気づく。

 あの日々の中で感じていた以上に、カティアは彼との会話に救われていた。


 何もない、誰からも求められない、そんな日常が戻ってきてから気づくなんて。

――いや、もしかしたら。幸せを知ったからこそ、辛いのかもしれない。


 部屋に籠る日々。
 代り映えのない空。

 何でもなかったはず日常に、どうしようもなく泣きたくなった。




 昨日と同じようにただ黙って庭を、花を、木々を、空を眺めていたカティア。

――ルーダに会いたい。どうしようもなく、会いたい。


 無性に彼に会いたくなった。

 この家に来てから、カティアは我儘を言ったことはない。
 誰かに頼みごとをしたこともない。

 いや、この家に来る前からだ。
 カティアが物心ついた時には、ほんの些細な願いでさえ、抱くことが罪だった。
 誰かに頼みごとをすることは暴力の口実を与えることだった。


 冷たい使用人たち。
 カティアを嫌悪し、いない者として扱うレオナルド。

 頼みごとをするのには、とても勇気がいった。
 それでも、カティアは動いた。


 彼の穏やかで優しい笑顔を思い出して。
 彼と過ごした胸が暖かくなるような日々を思い出して。



「……あの、私、外出したいのですが」

 酷く自信無げで弱弱しい声。
 揺れる瞳。


 そんなカティアを見たセバスは、
「どちらにですか?」
と尋ねる。


――あれ? セバスさんの声、いつもより冷たくない。瞳も心なしかいつもより柔らかいような……。

 これは、カティアがの願望が見せた幻だろうか。


――どっちだっていい。

 カティアはただ、勇気を出すだけだ。


「バーバー孤児院です。ダンスを教えてくれたルーダの育った場所で、一度行ってみたくて」


「孤児院ですか。……いいでしょう。ただし、マリアを連れて行ってください。お一人で出歩くのは許可できません」

 意外だったのだろうか。
 孤児院と聞き、セバスの目がわずかに見開かれた。

 だがカティアは気づかず、許可されたことにほっと胸をなでおろした。


――やった! ルーダに会える!



 少しみすぼらしい、だがカティアにとっては着慣れたシンプルなワンピースを身に着け、マリアと馬車に乗り込む。




――一歩、踏み出せた!



 部屋の中から眺めることしかできなかった、木漏れ日降り注ぐ庭。
 色とりどりの花々。
 立派な大木。
 真っ青でどこまでも広がる空。



 閉じ込められたと思っていた小鳥。
 でも実際は、鳥かごに鍵など掛かっていなかったのかもしれない。





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