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第二幕 『蜜月』

18. ☆

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 そして一週間後──。
 オフェーリアは主寝室の寝台の上に座っていた。
 彼女の身を包むものは、薄いシフォン布のナイト・ドレス……体の線が透けて見える、いくつもの小さいリボンがついた、とてもではないが心地よく眠るためのものとは思えない寝具だった。
 このナイト・ドレスの本来の意義を、オフェーリアは、なんとなく理解している。

 伯爵邸の窓からのぞく夜空は暗いだけでなく、静かだった。
 大きな主寝室を照らす明かりは、暖炉にはぜる火と、壁から突き出した燭台の上で燃えるロウソクの明かりだけだ。暗くはないが、明るくもない。
 寒くはないが、暑くもない……はずなのに、オフェーリアの鼓動は痛いほど高鳴り、全身の肌が燃えるように火照った。

 今日、オフェーリアはウィンドハースト伯爵ゴードンと結婚した。

 ウィンドハースト領主の豪邸……オフェーリアの新しい住まいには、小ぶりながらも美しい礼拝堂があり、ふたりはそこで生涯の愛を誓ったのだ。
 病める時も、健やかなる時も。
 死が、ふたりをわかつまで。
 選ばれた数少ない参列者に見守られながら、オフェーリアはウィンドハースト伯爵夫人となった。
 誓いの口づけは牧師にとがめられるまで終わらず、続いて催されたお披露目の晩餐会でも、ゴードンは花嫁姿のオフェーリアから片時も離れようとしなかった。

 ──プロポーズを受けた次の日、オフェーリアとゴードンはすでに領地へ向かう旅に出ていた。馬車を使ったため道程は二日ほどかかり、チョーサーも同行していたため、ふたりに恋人らしい進展はほとんどなかった。
 屋敷に到着するとすぐ、ゴードンは結婚式の準備に奔走しはじめたから、ゆっくりふたりきりになれる時間もあまりなく……そのまま今……初夜にいたる。

 初夜。
 ああ、神様。
 オフェーリアはどきどきと緊張しながら、薄明かりの中で主寝室を見回した。まるで夢のような光景だった。
 この寝室だけでも、オフェーリアの実家がすっぽり入ってしまいそうな広さだ。壁には見事な肖像画がずらりと並び、マントルピースの上には金の燭台、大陸製の壺、ブロンズの彫刻……様々な高級品が飾られている。
 食事はいつも目が痛くなるほどピカピカに磨き上げられた純銀のカトラリーが添えられ、オフェーリアには専属の侍女がつけられた。
 オフェーリアにとって、ここは天国だった。もしくは夢物語。

(でも、違うの……。本当に嬉しいのは、そんなことじゃなくて……)

 もっともオフェーリアをときめかせるのは、広大な屋敷でも、数え切れないほど与えられた優美なドレスでも、きらめく宝石でもなかった。
 ゴードン、だ。
 ゴードン。
 出会ったばかりの頃は、彼が優しい恋人になれるタイプの男性だとは思わなかった。恵まれなかった両親の関係や、長年の軍隊経験から、きっと自分のスペースを欲しがり、ある程度の距離を置きたがるだろうと思っていたのだ。
 オフェーリアはそれを甘受する覚悟だった。
 でも、それは間違いだった。

 オフェーリアの婚約者となったゴードン・ランチェスターは、もうニヒルな笑いばかりを浮かべた傲慢で皮肉屋な伯爵ではなくなっていた。
 彼はオフェーリアに対して、よく冗談を言い、よく微笑み、たくさんの甘い言葉の雨を降らせては、時間の許す限り彼女のそばにいた。
 逆にオフェーリアの方がとまどうくらいだ。
 世間向けの冷徹の仮面を脱いだゴードンは、情熱的で親身な、少しだけわがままなところのある、理想の恋人だった。

 そして彼は、事あるごとに欲望の発露をオフェーリアにささやきながらも……結局、今夜まで待ってくれたのだ。
 オフェーリアは今夜、ここで、心身ともにゴードンの妻となる。

 何度も、ナイト・ドレスのありもしない皺を伸ばす作業に熱中しながら、オフェーリアは夫が来るのを待った。不安と期待が混ざり、オフェーリアの心は不安定に揺れた。
 でも、相手がゴードンなら、すべてを受け入れられる。
 オフェーリアは彼が……好きだから。



 扉をノックする音はしなかった。
 ただ、するりと静かに扉が開いて、髪を後ろになでつけた正装姿のゴードン・ランチェスターの雄々しい姿が現れた。
 オフェーリアの胸が喜びにふくらむ。
 扉の両横に揺れるロウソクの炎に照らされたゴードンの輪郭は、太陽の明かりの下で見るよりもずっと彫りが深く、神秘的に見えた。

 ゴードンもなにか、似たようなことを考えているらしかった。
 扉の枠に片方の肩を預け、腕を組むとじっと寝台の上のオフェーリアを見つめる。

「わたしは多分……この瞬間のために生きてきた」
 ゴードンは言った。
 いくらか首をかしげ、オフェーリアの姿を、頭のてっぺんから爪の先に至るまでくまなく眺め回す。
 熱烈な視線に、オフェーリアがぞくりと背筋を震わせると、ゴードンは薄く微笑んだ。
「怖いかい、オフェーリア? 今夜、これからわたし達の間で起こることを、君は恐れているのかな」

 この問いにイエスと答えたら、ゴードンはやめてくれるのだろうか?
 いいや、そんなことはない。燃えるような彼の瞳が、そんなことはありえないと主張している。
 では、ノーと答えたら?
 オフェーリアは一瞬にして彼に抱きつくされてしまうだろう。またたくまに骨の髄までしゃぶりつくされてしまう自分が、容易に想像できた。
 だからオフェーリアは、できるだけ正直に、曖昧な自分の気持ちを伝えることにした。

「わかりません……。早く、あなたと……ひとつになりたいとも思うし、その過程で……自分がどうなってしまうのか、わからなくて、怖い気持ちも……あります」

 ゴードンは喉の奥でうなるような声を出し、扉の枠から離れて姿勢を正した。
 彼はもう微笑んではいなかった。

 オフェーリアの、心拍数が上がる。指先がかすかに震えだす。
 それでも、ひとつだけ確かなことは……ゴードンは嘘はつかないということだった。彼は、お世辞でオフェーリアを褒めそやしたり、愛をささやいたり、痛くも怖くもないなどといった偽りを口にしたりはしない。

 後ろ手に扉を閉めたゴードンが、ゆっくりと寝台に向かって歩いてくる。
 木張りの床に落とされた影が、ひどくなまめかしく揺れるのを、オフェーリアは息を潜めて見守っていた。

「今夜、わたしは君を食いつくしてしまうだろう……。その唇、その白い肌、その大きな瞳……形のいい柔らかそうな胸……。わたしに理性を期待されても、それは無理というものだ」

 寝台の手前にある安楽椅子の背に、脱いだ上着をばさりと掛けたゴードンは、さらにクラヴァットに指をかけながらオフェーリアの前に立った。
 首をかしげ、オフェーリアの胸元にじっと視線を注ぐ。
「乳首がぴんと立っているね。緊張しているからなのか、それとも、なにかを期待しているからなのかな……」
「えっ」
 オフェーリアは真っ赤になって両手で胸を隠した。
 ──すると確かに、普段は柔らかいはずのその部分が、真珠のように固くしこっているのを感じた。これは、いったいどうして?
「わ、わたし……これ……ご、ごめんなさい……っ」
 オフェーリアは必死で小刻みに首を左右に振った。
 どう反応していいのか、わからなかった。これはなんだろう? なにか、はしたない生理現象なのだろうか? もしかしたら、緊張のせいでオフェーリアの体はあるまじき状態になってしまっているのだろうか?
 初夜の床の花嫁として、恥ずべきようなありさまなのかもしれない……。
「ごめんなさい、ゴードン……」
 すすり泣くような声を漏らすと、ゴードンは首に巻かれていたクラヴァットを完全に外し、それをシーツの上に放り投げた。

「君は罪深い女だ」
 ゴードンは暗い声で言った。
「まだはじまってさえいないというのに、こんなに可愛らしい声で泣いて、わたしの情炎を煽ってくる……罪深い天使」

 寝台の縁に座っているオフェーリアの前にゴードンが立つと、そのたくましい長身に光が遮られ、オフェーリアは影に飲まれる。
 オフェーリアは震えた。
「でも、これ……どう……どうしたらいいのか……」
 乳首、などという言葉を口にするのはためらわれた。でも、こんなに固くしこってしまったここを、どうすればいいのだろう。
 これからふたりの秘め事がはじまるというのに、オフェーリアの体は異常な状態に……。
 ゴードンの口から、聞いたこともないような原始的なうめき声が漏れた。
 ──と、同時に、ゴードンの両手がオフェーリアの手首をつかみ、素早く強引に腕を両脇に開かされた。
 大きくふくらんだふたつの胸と、その頂にぴんと張った乳首が、薄いナイト・ドレスを通じてゴードンの目の前に差し出される。
 オフェーリアの肌はカッと火照りだした。

「どうしたらいいのか……教えてあげよう、オフェーリア」

 妻の手首を宙に押さえたまま、ゴードンの口が、オフェーリアの胸の頂をむさぼるように含んだ。

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