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5章 二つの魔術
69 何気ない時間のなかで
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門の精霊が人の世からきっちり隔てた、いわば精霊の世。そこに安息を見いだした人間――学術都市の住人らにとって夕刻は、当たり前だが一日最後の食事の時間に充てられる。
街の外れ、魔術師の家もその理からは外れない。家主を欠いてしょんぼりするエメルダも、それを慰めるキリクも。心ここにあらずでありながら、てきぱきと調理の主戦力となるセディオも。
今はそろって厨房に立っていた。
作業台を兼ねる食卓とは別の小さなテーブルに椅子が二脚。その一脚に、今日二度めの来訪者が座っている。
壁側に寄せられた小休憩のためのスペースはいかにもすみっこで、およそ豪奢な美貌を湛えるかれにはそぐわない。
にも拘わらず、ちょこん、と収まる様子はどことなく毛足の長い猫を思わせた。
(ウォーラをつかまえて猫を連想するとか……やばい。疲れてんな、俺)
視界の端にちらちらと映る存在をあえて無視し、セディオはつとめて淡々と夕食の準備に専念する。
「……ん、こんなもんかな」
ふわ、と香る月桂樹の葉と野菜や肉の旨み。澄んだスープから立ちのぼる湯気。
ポトフの鍋から蓋を取り、僅かに顔を寄せて匂いを嗅ぐ仕草をした青年は独り言のように呟いた。手早く側にあった塩や胡椒を加え、「エメルダ、皿。四人分な」と、たまたま後ろを通りがかった少女に指示を出す。
「はーい」
返事をしたエメルダは、すぐに食器棚へと向かった。
調理に使った器具を洗っていたキリクが手元から顔を上げ、きょとんとする。
「味見しないんですか?」
「しねぇよ。匂いで大体わかるだろ」
「へー……」
几帳面な少年は、自分が作るときは大抵味見を欠かさない。各種材料や調味料の類いも出来るだけレシピ通りの配分を心がけている。
が、年長者を立てることを徹底して養い親から教わった身として、最終的には何も告げなかった。
四角い食卓には既に、焼きたての堅パンと切り分けられたフルーツが盛りつけられている。
「じゃ、飯にするか――おいウォーラ、待たせたな。食ってくだろ? こっち来いって。話もたっぷり聞かせてもらう」
「……あぁ」
カタン、と椅子を鳴らして白い佳人が立ち上がった。
窓から差す斜光に、ゆらめく髪が茜色の光を一度弾かせる。つい、そのさまに見入ってしまった三者を置き去りに、ウォーラはあっさりと席を移動した。
はっ……と気づき、面々も動き出す。
癪だが、こういう何気ない場面で、この男が全き宝石の精霊のなかでも別格なのだと見せつけられる。
「はい、セディオさん。お皿」
「おう」
深めの陶製の大皿をかさねて目の前に差し出すエメルダ。
――自分が加工し、世に送り出す手助けをしたのだと思うと、そのこまっしゃくれた言いようにもまぁまぁ可愛いげを感じる。
まっすぐにこちらを見上げる、くりっとした大きな緑柱石の瞳。極めて愛らしい容貌。……生を受けてさほどの時間も経ってはいない。まっさらな、新しい命だ。
ぽふ。
セディオは皿を受け取る前に、ふわふわと空気をはらむ翠の髪に手を置いた。
「…………何? なんで?」
「いや、何となく」
怪訝そうな少女に、思わず吹き出しそうになる。
不在がちな恋人への想いとは確固として別に、ちいさな同居人達への愛着も深まりつつあるのを実感した。
人であろうと、なかろうとも。
(スイの最初の持ち主……ミゲルって細工師も、こんな感じだったのかね。作品ってぇか……、自分の子どもみたいな)
腰に当てていた左手で皿を受け取ると、料理の腕も悪くない細工師の青年は、ほろほろのジャガイモや甘そうなニンジン、キャベツがごろりと入るポトフを豪快に盛っていった。
街の外れ、魔術師の家もその理からは外れない。家主を欠いてしょんぼりするエメルダも、それを慰めるキリクも。心ここにあらずでありながら、てきぱきと調理の主戦力となるセディオも。
今はそろって厨房に立っていた。
作業台を兼ねる食卓とは別の小さなテーブルに椅子が二脚。その一脚に、今日二度めの来訪者が座っている。
壁側に寄せられた小休憩のためのスペースはいかにもすみっこで、およそ豪奢な美貌を湛えるかれにはそぐわない。
にも拘わらず、ちょこん、と収まる様子はどことなく毛足の長い猫を思わせた。
(ウォーラをつかまえて猫を連想するとか……やばい。疲れてんな、俺)
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「……ん、こんなもんかな」
ふわ、と香る月桂樹の葉と野菜や肉の旨み。澄んだスープから立ちのぼる湯気。
ポトフの鍋から蓋を取り、僅かに顔を寄せて匂いを嗅ぐ仕草をした青年は独り言のように呟いた。手早く側にあった塩や胡椒を加え、「エメルダ、皿。四人分な」と、たまたま後ろを通りがかった少女に指示を出す。
「はーい」
返事をしたエメルダは、すぐに食器棚へと向かった。
調理に使った器具を洗っていたキリクが手元から顔を上げ、きょとんとする。
「味見しないんですか?」
「しねぇよ。匂いで大体わかるだろ」
「へー……」
几帳面な少年は、自分が作るときは大抵味見を欠かさない。各種材料や調味料の類いも出来るだけレシピ通りの配分を心がけている。
が、年長者を立てることを徹底して養い親から教わった身として、最終的には何も告げなかった。
四角い食卓には既に、焼きたての堅パンと切り分けられたフルーツが盛りつけられている。
「じゃ、飯にするか――おいウォーラ、待たせたな。食ってくだろ? こっち来いって。話もたっぷり聞かせてもらう」
「……あぁ」
カタン、と椅子を鳴らして白い佳人が立ち上がった。
窓から差す斜光に、ゆらめく髪が茜色の光を一度弾かせる。つい、そのさまに見入ってしまった三者を置き去りに、ウォーラはあっさりと席を移動した。
はっ……と気づき、面々も動き出す。
癪だが、こういう何気ない場面で、この男が全き宝石の精霊のなかでも別格なのだと見せつけられる。
「はい、セディオさん。お皿」
「おう」
深めの陶製の大皿をかさねて目の前に差し出すエメルダ。
――自分が加工し、世に送り出す手助けをしたのだと思うと、そのこまっしゃくれた言いようにもまぁまぁ可愛いげを感じる。
まっすぐにこちらを見上げる、くりっとした大きな緑柱石の瞳。極めて愛らしい容貌。……生を受けてさほどの時間も経ってはいない。まっさらな、新しい命だ。
ぽふ。
セディオは皿を受け取る前に、ふわふわと空気をはらむ翠の髪に手を置いた。
「…………何? なんで?」
「いや、何となく」
怪訝そうな少女に、思わず吹き出しそうになる。
不在がちな恋人への想いとは確固として別に、ちいさな同居人達への愛着も深まりつつあるのを実感した。
人であろうと、なかろうとも。
(スイの最初の持ち主……ミゲルって細工師も、こんな感じだったのかね。作品ってぇか……、自分の子どもみたいな)
腰に当てていた左手で皿を受け取ると、料理の腕も悪くない細工師の青年は、ほろほろのジャガイモや甘そうなニンジン、キャベツがごろりと入るポトフを豪快に盛っていった。
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