上 下
3 / 11

3 女神のような盗びと

しおりを挟む
 番兵の男性が話していた飾りランタンは様々な動物の形を模した張り子の内側で蝋燭を灯したものらしく、色は同じだが、かえって統一感があって、差異が面白い。

 これは白鳥。なるほど、池のほとりにある。
 あっちは子鹿。よく出来ている。木々の間からこちらを見ているポーズが愛らしい。
 それに、向こうは……。

「んん? 動いてる?」

 思わず呟いてしまった。
 辺りに見物客はいない。注意深く白い影が見えたところに近づくと、そこは植え込み。
 ただし、大人ひとりが通れるほどに剪定された、細いトンネルがあった。庭師が手入れのため、わざと開けているのかもしれない。

 ふつう、そんな業務用の場所を一般来場者に気づかせるかな……? と首を傾げるものの、好奇心は抑えられない。
 ガサガサと茂みの葉を鳴らしつつ進むと、なんと、小ぢんまりした四阿あずまやを発見してしまった!
 しかも、藍色の夜闇にぼんやりと目立つ白い石材の柱の向こうに、先ほど動くカンテラと勘違いした『先客』を見いだす。

「おや。見つかってしまった」
「すみません。あの……たまたま、あなたがここに入るのが見えて。気になって」
「いや、いいよ。座る?」
「はあ」

 通常なら、初対面の人間と夜にこんな風に一対一で差し向かうことはないのだが、今夜は特別な祝祭。相手が不埒なことをやらかしそうな男ならともかく、古代のドレスをまとう精霊めいた女性だ。そして、いまの自分は銀狐の精霊。しかも男装。まず、危険はないと思われた。

 さっき、少女たちに走り去られてしまったときのように「失礼します」と相席を断るが、こちらの御仁はゆったりと頷くだけ。
 そのことに安堵しつつ、ふと、相当身分の高い女性なのでは……? と、どぎまぎした。

 すると、おもむろに指を差された。

「そのカード」
「はい?」
「胸のポケットから端が見える。トーナメントの出場者に配られるカードだね。出るの? 
「は、はい。すごいですね。この……魔法照明かな? ほんの少しの明かりで、こんなに小さなものを。貴女のお身内のかたも出られるんですか?」
「いいや。保護対象から一緒に出ないかと誘われたが、私は、今年はこのなりだから」
「…………『今年』?」
「わからないかな。わからないなら、いい」
「?? え? どういう……」
「ふふっ。それにしても」
「わっ!?」

 半円を描く石の長椅子に並んで腰掛けたため、相手の接近を許してしまった。
 頭には名前の知らない、色とりどりの花冠。女神のように優雅なドレープを作る、白い長衣。体つきは花冠から垂れるふわっとしたベールで分かりづらかったが、これは。

 やんわりと後頭部に片手を添えられ、押し倒されている。華奢な飾環サークレットに付随する布型の仮面が揺れて、精悍な顎と頬を覗かせた。――――男!!

「やっ、やめろ! 僕は」
「大丈夫。今宵、祝祭で出会った者の正体は明かしてはならない。その決まりを破ることはない。君の衣を暴いたりはしないよ。いまは。でも」
「!!!」


 ゆっくりと声が近づいた。

 なぜか、抗うことができなかった。うなじの下に添えられた長い指に気持ちがざわつく。相手の胸は固くて、両手で押してもびくともしない。

 こんなのは、初めてで。

 ふさがれた唇を割って熱いものが入って、いいように蹂躙されている。
 息が止まり、目を開けていられない。熱くて、とろりとした時間が溶けだす。
 やがて意識が朦朧として、相手のもう片方の手が腰のあたりに伸びるのを止められなかった。

 それから。



 ――かわいいひと。約束ごとだからね。いいね? 君は、夢を見ていた。
 ――夜が明けたら必ず迎えに行くよ。さあ、行って。


 まどろみが押し寄せて為すすべもなく、低い囁き声が闇に消えた。



   ◆◇◆



 ゆさゆさ、遠慮がちに体を揺すられて焦った声がする。
 石の椅子でも、あのひとの手でもない。草の感触を頬に感じてハッとした。

「君っ! 大丈夫か。どうした、こんなところで倒れるなんて……気分が?」
「い、いえ。すみません。何も……………!! あの、いま何時ですか!?」
「いま? ええと。あれから半刻も経っちゃいないが」
「ありがとう! ごめんなさい! 行きます、やばい、ぎりぎりだ!!」
「え、あ、うん……? き、気をつけて」

 番兵に謝り、勢いよく起き上がって門へと走る。
 寝ていた。寝かされたというほうが正しいだろう。くそっ、あいつめ……!

(~~ううっ、だめだ、忘れる! 忘れた!!!)

 カードに記されたエントリー時刻はもうすぐだった。
 唇と口のなか。体のあちこちに残る甘さと疼き。違和感の正体に、私は全力で気づかないフリをした。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

天職はドロップ率300%の盗賊、錬金術師を騙る。

朱本来未
ファンタジー
 魔術師の大家であるレッドグレイヴ家に生を受けたヒイロは、15歳を迎えて受けた成人の儀で盗賊の天職を授けられた。  天職が王家からの心象が悪い盗賊になってしまったヒイロは、廃嫡されてレッドグレイヴ領からの追放されることとなった。  ヒイロは以前から魔術師以外の天職に可能性を感じていたこともあり、追放処分を抵抗することなく受け入れ、レッドグレイヴ領から出奔するのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...