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第三章 運命の人

63 青の都、初めての夜

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 実際に入城してわかったが、遠目には幻のような輝きを放っていた石は、近づくと青みを帯びた乳白色。
 尖塔群はほぼ吹き抜けの造りで、一つにつき一つの役割を持つようだった。

 一番大きく、最初にイゾルデに挨拶をしたのが『謁見の塔』。
 二番目に大きいのが神殿を兼ねる『祈りの塔』。
 ほか、公の会議などに用いられる『執政の塔』、夜会などを催すための『舞踏の塔』――と、篝火に照らされた中庭を案内されながら説明を受ける。
 サジェスとアストラッドはイゾルデに連れられ、また別の塔へと向かった。

「――で、ここ。塔に囲まれた部分が城で働く人間や、王族以外の客人が過ごすための生活空間かな」

「まぁ。こちらはゼローナ風ですのね。なぜ?」

「うーん……。時代が新しいというよりは、多分、公国が廃されて公爵領になったから。中央の建築様式のほうが、色々と理にかなったんだと思う」

「なるほど」

 他愛のない話を交わし、蓮の葉と火影が浮かぶ池の橋を渡る。
 すると、周りを大きな塔に囲まれているために小ぢんまりとした印象しか受けなかったが、実際は広々とした造りの館が二棟あった。その一方に進む。

 漆喰の壁。地方貴族の邸宅ほどはありそうな重厚な二階建て。きちんと夜番の門兵が立っている。
 イゾルデから先導を申し付けられたルピナスがエントランスを抜け、階段に昇ってすぐの扉をカチャッとひらくと、中は女性向けの可愛らしい客室だった。

 落ち着いた花柄の壁紙。火の入った暖炉の前にはふかふかの白い毛皮が敷かれ、心地よさそうなクッションを重ねた安楽椅子が一つ。調度品は趣味の良く、温かみのある木製のもの。
 天井から吊り下げられた小さな天蓋からは薄布が垂れ、真っ白なシーツと羽布団の寝台が二つ。テーブルにはピンクを基調とする花々が生けられている。

 まずはミュゼル。次いでヨルナ。それから侍女たち。全員が入ったあと、扉を開けたままでルピナスが説明を始めた。

「そっちに侍女殿たちの控えの部屋がある。浴室もあるけど、蛇口に魔力を流せばお湯が出るから、…………大丈夫? ヨルナはほぼ魔法を使えないと聞いた。魔力を扱ったことは?」

「ご心配なく。わたくしがお世話を」

「あ、そうか」

 寝台の薄布をぺらっとめくっていたヨルナが振り向き、息を吸うよりも先にサリィが答えて魔力問題はあっという間に解決した。
 ミュゼル本人は護身に適した防御魔法やら、ちょっとした火魔法が使えるらしい。憧れる。

 ――何かあったら入り口のベルを鳴らして。係の者が来るから、と微笑み、まだ美少女にしか見えないルピナスは扉に向かった。「また明日ね」

「はい。おやすみなさい」
「おやすみ。明日は『ルピナス』?」

 去り際、ソファーの後ろから背もたれに肘をついたミュゼルに意味ありげに問われ、やむにやまれぬ事情で女装を貫いていた北公子息は、すぅっと唇の端を上げた。

「えぇ。お楽しみに」



   *   *   *



「では、殿下がた。お付きの方々もこの塔を自由にお使いください」

「ありがとう、イゾルデ殿」
「ありがとうございます」

 謁見の塔の真後ろにあたる中ぶりな塔に連れられ、アストラッドは目立たないよう辺りを見渡した。

 さすがは北方の雄・アクアジェイルの古き塔。かつて栄えた魔法国家の遺産とあって、ゼローナ領の大半と違い、あちこちに魔力を媒介とする道具がそろっている。

 ――照明、水回り、それに防犯セキュリティを目的とする鍵。窓も扉も、公爵がみとめて連れてきた人物でなくては通れない仕組みのようだった。正直、そこまでの技術は今のゼローナにない。

(トール兄上が来ても楽しめたんだろうな……)
 ぼんやりと、王都で留守番を買って出た次兄を思い出す。ついでに妙に大人しくなったロザリンドも。


「魔族の使節はどこに?」

「客人用の館の一つに。二日前から滞在していただいております。明日、午後にでも時間を設けましょうか。親書の中身も似たような内容なのでしょう?」

「そんなところです」

 着々と日程をこなすサジェスに、同レベルのスピードで対応する北公。
 長兄ちょうけいの居心地がいい道理だな、と頬を緩めると、ふいに「それから」と、イゾルデが声の調子を改めた。

 くるり、と振り向き、サジェスだけに視線を定める。姿勢よく手を組み、淑女の佇まいではあったが気圧されるような気迫がぴりりと滲む。

「くれぐれも。明日、手順を踏んで、礼節にのっとった訪問をしていただければと存じます。もう、我が城でひょいひょい翔びまわることはなさいませんように」

「大丈夫です、イゾルデ殿。俺ももう大人になりました」

「(うわー、わー、兄上それは。相当、
最初の二年はやらかしてたという……)」
「「…………」」

 沈黙の弟と随伴を意に介さず、サジェスは真面目に諸手もろてを挙げてよくわからない宣言をした。案の定、はぁ、と頭の痛そうなイゾルデが嘆息する。

「大人だからこそ厄介なこともありますし、あの子もここ数年、社交界では散々でした。お若い頃のやんちゃを反省なさってるんでしたら、とっととあの子を説き伏せて婚約者としての覚悟を決めさせてくださいませね」

「もちろん。必ず」

「……」
「「…………」」

 かなり、置いていかれた感のある余人に優雅な一礼を残し、女公爵イゾルデは退室した。


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