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第二章 動き出す歯車

27 お忍びとは

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 ――どうしてこうなった。

せません……」

 ほんのささやかな呟きは、周囲の喧騒に容赦なく紛れていった。
 まるでお祭みたいなのは、ここが王都最大の市が立つ広場へと続く主要街道だからだろうか。

 深くフードを被った薄手のマントはシンプルなクリーム色。左右に並び立つ建物の壁も似たり寄ったりで、保護色めいている。(むしろ壁になりたい)

 広い大通りは乳白色からレンガっぽい色の石を幾何学模様に組み合わせたテーマパークのような石畳。そこを茶色に染めた皮の編み上げブーツで懸命に闊歩かっぽしている。華奢なくつと違って歩きやすい。それはいいのだが。


 春らしいオリーブ色の布地に白いレース飾りのエプロンワンピースを身につけたヨルナは、困ったように同行する面々を見つめた。

 先頭には道案内のメイドの少女が一人。続いてロザリンド王女とトール王子。
 きゃっきゃ、と楽しそうなミュゼルの横には、いつもとあまり変わらないアイリスがいる。最後尾には――



、大丈夫? よかったら手を繋ごうか」

 気遣わしげな瞳。やさしい声音。灰色の耳垂れ帽子に青灰色の膝丈チュニック。軽快な街の少年そのものとなったアストラッドは、左側で遅れがちな少女に手を差し出した。

「えっ!? いいいいえ!? へへへ平気です。ア……っ、アーシュ……」

 “様”と、うっかり付けそうになったヨルナは赤面して盛大にどもり、前集団に追いつくべく、せっせと足を動かした。

 そう? と、淡く微笑んだアストラッドは手を引っ込める代わりに、そっとヨルナの背に触れる。少しだけ。
(?)
 すると、後ろから流れてきた賑やかな通行人の集団がすれすれの位置でヨルナの左横をすり抜けて行った。
 さりげなく庇ってくれた王子に、ヨルナは照れながら礼を述べた。

「ありがとうございます」

「どういたしまして」



   *   *   *



「ヨルナーーー! おっそい! 置いてくわよ!」

 前方から引率者よろしく、意外に街に溶け込んでいるロザリンドから声がかかった。
 ぎょっとしたヨルナは、アストラッドからぱっと身を離して走り寄る。「すみません」

「……いいけど。別に。アーシュ、ちゃんと見ててやってよ。やっぱりこの子、田舎娘丸出しだわ。浮きまくってる」

「えぇぇ……」

 ――――確かに。
 確かに、カリスト領はほぼ農耕地だったり、牧場だったりと長閑のどかな土地柄だ。
 でも一応、公爵家の娘なんだけどなぁ……と言い返せずにいると、方々ほうぼうから意見が上がった。

「浮く? 違うな。どんな装いでも目立ってしまうのは、彼女が月華草げっかそうの精みたいに神々しい美少女だからだよ」
! あんまりだわ。ヨルナはれっきとした……んむぐぐっ」
「落ち着いてミュゼル。多分、いらないことを口走りそうになってる」


 …………三者三様、言いようはともかく。
 皆、それなりに「街のひと」になっている。さすがだ。
 そんなに自分の変装はいただけないだろうか……と、ヨルナは悄気しょげてしまった。

「まぁまぁ」

 ゆっくりと追いついたアストラッドはヨルナを慰めると、自然にその手をとって繋いだ。

「お、……! アーシュっ?!」

「この通り、ちゃんと付いてる。いいからローズ、行きなよ。でないと今すぐ、を知らせに戻っちゃうよ」

「!! ぐっ……、つまんない奴! なによ、ムッツリ! アーシュのすけべ!!」

「ムッツリは関係ない」


「「「(……否定しないんだ……)」」」

 令嬢がたからぬるい微笑とまなざしを注がれても、姉弟の言い争いは控えめに続いた。何とも言えない、騒々しくも緩い空気が満ちている。
 全員、いつの間にか通りのど真ん中で立ち止まっているし、周囲からもジロジロ見られている。
 はたして、これでちゃんと隠密おしのびと言えるんだろうか……?

 やがて、言い争いの論点が激しくずれてきた頃。
 おずおず、と、私服姿の黒髪のメイドが一行に話しかけた。

「あのう、差し出がましいのですが宜しいでしょうか……? そろそろ行かないと。評判の芸人一座ですから、座席が埋まってしまいます」

「! あっ、はい! ごめんなさい」

 なぜか代表で元気よく謝ってしまい、注目を浴びたヨルナは再び縮こまった。

(おかしいな……そもそもロザリンド様の城出には反対だったし、お供する気も全然なかったのに)


 ――かくも恐ろしきは多数決協議の無情さと、護衛役を頼まれた王子たちのフットワークの軽さだと思う。

 ★反対:ヨルナ
 ★賛成:ロザリンド、ミュゼル
 ★中立:アイリス(不参加のつもりだったが、ミュゼルにき引きずってこられた)


 晴れ渡った空に、向かう広場からポポポン! と花火が上がる。一斉に歓声が湧き、足早になるひとも、振り向いて笑顔になるひともいた。

「さ、行くわよ!」


 気合い十分な王女がわくわくと先に行ってしまう。
 メイドと兄弟、三公家の姫君がたは、慌ててその背中で揺れる緋色の長い三つ編みを追った。



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