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嵐の章
追記1/2 晴天に雲、立ち込める
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ちょっと、引いた。
いや、高校の名前を聞かなかった湊も良くはなかった。
『家、教えてくれる? 迎えに行くから』と言われ、それは勘弁してくださいと断ったのが先月。今日は十月も半ば。すっきりとよく晴れた文化祭日和だ。
――紫乃祭。
いつもの校門には立派な毛筆の立て看板が飾られ、楽しげにそこに入って行く人びと。父兄らしきひと、近隣の子ども、他校の学生に……おそらくはOB。
ちらり、と隣の誘いびとを窺う。
「あの、ここ……本当に? 入るんですか」
「入らなきゃ、瀬尾さんに恋人役をお願いした意味がなくなっちゃうな。別にいいけど。普通のデートにする?」
「結構です」
校門前。行き交うひとのなかで立ち止まり、真剣に話し合う篁と湊は、そこそこ目立っていた。篁は、ギプスは取れたがまだ足元が覚束ない。松葉杖を使用している。
意外に渋い藍染めのクレリックシャツにベージュのワークパンツ。スニーカー。
気軽な服装の篁は二十代に見えた。
対する湊も似たり寄ったりで、あまりデート感はない。
いつもの細身のジーンズに、ローゲージの白いVネックニット。Iラインにジルコニアが輝くシンプルなシルバーネックレスを身に付けているが、女性らしい飾りはそれだけだった。
足元はカラシ色のローヒールパンプス。紺と白のマリンカラーを思わせるミニバッグを片手に持っている。
腕を組んで瞑目。しばし熟考。
会うだろうか……いや、会ったところで話しかけられるとも限らない。ここまでの賑わいなのだ。よほどバッタリ遭遇しなければ、とみずからを奮い立たせる。
ぐっ、と決意を滲ませ、挑むように篁を見上げた。
「……わかりました。入りましょう。で、件の女の子の目を覚まさせて、速やかな撤収を提案します」
「? 意気込みはありがたいけどさ。何か用事? さっきからそわそわしてるよね」
「うっ」
鋭い。湊は、篁のことをとやかく言えないな……と、自嘲気味にほほ笑んだ。
「ちょっと。知り合いが」
「ふぅん?」
いかにも『聞いてくれるな』という顔色の彼女をじっと眺めて、に、と口の端を上げる。随分とひとの悪い笑みだった。
「――ま、いいけど。よろしくね『湊』」
「……どうしても、それでいきます?」
「離婚したばっかりなのに、これくらい節操ないほうが諦めてくれると思うんだよね。あんまり行儀よく『瀬尾さん』呼びだと、『まだいける……!』とか思われそうで」
「なるほど」
対処に慣れている。女性にはもてるだろうと、当初の予想を裏切らぬ遊び人っぷりだった。ふと、思い立つ。
「本当の女友達のどなたかに、頼もうとはなさらなかったんですか?」
「無理。勘違いさせる」
「あぁ……」
しばらく、そういうのは凝り凝りなんだ――と邪気なく笑う篁に、何となく肩の力が抜ける。
その点に関しては同意しかないな、と苦笑した。
* *
――弟のクラスメートの女の子が俺に一目惚れしちゃって、と。
あの日、専門学校で告白された。
その子が篁を見初めたのは、奇しくも去年の学祭。年の離れた可愛い弟が売り子を務めるクレープ屋を冷やかしに行ったときだという。
「篁さん、その時はお一人で……?」
「うん。前の奥さんは置いてきてた。迂闊だったわ……妻帯者だって、弟も説明してくれたんだけど。鎮火しなかったって。オレより、弟が気の毒なんだ。兄貴目当てに特定の女子から絡まれちゃ、育つものも育たない」
「ははぁ」
松葉杖の連れを気遣い、ゆっくりと歩く。
グラウンドは焼きそばやフランクフルト、まさにクレープと、さまざまな出店で賑わっている。射的や輪投げのブースもあり、かなり本格的だった。
頬を撫でる風は、ひんやりと気持ちがいい。とんでもない話題のはずなのに、妙にほのぼのとした。
各クラスの看板があちこちに飾られ、目を引いた。お化け屋敷、プラネタリウム、演劇部の告知。――Cafe Alice の横文字。どれも、なかなかの力作だ。
「弟さん、今年もその子と同じクラスですか」
「うん」
それは災難でした……と言いそうになり、口をつぐんだ。
本当に、あまり他人事ではない。むしろ今日は成り行きとはいえ、かなり危険区域に踏み込んでしまった。
(律くんのクラス、まさか…………カフェってことはないよね。まさかね)
人生大概、その『まさか』だったりする。
目を覆いたくなるような奇縁に湊が辿り着いてしまうまで、あと数十分だった。
いや、高校の名前を聞かなかった湊も良くはなかった。
『家、教えてくれる? 迎えに行くから』と言われ、それは勘弁してくださいと断ったのが先月。今日は十月も半ば。すっきりとよく晴れた文化祭日和だ。
――紫乃祭。
いつもの校門には立派な毛筆の立て看板が飾られ、楽しげにそこに入って行く人びと。父兄らしきひと、近隣の子ども、他校の学生に……おそらくはOB。
ちらり、と隣の誘いびとを窺う。
「あの、ここ……本当に? 入るんですか」
「入らなきゃ、瀬尾さんに恋人役をお願いした意味がなくなっちゃうな。別にいいけど。普通のデートにする?」
「結構です」
校門前。行き交うひとのなかで立ち止まり、真剣に話し合う篁と湊は、そこそこ目立っていた。篁は、ギプスは取れたがまだ足元が覚束ない。松葉杖を使用している。
意外に渋い藍染めのクレリックシャツにベージュのワークパンツ。スニーカー。
気軽な服装の篁は二十代に見えた。
対する湊も似たり寄ったりで、あまりデート感はない。
いつもの細身のジーンズに、ローゲージの白いVネックニット。Iラインにジルコニアが輝くシンプルなシルバーネックレスを身に付けているが、女性らしい飾りはそれだけだった。
足元はカラシ色のローヒールパンプス。紺と白のマリンカラーを思わせるミニバッグを片手に持っている。
腕を組んで瞑目。しばし熟考。
会うだろうか……いや、会ったところで話しかけられるとも限らない。ここまでの賑わいなのだ。よほどバッタリ遭遇しなければ、とみずからを奮い立たせる。
ぐっ、と決意を滲ませ、挑むように篁を見上げた。
「……わかりました。入りましょう。で、件の女の子の目を覚まさせて、速やかな撤収を提案します」
「? 意気込みはありがたいけどさ。何か用事? さっきからそわそわしてるよね」
「うっ」
鋭い。湊は、篁のことをとやかく言えないな……と、自嘲気味にほほ笑んだ。
「ちょっと。知り合いが」
「ふぅん?」
いかにも『聞いてくれるな』という顔色の彼女をじっと眺めて、に、と口の端を上げる。随分とひとの悪い笑みだった。
「――ま、いいけど。よろしくね『湊』」
「……どうしても、それでいきます?」
「離婚したばっかりなのに、これくらい節操ないほうが諦めてくれると思うんだよね。あんまり行儀よく『瀬尾さん』呼びだと、『まだいける……!』とか思われそうで」
「なるほど」
対処に慣れている。女性にはもてるだろうと、当初の予想を裏切らぬ遊び人っぷりだった。ふと、思い立つ。
「本当の女友達のどなたかに、頼もうとはなさらなかったんですか?」
「無理。勘違いさせる」
「あぁ……」
しばらく、そういうのは凝り凝りなんだ――と邪気なく笑う篁に、何となく肩の力が抜ける。
その点に関しては同意しかないな、と苦笑した。
* *
――弟のクラスメートの女の子が俺に一目惚れしちゃって、と。
あの日、専門学校で告白された。
その子が篁を見初めたのは、奇しくも去年の学祭。年の離れた可愛い弟が売り子を務めるクレープ屋を冷やかしに行ったときだという。
「篁さん、その時はお一人で……?」
「うん。前の奥さんは置いてきてた。迂闊だったわ……妻帯者だって、弟も説明してくれたんだけど。鎮火しなかったって。オレより、弟が気の毒なんだ。兄貴目当てに特定の女子から絡まれちゃ、育つものも育たない」
「ははぁ」
松葉杖の連れを気遣い、ゆっくりと歩く。
グラウンドは焼きそばやフランクフルト、まさにクレープと、さまざまな出店で賑わっている。射的や輪投げのブースもあり、かなり本格的だった。
頬を撫でる風は、ひんやりと気持ちがいい。とんでもない話題のはずなのに、妙にほのぼのとした。
各クラスの看板があちこちに飾られ、目を引いた。お化け屋敷、プラネタリウム、演劇部の告知。――Cafe Alice の横文字。どれも、なかなかの力作だ。
「弟さん、今年もその子と同じクラスですか」
「うん」
それは災難でした……と言いそうになり、口をつぐんだ。
本当に、あまり他人事ではない。むしろ今日は成り行きとはいえ、かなり危険区域に踏み込んでしまった。
(律くんのクラス、まさか…………カフェってことはないよね。まさかね)
人生大概、その『まさか』だったりする。
目を覆いたくなるような奇縁に湊が辿り着いてしまうまで、あと数十分だった。
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