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6話~デート編・中編~
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「……さて、飯も食い終わったし、次はどこへ行く?」
「じゃあ、ファッション物見に行きたいです!」
「うん、私もそれで良いよ」
「はいよ。じゃあ行きますか」
少し遅めの昼食を終え、彼らはファッションショップへ。もちろん、聖夜は常に周囲を警戒している。
「でも、それにしたって警戒し過ぎじゃないですか?」
「いやだって、ここは俺らの地元でもあるから。女子二人を連れているこの状況を知り合いに見られたら、色々と面倒な事になるだろ?」
「あ、そっか……すっかり油断してた」
そう。これを旧友などに見られた場合、弁解するのが凄まじく面倒なのである。ましてや、SNSなんかで拡散された日など……と、聖夜は危惧しているわけだ。
「……噂をすれば何とやら、だな。ちょっとこっちへ」
ふと聖夜が目を向けた方向には、なるほど凛音と聖夜の元クラスメートの姿があった。男女二人ずつの四人組、その内の二人を彼らは知っていた。
「まあ平気だとは思うけど、一応な。正体がバレたりしたらもっと大変だし」
「……そうですね。用心するに越した事はありません」
その後も、知り合いを見掛けてはやり過ごし……を繰り返す。
………しかし、いくらなんでも多過ぎである。やはり休日だからだろうか。
「……はあ、疲れるんだけど」
「そうね……ずっと気を張ってなきゃいけないから、無駄に集中力が削られる……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……着くまでに結構掛かったな」
「多過ぎるのよ、知り合いが……」
十数分後、目的の店に到着した聖夜達三人は軽い疲労を滲ませていた。
しかし着いてしまえば、女子二人のテンションは上がるわけで。
「さあ、いっぱい見ましょう!」
「元気ね……でもまあ、そのつもりだけど。聖夜、ちゃんと付き合ってよ?」
「はいはい。感想役だろ?」
「うん。よろしくね」
そして、彼女達は楽しそうに服を見て回る。その中に良さそうなものがあれば、聖夜の意見を聞くわけだ。
「ねえ、これってどうかな?」
「おっ、結構大人びてる感じ。……うん、着たら相当綺麗になるな」
「えっ……あ、ありがと」
ちなみに、凛音はこのやり取りを好んでいる。こんな歯の浮くような台詞を言って欲しくて、凛音は頻繁に聖夜に尋ねるのだ。
……もっとも、期待通りの答えが返ってくると照れてしまうのだが。彼女にとっては、なんとも幸せなことである。
ちなみに、その光景を見た涼華は軽い嫉妬に駆られていた。
(あんな仲良さ気に……いいなあ)
やはり、幼馴染というポジションは特別なのだろう。心の開き具合が違うというか、お互いが相当気を許しているのがよく分かる。……というより、傍目には付き合っているようにしか見えない。
(……でも、音楽界の後輩っていうポジションは私のものよね)
そう。涼華もまた、聖夜にとって特別な立場にいるのだ。ならば、それを有効活用しなければ。恋は駆け引きだ。
「月夜さん、こんなのはどう思いますか?」
「ん?……おっ、俺の好きな感じだ。ちょっと着たところを見てみたいな」
「そうですか?なら、ちょっと試着室に行ってきます」
「了解。……ほら、凛音も試してきたらどうだ?」
凛音のも見たいし、と聖夜が言うと、凛音はしばし思案。
「んー……あ、じゃあ聖夜もやれば?」
「いや何でだよ。大体、俺がやったって需要無いだろ」
「あ、私見たいです」
「……需要、あったわね」
面倒なことをしたくない聖夜はもちろん断ったが、そんな彼を女子二人が逃がすはずもない。この二人は、彼が女子の押しに弱いことをよく知っているのだ。
案の定というか結局聖夜は逆らえず、彼女達に付き合わされることになった。
「ったく……まあ、新しい服買いたかったし丁度良いか。さーて、どういうコンセプトでコーディネートすっかな……」
「……月夜さん、案外乗り気じゃないですか」
「まあ聖夜って結構お洒落好きだし、スイッチ入っちゃったんじゃないかな」
二人がそう囁いているが、聖夜はそれを聞いているのかも分からない様子で服選びをしている。凛音の想像通り、どうやら完全に気持ちがシフトしてしまっているらしい。
最終的に聖夜は、あまり派手になり過ぎないような、しかし影が薄くなることはない服装を選んだ。値段も割とお手頃な感じだ。彼的に、今回のは結構自信がある。
聖夜が選び終えたタイミングを見計らって、涼華が彼に声を掛ける。聖夜がそちらを向くと、彼女の手の中のものがいつの間にか一つ増えていた。彼女は黒いニーソを抱えていたのだ。
……ちなみに、聖夜はニーソが嫌いではない。いや、むしろ好きである。
しかしそれを表に出さないようにして、聖夜は何気なく涼華に聞く。
「ニーソも合わせるのか?似合いそうだな」
「やっぱりそう思いますよね!……だって、月夜さんはニーソ好きらしいですし」
……全然隠せてなかったようだ。その言葉に、聖夜は軽く慌てる。
「……一応聞くけど、どこ情報?」
「あ、否定しないんですね。……うちのリーダーが言ってたんですよ」
「あー……アイラさんか。そういえば言ったことあるような気が」
油断してたな……と聖夜はため息。凛音がジト目でこちらを見ていたからである。
「知らなかった、聖夜にそんな趣味があったなんて……」
「いや、俺だって健全な男子高校生だからな?そりゃそういうのに目が行ったりするって」
「ふーん……」
聖夜が頑張って弁解を試みるが、凛音の視線は変わらず訝しげなままだ。そして、彼女は畳み掛けるようにして尋ねる。
「……それと、『アイラさん』って誰?」
「あーっと、アイラさんってのは……『レインボーハート』のリーダー、『藍澤加羅』さんのことだよ」
なるほど、と凛音は納得……っていやいや、ちょっと待って。
「……聖夜、その人と遊びに行ったことがあるのね?」
「えっ?ああ、まあ……」
……ああ、やっぱり。
「へえー……あなた、一体何人の女性とデートすれば気が済むわけ?」
「うん、人を節操無しのように言うのはやめてね?」
「だって事実でしょ?」
そう言われてしまうと、聖夜も言葉が返せない。デートしていたつもりは無いが、色々な女性と出掛けているのは紛れもない事実なのだから。
「……全く。それで勘違いした女子が何人居ることやら」
「流石に居ないよ、そんな人。……さて、俺も少し着てくるか」
「あっ、逃げた。……まあ良いや、じゃあ私も試着してこよっと」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
思っていた以上に時間が延び、聖夜は若干疲れた様子で零す。
「ふいー……そんで、それ買うのか?」
「あー、どうしようかな。凄く欲しいんだけど、ちょっとお小遣いが……」
「私もです……」
「ああいや、金なら俺が出すから良いんだけどさ。まあいいや、買いたいなら渡してくれ」
ナチュラルに奢ると言ってのけた聖夜。だが当然、二人は中々了承しない。
「そんなの悪いですよ……確かに欲しいですけど、お金なら引き出してくればありますから」
「聖夜が可愛いって言ってくれた服だし、私だって欲しいけど……流石に買ってもらうのは気が引けちゃうよ」
言葉通り、彼女らは元々奢ってもらうつもりなど無かった。当たり前のように男に奢らせる女性を、彼女らは酷く嫌っているからだ。
しかし、それは聖夜にも分かっている。この答えは予想していた。
「いつもお世話になってるから、感謝の気持ちとして……って事じゃダメか?……もちろん、これだけじゃ全然足りないくらいに世話になってるけど」
そう言われてしまうと彼女達も無下に断れない。その優しさにつけ込んだ、聖夜の少し意地悪な言い方である。
……しかしそれでも、凛音はまだ食い下がる。
「だったら、私達だってお世話になってるんだし……」
「そ、そうですよ!私達も何か……」
「いやいや。俺にとっちゃ、二人とこうして遊びに来れてるってことが最高のプレゼントだよ」
唐突に、しかし回りくどく褒める聖夜。おかげで、凛音と涼華の顔はこの上なく真っ赤に染まってしまった。
「な、何よ急に……」
「いや、思ってたことを言っただけなんだけど」
ちなみに、彼のこの発言に偽りなどは全く無い。……しかし、「なんであんなに格好付けたことを……」と内心で若干悶えてはいる。じゃあやるなよ、と言われてしまえば、まあその通りである。
「……まあ、そういう事です。はい」
「えっと……その、じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな」
「じゃあ……私もお願いします。月夜さんがそんなに感謝してくれてるなんて、とっても嬉しいことですし」
褒め言葉が思いの外よく効いたようだ。……もっとも、恥ずかしい思いをしたのは聖夜もだが。彼は頬を掻きながら、彼女達の分も受け取って会計へ。
その時に会計をしてくれた女性の驚いた顔が、凛音と涼華には印象的だった。まあでも、それも仕方ないのかもしれない。学生が買うには結構高いはずの服類を、聖夜は三人分まとめて払ったのだから。しかもカードで。
「……月夜さん。それ、いくら入ってるんですか?」
大変失礼なことだとは思ったが、好奇心には勝てなかった涼華がそう聞く。すると、聖夜は事も無げに衝撃の答えを口にした。
「これは比較的金額の少ない口座のやつだから……二億ちょっとくらいじゃないかな、多分」
「二億!?」
涼華はひどく驚愕した。明らかに高校生が持っているレベルの金額ではない。しかも、二億で比較的少なめらしい……。
一方の聖夜は、余計な事を言ってしまった……と遅まきながら感じていた。
「うわあ……月夜さんってとんでもないお金持ちだったんですね……」
「……まあ、それなりにな」
「……?」
聖夜にしては珍しく歯切れの悪い返事だ。涼華は不思議に思ったが、しかしそれを質問する前に会計が終わってしまった。
「はいよ。……次、ちょっとイオンに寄ってもいいか?夕飯の材料買っていかないといけないから」
「あっ……ごめんね、何かお世話になっちゃって」
「気にすんなって。そもそも、言い出したのは俺だし」
それよりも、と聖夜は手を叩いて言う。
「夕飯何が食べたいか、リクエストを承るよ。……どんなのが良い?」
「はーいっ、オムライスが食べたいです!……あっ、子供っぽいですかね……?」
「そうでもないだろ。あー、なんか俺も食いたくなってきたな……凛音、それで良いか?」
「うん。私も久しく食べてないし」
「オッケー、じゃあ決まりだな。……といってもそれだけじゃ寂しいから、あと何品か考えとくか」
珍しく張り切っている聖夜。……それもそのはず、彼には他人に夕飯を作るというのが久し振りのことだからだ。家族を失ってからは、彼は基本的に自分のものしか作っていなかったためである。
(さーて、頑張るか……)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「聖夜、こっちの方が安いよ」
「あ、本当だ。でもあまり新鮮じゃないな。うーむ……」
「……あっ、これは?」
「おっ、結構良いじゃん。それにするか」
買い物かごを下げながらそう話す高校生。言うまでもなく、凛音と聖夜である。主婦もかくやという二人の会話に、涼華はついていけない。
「……お二人とも、主婦か何かですか?」
「俺の場合は主夫になるけどな」
「両方がそれじゃ夫婦として成り立たないでしょ……言い得て妙だけど」
「そういう事を言いたいんじゃ無いんですってば……」
分かってるよ、と聖夜は笑う。
「母親を見て学んだんだよ。質の良いものを安く買う術をね」
「私も母さんから教わってるから。安く済ませるに越したことはないわ、ってね」
「……本当に高校生ですか?」
「ははっ、よく言われるよ」
そうだろうな、と涼華は当然のように思う。
「まあ役に立つことだからな。そういうのはどんどん覚えて、将来に役立てた方が良い」
「いわば世渡り術よね」
「ああ、まさにその通りだな」
そんな事も考えるんだな……と、涼華は少し不思議に思った。自分はまだ考えていない。友人達と遊ぶのが楽しい年頃であり、また音楽の事だってあるからだ。世渡り術なんて考えるのは、もう少し大人になってからでも遅くはない。うん、大丈夫。
そう涼華が自己完結していると、凛音が何かを思い出したらしく口を開いた。
「そういえば聖夜、来週うちのクラスに転校生が来るらしいよ。しかも二人」
「二人?……ああ、そういえばうちのクラスって、他のクラスより一人少ないんだっけ。っていうかなんで、凛音はそれを知ってんだ?」
「柊先生から聞いたってだけよ」
「納得した。そんで、どんな人が来るんだ?」
「そこまではちょっと……あっ」
再び何かを思い出したようだ。
「そういえば、どっちも女子だって言ってた。あと柊先生が、『一人は聖夜君が知っているかな』って」
「……俺が知ってる人?」
誰だろう、と聖夜は考えてみるが、生憎と心当たりが無い。同じ中学の奴だとしたら情報が入ってくるだろうし、そもそも顔の広い凛音が知らないはずが無いだろう。美奈子がわざわざ彼の名前を挙げたということは、きっと彼だけが知っている人だ。しかし……。
「……やっべえ、全然分かんない」
「あらら……もしかして、って思ったんだけど」
「うーん……まあ、実際に会ってからのお楽しみってことにしとくか」
美人だと良いなあ……と聖夜は思う。男はいくつになってもこういう事を考えるものだ。
すると、今まで放っとかれていた涼華がぷくっと頬を膨らませた。
「むー……月夜さん、あまり放置しないで下さいよ」
「悪い悪い。ってか、本当にあざといね君は」
「あざとくないですー!」
どこの後輩生徒会長キャラだ、と聖夜は苦笑。ふと凛音を見れば、彼女も同じように苦笑していた。
……そうそう、生徒会長といえば。
「鈴華ちゃん、アイラさん達は変わらず元気か?」
「ええ、本当に変わらず。こないだなんて、私達の文化祭に『Luna』を誘おう!……って言ってましたからね。しかも、生徒会で話しあってた時にですよ」
「はー……流石アイラさん。でもまあ、冗談だろ?」
「……そう思います?」
やれやれとでも言いたげに、しかし若干面白そうに涼華は言った。
「いやいや……まさか」
「そのまさかですよ。リーダーは本気で言ってたんです。……ちなみに、生徒会は満場一致でその意見に賛成してました」
「うあー……マジか」
聖夜が面倒臭そうな顔をするのも無理はない。
彼女が通う高校は、全国有数の芸能学校だ。つまるところ彼女と同じような人達がたくさん居るということであり、もちろん聖夜達より有名な人だって居るだろう。
加えて、彼女の高校は女子校である。そんな所に意気揚々と突撃出来るほど、聖夜は度胸ある人間ではない。
「……やっぱりダメ、ですか?」
しかし、聖夜は女子に、特に年下に弱い。ましてや潤んだ瞳で上目遣いにこう言われてしまえば、到底彼が耐えられるはず無いのである。
「……分かった分かった、降参だ。光栄なことだし、うちのメンバーも説得しとくよ」
「やったあ!………こほん」
声を上げて喜んだ涼華だったが、やはり恥ずかしかったらしい。わざとらしく咳払いをして、素知らぬ顔をしている。
そんな彼女の様子に、聖夜も若干困り顔だ。
「……まあ、うん。そんで、文化祭はいつなんだ?」
「あ、六月です」
それを聞いた聖夜と凛音は少し驚いた。
「六月……かなり早いんだな」
「まあ、うちは芸能学校ですから。他校とは色々と違うんですよ」
「ふーむ……まあ了解。そんじゃ、もう練習始めとかないとヤバイな。正式に決まったらまた連絡くれ」
「了解でーす。というか多分、リーダーから直接連絡行くと思いますけど」
その後も、三人は色々な会話をしながら帰路に着いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
所変わって、ここはY駅。
「じゃあ、私チャリだから。着替えてから聖夜の家に行くね」
「はいよ。別に焦って来なくても良いからな」
電車に乗って一駅、そこで聖夜達と凛音は一旦別れた。ちなみに聖夜も自転車で来ているが、涼華に合わせて自分もバスに乗ることにしたらしい。
「すみません、気を遣わせてしまって……」
「気にしない気にしない。俺から言い始めたことなんだから」
「……ありがとうございます」
優しいですね、と涼華は呟きながら聖夜に寄りかかる。凛音が居ない今の間、涼華は彼に甘え放題だ。好きだというのが気付かれるんじゃないかというくらいである。
「……あの、ここって俺の地元だから、もう少し控えてもらっても……」
「良いじゃないですかー。私が頼れる唯一の男の人なんですから、もう少しくらい」
「これは頼れる云々とは関係ないだろ……」
「でも、嫌じゃないでしょ?」
「……まあ否定はしない」
「素直じゃないですねー、全く」
うりうりと涼華は聖夜を肘で突いてみる。
「これ、知り合いにバレたら面倒だろうな……」
「その時はその時ですよ、月夜さん」
本当にそんな噂が流れたら、それに乗じてそのまま付き合っちゃえ。そんな邪なことを思いながら、涼華は想い人とバスを待つのだった。
「じゃあ、ファッション物見に行きたいです!」
「うん、私もそれで良いよ」
「はいよ。じゃあ行きますか」
少し遅めの昼食を終え、彼らはファッションショップへ。もちろん、聖夜は常に周囲を警戒している。
「でも、それにしたって警戒し過ぎじゃないですか?」
「いやだって、ここは俺らの地元でもあるから。女子二人を連れているこの状況を知り合いに見られたら、色々と面倒な事になるだろ?」
「あ、そっか……すっかり油断してた」
そう。これを旧友などに見られた場合、弁解するのが凄まじく面倒なのである。ましてや、SNSなんかで拡散された日など……と、聖夜は危惧しているわけだ。
「……噂をすれば何とやら、だな。ちょっとこっちへ」
ふと聖夜が目を向けた方向には、なるほど凛音と聖夜の元クラスメートの姿があった。男女二人ずつの四人組、その内の二人を彼らは知っていた。
「まあ平気だとは思うけど、一応な。正体がバレたりしたらもっと大変だし」
「……そうですね。用心するに越した事はありません」
その後も、知り合いを見掛けてはやり過ごし……を繰り返す。
………しかし、いくらなんでも多過ぎである。やはり休日だからだろうか。
「……はあ、疲れるんだけど」
「そうね……ずっと気を張ってなきゃいけないから、無駄に集中力が削られる……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……着くまでに結構掛かったな」
「多過ぎるのよ、知り合いが……」
十数分後、目的の店に到着した聖夜達三人は軽い疲労を滲ませていた。
しかし着いてしまえば、女子二人のテンションは上がるわけで。
「さあ、いっぱい見ましょう!」
「元気ね……でもまあ、そのつもりだけど。聖夜、ちゃんと付き合ってよ?」
「はいはい。感想役だろ?」
「うん。よろしくね」
そして、彼女達は楽しそうに服を見て回る。その中に良さそうなものがあれば、聖夜の意見を聞くわけだ。
「ねえ、これってどうかな?」
「おっ、結構大人びてる感じ。……うん、着たら相当綺麗になるな」
「えっ……あ、ありがと」
ちなみに、凛音はこのやり取りを好んでいる。こんな歯の浮くような台詞を言って欲しくて、凛音は頻繁に聖夜に尋ねるのだ。
……もっとも、期待通りの答えが返ってくると照れてしまうのだが。彼女にとっては、なんとも幸せなことである。
ちなみに、その光景を見た涼華は軽い嫉妬に駆られていた。
(あんな仲良さ気に……いいなあ)
やはり、幼馴染というポジションは特別なのだろう。心の開き具合が違うというか、お互いが相当気を許しているのがよく分かる。……というより、傍目には付き合っているようにしか見えない。
(……でも、音楽界の後輩っていうポジションは私のものよね)
そう。涼華もまた、聖夜にとって特別な立場にいるのだ。ならば、それを有効活用しなければ。恋は駆け引きだ。
「月夜さん、こんなのはどう思いますか?」
「ん?……おっ、俺の好きな感じだ。ちょっと着たところを見てみたいな」
「そうですか?なら、ちょっと試着室に行ってきます」
「了解。……ほら、凛音も試してきたらどうだ?」
凛音のも見たいし、と聖夜が言うと、凛音はしばし思案。
「んー……あ、じゃあ聖夜もやれば?」
「いや何でだよ。大体、俺がやったって需要無いだろ」
「あ、私見たいです」
「……需要、あったわね」
面倒なことをしたくない聖夜はもちろん断ったが、そんな彼を女子二人が逃がすはずもない。この二人は、彼が女子の押しに弱いことをよく知っているのだ。
案の定というか結局聖夜は逆らえず、彼女達に付き合わされることになった。
「ったく……まあ、新しい服買いたかったし丁度良いか。さーて、どういうコンセプトでコーディネートすっかな……」
「……月夜さん、案外乗り気じゃないですか」
「まあ聖夜って結構お洒落好きだし、スイッチ入っちゃったんじゃないかな」
二人がそう囁いているが、聖夜はそれを聞いているのかも分からない様子で服選びをしている。凛音の想像通り、どうやら完全に気持ちがシフトしてしまっているらしい。
最終的に聖夜は、あまり派手になり過ぎないような、しかし影が薄くなることはない服装を選んだ。値段も割とお手頃な感じだ。彼的に、今回のは結構自信がある。
聖夜が選び終えたタイミングを見計らって、涼華が彼に声を掛ける。聖夜がそちらを向くと、彼女の手の中のものがいつの間にか一つ増えていた。彼女は黒いニーソを抱えていたのだ。
……ちなみに、聖夜はニーソが嫌いではない。いや、むしろ好きである。
しかしそれを表に出さないようにして、聖夜は何気なく涼華に聞く。
「ニーソも合わせるのか?似合いそうだな」
「やっぱりそう思いますよね!……だって、月夜さんはニーソ好きらしいですし」
……全然隠せてなかったようだ。その言葉に、聖夜は軽く慌てる。
「……一応聞くけど、どこ情報?」
「あ、否定しないんですね。……うちのリーダーが言ってたんですよ」
「あー……アイラさんか。そういえば言ったことあるような気が」
油断してたな……と聖夜はため息。凛音がジト目でこちらを見ていたからである。
「知らなかった、聖夜にそんな趣味があったなんて……」
「いや、俺だって健全な男子高校生だからな?そりゃそういうのに目が行ったりするって」
「ふーん……」
聖夜が頑張って弁解を試みるが、凛音の視線は変わらず訝しげなままだ。そして、彼女は畳み掛けるようにして尋ねる。
「……それと、『アイラさん』って誰?」
「あーっと、アイラさんってのは……『レインボーハート』のリーダー、『藍澤加羅』さんのことだよ」
なるほど、と凛音は納得……っていやいや、ちょっと待って。
「……聖夜、その人と遊びに行ったことがあるのね?」
「えっ?ああ、まあ……」
……ああ、やっぱり。
「へえー……あなた、一体何人の女性とデートすれば気が済むわけ?」
「うん、人を節操無しのように言うのはやめてね?」
「だって事実でしょ?」
そう言われてしまうと、聖夜も言葉が返せない。デートしていたつもりは無いが、色々な女性と出掛けているのは紛れもない事実なのだから。
「……全く。それで勘違いした女子が何人居ることやら」
「流石に居ないよ、そんな人。……さて、俺も少し着てくるか」
「あっ、逃げた。……まあ良いや、じゃあ私も試着してこよっと」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
思っていた以上に時間が延び、聖夜は若干疲れた様子で零す。
「ふいー……そんで、それ買うのか?」
「あー、どうしようかな。凄く欲しいんだけど、ちょっとお小遣いが……」
「私もです……」
「ああいや、金なら俺が出すから良いんだけどさ。まあいいや、買いたいなら渡してくれ」
ナチュラルに奢ると言ってのけた聖夜。だが当然、二人は中々了承しない。
「そんなの悪いですよ……確かに欲しいですけど、お金なら引き出してくればありますから」
「聖夜が可愛いって言ってくれた服だし、私だって欲しいけど……流石に買ってもらうのは気が引けちゃうよ」
言葉通り、彼女らは元々奢ってもらうつもりなど無かった。当たり前のように男に奢らせる女性を、彼女らは酷く嫌っているからだ。
しかし、それは聖夜にも分かっている。この答えは予想していた。
「いつもお世話になってるから、感謝の気持ちとして……って事じゃダメか?……もちろん、これだけじゃ全然足りないくらいに世話になってるけど」
そう言われてしまうと彼女達も無下に断れない。その優しさにつけ込んだ、聖夜の少し意地悪な言い方である。
……しかしそれでも、凛音はまだ食い下がる。
「だったら、私達だってお世話になってるんだし……」
「そ、そうですよ!私達も何か……」
「いやいや。俺にとっちゃ、二人とこうして遊びに来れてるってことが最高のプレゼントだよ」
唐突に、しかし回りくどく褒める聖夜。おかげで、凛音と涼華の顔はこの上なく真っ赤に染まってしまった。
「な、何よ急に……」
「いや、思ってたことを言っただけなんだけど」
ちなみに、彼のこの発言に偽りなどは全く無い。……しかし、「なんであんなに格好付けたことを……」と内心で若干悶えてはいる。じゃあやるなよ、と言われてしまえば、まあその通りである。
「……まあ、そういう事です。はい」
「えっと……その、じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな」
「じゃあ……私もお願いします。月夜さんがそんなに感謝してくれてるなんて、とっても嬉しいことですし」
褒め言葉が思いの外よく効いたようだ。……もっとも、恥ずかしい思いをしたのは聖夜もだが。彼は頬を掻きながら、彼女達の分も受け取って会計へ。
その時に会計をしてくれた女性の驚いた顔が、凛音と涼華には印象的だった。まあでも、それも仕方ないのかもしれない。学生が買うには結構高いはずの服類を、聖夜は三人分まとめて払ったのだから。しかもカードで。
「……月夜さん。それ、いくら入ってるんですか?」
大変失礼なことだとは思ったが、好奇心には勝てなかった涼華がそう聞く。すると、聖夜は事も無げに衝撃の答えを口にした。
「これは比較的金額の少ない口座のやつだから……二億ちょっとくらいじゃないかな、多分」
「二億!?」
涼華はひどく驚愕した。明らかに高校生が持っているレベルの金額ではない。しかも、二億で比較的少なめらしい……。
一方の聖夜は、余計な事を言ってしまった……と遅まきながら感じていた。
「うわあ……月夜さんってとんでもないお金持ちだったんですね……」
「……まあ、それなりにな」
「……?」
聖夜にしては珍しく歯切れの悪い返事だ。涼華は不思議に思ったが、しかしそれを質問する前に会計が終わってしまった。
「はいよ。……次、ちょっとイオンに寄ってもいいか?夕飯の材料買っていかないといけないから」
「あっ……ごめんね、何かお世話になっちゃって」
「気にすんなって。そもそも、言い出したのは俺だし」
それよりも、と聖夜は手を叩いて言う。
「夕飯何が食べたいか、リクエストを承るよ。……どんなのが良い?」
「はーいっ、オムライスが食べたいです!……あっ、子供っぽいですかね……?」
「そうでもないだろ。あー、なんか俺も食いたくなってきたな……凛音、それで良いか?」
「うん。私も久しく食べてないし」
「オッケー、じゃあ決まりだな。……といってもそれだけじゃ寂しいから、あと何品か考えとくか」
珍しく張り切っている聖夜。……それもそのはず、彼には他人に夕飯を作るというのが久し振りのことだからだ。家族を失ってからは、彼は基本的に自分のものしか作っていなかったためである。
(さーて、頑張るか……)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「聖夜、こっちの方が安いよ」
「あ、本当だ。でもあまり新鮮じゃないな。うーむ……」
「……あっ、これは?」
「おっ、結構良いじゃん。それにするか」
買い物かごを下げながらそう話す高校生。言うまでもなく、凛音と聖夜である。主婦もかくやという二人の会話に、涼華はついていけない。
「……お二人とも、主婦か何かですか?」
「俺の場合は主夫になるけどな」
「両方がそれじゃ夫婦として成り立たないでしょ……言い得て妙だけど」
「そういう事を言いたいんじゃ無いんですってば……」
分かってるよ、と聖夜は笑う。
「母親を見て学んだんだよ。質の良いものを安く買う術をね」
「私も母さんから教わってるから。安く済ませるに越したことはないわ、ってね」
「……本当に高校生ですか?」
「ははっ、よく言われるよ」
そうだろうな、と涼華は当然のように思う。
「まあ役に立つことだからな。そういうのはどんどん覚えて、将来に役立てた方が良い」
「いわば世渡り術よね」
「ああ、まさにその通りだな」
そんな事も考えるんだな……と、涼華は少し不思議に思った。自分はまだ考えていない。友人達と遊ぶのが楽しい年頃であり、また音楽の事だってあるからだ。世渡り術なんて考えるのは、もう少し大人になってからでも遅くはない。うん、大丈夫。
そう涼華が自己完結していると、凛音が何かを思い出したらしく口を開いた。
「そういえば聖夜、来週うちのクラスに転校生が来るらしいよ。しかも二人」
「二人?……ああ、そういえばうちのクラスって、他のクラスより一人少ないんだっけ。っていうかなんで、凛音はそれを知ってんだ?」
「柊先生から聞いたってだけよ」
「納得した。そんで、どんな人が来るんだ?」
「そこまではちょっと……あっ」
再び何かを思い出したようだ。
「そういえば、どっちも女子だって言ってた。あと柊先生が、『一人は聖夜君が知っているかな』って」
「……俺が知ってる人?」
誰だろう、と聖夜は考えてみるが、生憎と心当たりが無い。同じ中学の奴だとしたら情報が入ってくるだろうし、そもそも顔の広い凛音が知らないはずが無いだろう。美奈子がわざわざ彼の名前を挙げたということは、きっと彼だけが知っている人だ。しかし……。
「……やっべえ、全然分かんない」
「あらら……もしかして、って思ったんだけど」
「うーん……まあ、実際に会ってからのお楽しみってことにしとくか」
美人だと良いなあ……と聖夜は思う。男はいくつになってもこういう事を考えるものだ。
すると、今まで放っとかれていた涼華がぷくっと頬を膨らませた。
「むー……月夜さん、あまり放置しないで下さいよ」
「悪い悪い。ってか、本当にあざといね君は」
「あざとくないですー!」
どこの後輩生徒会長キャラだ、と聖夜は苦笑。ふと凛音を見れば、彼女も同じように苦笑していた。
……そうそう、生徒会長といえば。
「鈴華ちゃん、アイラさん達は変わらず元気か?」
「ええ、本当に変わらず。こないだなんて、私達の文化祭に『Luna』を誘おう!……って言ってましたからね。しかも、生徒会で話しあってた時にですよ」
「はー……流石アイラさん。でもまあ、冗談だろ?」
「……そう思います?」
やれやれとでも言いたげに、しかし若干面白そうに涼華は言った。
「いやいや……まさか」
「そのまさかですよ。リーダーは本気で言ってたんです。……ちなみに、生徒会は満場一致でその意見に賛成してました」
「うあー……マジか」
聖夜が面倒臭そうな顔をするのも無理はない。
彼女が通う高校は、全国有数の芸能学校だ。つまるところ彼女と同じような人達がたくさん居るということであり、もちろん聖夜達より有名な人だって居るだろう。
加えて、彼女の高校は女子校である。そんな所に意気揚々と突撃出来るほど、聖夜は度胸ある人間ではない。
「……やっぱりダメ、ですか?」
しかし、聖夜は女子に、特に年下に弱い。ましてや潤んだ瞳で上目遣いにこう言われてしまえば、到底彼が耐えられるはず無いのである。
「……分かった分かった、降参だ。光栄なことだし、うちのメンバーも説得しとくよ」
「やったあ!………こほん」
声を上げて喜んだ涼華だったが、やはり恥ずかしかったらしい。わざとらしく咳払いをして、素知らぬ顔をしている。
そんな彼女の様子に、聖夜も若干困り顔だ。
「……まあ、うん。そんで、文化祭はいつなんだ?」
「あ、六月です」
それを聞いた聖夜と凛音は少し驚いた。
「六月……かなり早いんだな」
「まあ、うちは芸能学校ですから。他校とは色々と違うんですよ」
「ふーむ……まあ了解。そんじゃ、もう練習始めとかないとヤバイな。正式に決まったらまた連絡くれ」
「了解でーす。というか多分、リーダーから直接連絡行くと思いますけど」
その後も、三人は色々な会話をしながら帰路に着いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
所変わって、ここはY駅。
「じゃあ、私チャリだから。着替えてから聖夜の家に行くね」
「はいよ。別に焦って来なくても良いからな」
電車に乗って一駅、そこで聖夜達と凛音は一旦別れた。ちなみに聖夜も自転車で来ているが、涼華に合わせて自分もバスに乗ることにしたらしい。
「すみません、気を遣わせてしまって……」
「気にしない気にしない。俺から言い始めたことなんだから」
「……ありがとうございます」
優しいですね、と涼華は呟きながら聖夜に寄りかかる。凛音が居ない今の間、涼華は彼に甘え放題だ。好きだというのが気付かれるんじゃないかというくらいである。
「……あの、ここって俺の地元だから、もう少し控えてもらっても……」
「良いじゃないですかー。私が頼れる唯一の男の人なんですから、もう少しくらい」
「これは頼れる云々とは関係ないだろ……」
「でも、嫌じゃないでしょ?」
「……まあ否定はしない」
「素直じゃないですねー、全く」
うりうりと涼華は聖夜を肘で突いてみる。
「これ、知り合いにバレたら面倒だろうな……」
「その時はその時ですよ、月夜さん」
本当にそんな噂が流れたら、それに乗じてそのまま付き合っちゃえ。そんな邪なことを思いながら、涼華は想い人とバスを待つのだった。
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