僕らと異世界

山田めろう

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第二章 異人であること

異人

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 ――これより数日間は、諸君らにとって退屈なものになるかもしれぬ。
 僕の脳裏に、ふとクロム王のそんな言葉が蘇った。
 今、僕とクラスメイト達は学校でもないのに、机と椅子に座って話を聞いている。
 違う点があるとすれば、筆記用具とノートがないくらい。それでも大きな差かもしれないが、所々で眠気が襲ってくるあたり、油断ならないのである。

「このように、我々人類は四百年という歳月の中で、徐々に追い込まれていった。その過程で、記録上では二十六の国家が滅び、全体での人口は約三分の二に減少したとされている。滅亡した国家に対し人口の減少率が軽度な点は、犠牲となったほとんどが兵士だからである。民や王族の一部は亡命あるいは避難民となり、まだ戦火にさらされていない地へと逃げ延びた」

 僕たちの視線の先には、クロム王から教育係を任されたという一人の男性が、淡々と今までの歴史を要約して話していた。

「だが、ついには既存の兵力では防衛さえままならなくなり、各国は大規模な徴兵令を発令。やがては男手も底を尽く国家が出始め、人類はいよいよ滅びの足音を間近に感じるわけだ。・・・・・・もうここまで説明すれば分かると思うが、この勢いは衰えることなく今へと至る。事実上の最終決戦で全英雄戦力を失った人類は、この世界での希望を全て失ったのだ」

 ――だがそれさえ、もう三十年以上前の出来事だという。
 全英雄戦力というのは、最初にこの世界に召喚された異人達と、元々この世界で一騎当千の力を持つとされた英雄・勇者達の混成戦力のことらしい。
 つまり、人類における切り札。唯一の希望だった人達だ。
 けれども、彼らは人類の未来を背負って旅立ち、二度と戻って来ることはなかった。

「その後、行使には王都の許可が必要だった召喚の秘術は解放され、自由に異人を召喚できる環境が整った、というわけだ。もっとも、だからといって召喚が必ず成功するわけではないことはつけ加えておく。そういった経緯があり、この数十年の間に世界中で此度と同じ秘術が執り行われたことだろう。ゆえに、そのおかげで我々は君たちとの差異を明確にすることができ、その不安を第一に考える体勢を敷くことができたということになる。・・・・・・皮肉なものだな」

 魔族との戦争に勝つには、召喚の秘術で異人を呼び寄せるしか方法がなくなった。英雄戦力でさえ敵わなかった相手を凌駕するには、既存の兵力ではあまりに絶望的だったのだろう。
 なりふり構っていられなくなったこの世界の人類は、次々と異人達を呼び寄せ、その時の反応や不安、不満、価値観などを聞いて学んでいくことで、ネグロフではここまで大きな混乱がないままに済んでいるということか。

「さて、君たちがこの世界に召喚されるに至った歴史、というのは以上の通りだ。しかしながら、まだ私の話は終わらない。むしろ、君らにとってはここからが重要だろう」

 おそらく、僕を含め数人の眠気と格闘する姿が目に映ったのかもしれない。
 この内容は退屈させない、と自信ありげにその男性は続けた。

「説明もなく呼ばれているが、大多数は気づいているだろう。君たちのような召喚された人間を、我々は『異人』と呼んでいる。異なる人と書いて、異人だ。これは、たんに生まれた世界を別とする意味だけではなく、君たちがこの世界の者とは、明確に異なる部分を持つことを表す」

 世界とは、それぞれが常に共通しているわけではなく、多くは独立しており、更に固有の環境や概念、理を持っているのだとか。
 あくまで学者や魔術師達の推論だがね、との前置きで語られるそれは、僕からすれば完全に「ちょっと何言ってるかわからない」状態である。

「君たちは、この世界では特殊な存在なのだ。ただ、召喚され、そこにいる。だが、本来はここに存在することを許されなかった存在でもある。言わば、君たち一人一人がこの世界における異分子に近い。世界そのものから拒絶されるわけではないが、完全に受け入れられているわけでもない。この世界における『摂理』から外れることで、この世界は君らの存在を許容していると考えられている」
「・・・・・・・・・・・・」
「っと、すまん。少し学術的な話になってしまった。私の悪い癖だ」

 確かに眠気は吹っ飛んだけど、僕らのぽかーんとした様子はきちんと伝わったらしい。
 ばつが悪そうに男性は頭をかくと、仕切り直したように再会する。

「これは、実際に体感するのが一番早い。君たち、ステータスあるいは自分の状態を確認するよう、意識してみてくれ。これは、口に出してもいいし、念じるだけでもいい。とにかく、自分自身の状態を把握したい意思表示をするんだ」

 やってみてくれ、と男性。
 ・・・・・・すごく、胡散臭い。正直、ステータスって聞くとゲームの世界まんまじゃないか、と思ってしまう。
 しかし、基本、この世界の人達は大真面目で言ってきている気がするので、渋々僕は言われたとおりにやってみることにした。

「・・・・・・うおっ」
「え、なにこれ」

 どこからが呟きのように漏れる声を聞きながら、僕は心中で「ステータス」と念じてみる。

「・・・・・・へ?」

 周囲より更に間抜けな声が、僕の口からこぼれ出た。
 そこには、確かに・・・・・・今の僕の状態らしき情報が、脳に殺到してきたからだ。
 想像以上に情報量が多くて、こっちがびっくりしてしまうくらいだけど・・・・・・少なくとも、嘘ではないらしい。

「君らの先輩にあたる異人達の意見では、慣れれば必要な情報だけを抜き取ることも可能だそうだ。まぁ、これで分かったと思うが、我々は君たちのように自分の状態を情報化して把握する、といった芸当はできない。これは、別の世界から来た君たちが持つ固有の特徴の一つ、というわけだ」

 生命力、精神力、現在の体調・・・・・・あとは、筋力や知力、素早さ・・・・・・えーっと、物理攻撃力に物理防御力・・・・・・習得魔法、習得特技・・・・・・。
 まるっきり・・・・・・これ、ゲームの世界、だよね?
 唯一違いがあるとすれば、あくまで情報であって、目の前に画面が表示されたりというわけではない、という点か。

「この自分の状態を把握する術については、各々が慣れていってくれ。そうすれば、今のように情報過多で、君たちが傍から見ると目の焦点が合ってない放心状態に見える、といった珍事もなくなることだろう」

 結局、僕たち全員が元の状態に戻るまで、しばらくの時間を要した。
 うぅ、ちょっぴり気持ち悪い。
 頭がくらくらするというか、完全に脳の許容量を超えた情報に疲弊しきっている感がある。
 でも、そうか。ゲームの世界で当たり前にある、ステータス表示が自分の身に起こると、こんな感覚なのかもしれないね。

「さて、そろそろ大丈夫だろう。続いてだが、この話はそう複雑な内容ではないから、安心したまえ。要点だけ述べれば、君たちは物事の習得速度において、我々を遙かに超える」

 そう言うと、僕の中では完全に先生という位置づけで落ち着いてきたその男性が、壁に掛けてある黒板に白墨(チョーク)で何やら書き始める。

「これを見たまえ。剣の扱いを習得する際、我々が五年という時間を必要するとしよう。だが、君たちはこれを一ヶ月で習得する。早い話が、そういうことだ」

 ・・・・・・確かに、この話は凄くシンプルだった。
 けど、いまいち頭に入ってこないのは、その理屈がさっぱり分からないからだと思う。
 現実問題、僕は今の話を聞いて、「なるほどね、やったぜ!」よりも「え・・・・・・なんで?」という疑問の方が大きかった。
 だが、さすが先生(僕が勝手にそう思ってるだけだけど)、すかさずフォローを入れてくる。

「重要なのは、君たちは我々よりも遙かに早く、達人の域に到達する可能性を秘めているということだ。これが、異人を人類の希望たらしめる最大の要因だろう。・・・・・・あと、先の自己把握もそうだが、理屈に関しては考えぬことだ。言ってしまえば、君たちがこの世界に来た『技術的な理論』さえ、我々は持ち合わせていない。私としては不本意なのだが、現状では君たちの特徴を含め、我々に子細の解明は不可能である」

 先生は不承不承といった風に語る。
 僕たちをこの世界に呼び寄せた召喚の秘術は、あくまで発動させるための手段しか分かっていないのだとか。
 先生に言わせれば、行使しているというよりも、ただ神秘を呼び起こしているだけに過ぎないという。
 どんな問題が発生するのか、その際の対処法はどうするのか、そういったことは一切度外視した上で使われている。

「これでも、私はこの国で魔法学の指導に携わる立場だ。・・・・・・実に恐ろしいことだよ。理論上は、『必ず人が召喚される』という保証さえないのだからな」

 それを聞いて、僕たちに寄せられる期待の大きさが、なんとなく分かったような気がした。
 そんなにも大きなリスクを背負ってまで召喚の秘術とやらを使ったわけで、例え高校生でもうまく人間が召喚されたのだから、それは大成功と言っていいのかもしれない。

「しかし、だ。これは我々の問題であり、君たちが直接責任を負うことでもないし、気にする必要もない。もし君たちの中で、魔術師としての素養を持ち、私と同じ道を歩むのであれば、その時共にこの問題へ挑んでくれれば心強い」

 そこで、先生は「一旦休憩にしよう」と締めくくった。
 それと同時に、僕たちが座学に唸っていた一室へ、大勢の足音が入って来た。
 振り返ると、そこには何人ものメイドさんの姿があり、彼女たちは自分が専属する者のもとへ迷わず歩いていく。
 となれば・・・・・・。

「お疲れ様です、ユウスケ様」
「あ、ターナ」

 当然、僕のところにも来るわけで。
 その手には結構な大きさの籠があり、中には茶具の類いやタオルがはいっているようだった。

「喉は渇いておられませんか?」
「あ、うん。じゃあ、お願いしてもいいかな」
「はい、承知致しました」

 一人一人の間隔がやけに広いな、とは思ってたけど、こういうことかぁ。
 飲み物を用意してもらっている少しの間、僕はなんとなく周囲に視線を配る。
 やっぱりというか、男子の大半は専属のメイドさんにデレデレしている感じだ。まぁ、それは無理もないとは思うけど。
 中にはそうでない人もいるけど、少数派だ。

「ユウスケ様、お待たせ致しました」
「ありがとう、ターナ」
「とんでもないことでございます。身に余るお言葉です」
「・・・・・・う、うん」

 なんだろう。二人きりの時より、更に丁寧というか・・・・・・まるで王様みたいな扱いに感じる。
 正直、僕としてはあまり心地よくはないのだけど、確かに他の人の目もあるし、仕方ないのかもしれない。

(仕事、だもんね)

 淹れてもらった紅茶を飲みながら、僕は次の授業――じゃなかった、話に集中するため、疲労困憊な脳を休めるのだった。
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