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約束したよね
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友恵は母の吉乃に揺り起こされて目を覚ました。
「死んだみたいに眠ってたわよ」
「すごく長い夢を見てたの」
「朝ごはん出来てるわよ」
「うん、すぐ行く」
吉乃は友恵の部屋を出ていこうとした。
「ねえ、ママ」
友恵は母親を呼び止めた。
「なあに」
「昔パパと久しぶりに会ったとき、カッコよかった?」
「やあね、何なの急に」
母は目を丸くした。
「そうねえ……中学校の頃はもっと素敵だった気がするんだけど、久々に会ったら何だかしょぼくれていたわね」
「ああ、やっぱりね」
しかしこの発言からすると中学の時はモテていたというは、もしかすると本当なのかもしれない。
「でも」
友恵は首を傾げた。
「夢があるって言ってたわ。それが何なのかはその時教えてくれなかったけど、目だけは燃えていた気がするわ。そこがよかったかな」
「そっか」
健介はその後秋田に戻り、農業施設に勤めた。働きながらコツコツ小説を書き、ついにデビューに至った。
製本された小説を持参して、吉乃にプロポーズしたらしい。
執筆活動のことは家族にも地元の友人にも恋人にも話していなかったようで、誰もが度肝を抜かれたという話だ。
大学時代の入学年がバラバラな留年仲間には話していたというが、当時疎遠になっていた彼らも祝福してくれ、わざわざ秋田に集まってくれたという。その仲間たちは何故かクリエイター気質の者が多く一人は音楽プロデュ―サーで一人は役者になった。その人たちは友恵も知っている。
「さ、早く支度なさい」
「うん」
ダイニングに向かうと父があちこちを引っ掻きまわしていた。ご祝儀に用意しておいた十万円が無くなっていると言う。友恵は花嫁の前でそういう話をするのはやめてほしいと思った。
父の運転する白色のフォルクスワーゲンで市役所に向かった。父は酒を飲まない甘党だ。今日も運転手を買って出た。
なんだか久しぶりに会った気がする彼は前よりもっとまぶしく見えた。彼はまっとうに大学に通ってまっとうに就職活動してまっとうに働いているサラリーマンだ。どこかの男とは大違いである。
共通の友人たちの立ち合いのもと、二人で婚姻届けを提出し問題なく受理された。
式場に移動し、控室でメイクをしてもらう。両親のいいところを受け継いで整った顔がさらに美しく生まれ変わる。
メイクが完了すると純白のドレスをまとった。
親族や親しい友人にフライイングでお披露目した。
「素敵、きれい」
などと口々に称える。
写真撮影に応えているうちに、挙式の時間がやってきた。
招待客が移動し、新郎が入場していった。拍手を浴びているのが聞こえてきた。
そして友恵が入場する番だ。扉の前で父が待っている。
友恵は父の腕に自らの腕を絡めた。
「ねえ、パパ」
「なんだい」
「毎日書くって約束したよね」
「ぎくっ」
友恵は笑った。マンガみたいな反応は今も昔も変わらない。
「デビューまでの近道だっていう話だったし、デビューしたし」
などとブツブツ呟いている。
「おい、誰にも言うなよ。東京時代は俺の黒歴史だ」
「わたしが生まれる前のことなんてわたしにわかりっこないじゃない。おほほ」
「そ、そうだよな」
健介は胸を撫でおろした。
しかし、父の言いつけを友恵は守りそうにない。次の小説のタイトルをもう決めていた。
そのタイトルとは「愛しのタイムトラベルガール」だ。
「死んだみたいに眠ってたわよ」
「すごく長い夢を見てたの」
「朝ごはん出来てるわよ」
「うん、すぐ行く」
吉乃は友恵の部屋を出ていこうとした。
「ねえ、ママ」
友恵は母親を呼び止めた。
「なあに」
「昔パパと久しぶりに会ったとき、カッコよかった?」
「やあね、何なの急に」
母は目を丸くした。
「そうねえ……中学校の頃はもっと素敵だった気がするんだけど、久々に会ったら何だかしょぼくれていたわね」
「ああ、やっぱりね」
しかしこの発言からすると中学の時はモテていたというは、もしかすると本当なのかもしれない。
「でも」
友恵は首を傾げた。
「夢があるって言ってたわ。それが何なのかはその時教えてくれなかったけど、目だけは燃えていた気がするわ。そこがよかったかな」
「そっか」
健介はその後秋田に戻り、農業施設に勤めた。働きながらコツコツ小説を書き、ついにデビューに至った。
製本された小説を持参して、吉乃にプロポーズしたらしい。
執筆活動のことは家族にも地元の友人にも恋人にも話していなかったようで、誰もが度肝を抜かれたという話だ。
大学時代の入学年がバラバラな留年仲間には話していたというが、当時疎遠になっていた彼らも祝福してくれ、わざわざ秋田に集まってくれたという。その仲間たちは何故かクリエイター気質の者が多く一人は音楽プロデュ―サーで一人は役者になった。その人たちは友恵も知っている。
「さ、早く支度なさい」
「うん」
ダイニングに向かうと父があちこちを引っ掻きまわしていた。ご祝儀に用意しておいた十万円が無くなっていると言う。友恵は花嫁の前でそういう話をするのはやめてほしいと思った。
父の運転する白色のフォルクスワーゲンで市役所に向かった。父は酒を飲まない甘党だ。今日も運転手を買って出た。
なんだか久しぶりに会った気がする彼は前よりもっとまぶしく見えた。彼はまっとうに大学に通ってまっとうに就職活動してまっとうに働いているサラリーマンだ。どこかの男とは大違いである。
共通の友人たちの立ち合いのもと、二人で婚姻届けを提出し問題なく受理された。
式場に移動し、控室でメイクをしてもらう。両親のいいところを受け継いで整った顔がさらに美しく生まれ変わる。
メイクが完了すると純白のドレスをまとった。
親族や親しい友人にフライイングでお披露目した。
「素敵、きれい」
などと口々に称える。
写真撮影に応えているうちに、挙式の時間がやってきた。
招待客が移動し、新郎が入場していった。拍手を浴びているのが聞こえてきた。
そして友恵が入場する番だ。扉の前で父が待っている。
友恵は父の腕に自らの腕を絡めた。
「ねえ、パパ」
「なんだい」
「毎日書くって約束したよね」
「ぎくっ」
友恵は笑った。マンガみたいな反応は今も昔も変わらない。
「デビューまでの近道だっていう話だったし、デビューしたし」
などとブツブツ呟いている。
「おい、誰にも言うなよ。東京時代は俺の黒歴史だ」
「わたしが生まれる前のことなんてわたしにわかりっこないじゃない。おほほ」
「そ、そうだよな」
健介は胸を撫でおろした。
しかし、父の言いつけを友恵は守りそうにない。次の小説のタイトルをもう決めていた。
そのタイトルとは「愛しのタイムトラベルガール」だ。
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