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本当に書きたいもの
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例によって健介はトモエに起こされるより早く目を覚まし、パソコンの前に座っていた。
そして一文字もタイプせずに人差し指を口に当てていた。ただし、何かを考えているようで具体的な思考は一つもしていない。
ただ何かもやもやした感情と向き合っていた。
「またなの?」
見かねたトモエが声をかけてきた。
「またと言えばまたなんだけど」
書き始めようとして手が進まないのはこれまでと変わっていない。
「何よ、煮え切らないのね」
「もっと認められたいんだ」
それが健介の気持ちだった。トモエが現れてから書いた三作とも小説投稿サイトに登録しているが、そのどれも読者に受け入れられているとは言い難かった。
人気のバロメーターである「お気に入り」への登録件数が未だなし。お気に入りとは別の評価ポイントも未だなしという有様だった。
まだ書き始めたばかりだし、200ページ越えの長編を書いたわけでもない。まだまだこれからだと割り切ることもできる。
だけど苦労して書き上げた小説が端にも棒にもかからない電子のゴミと化しているのは凹んだ。
「いいじゃない、焦らなくて。そのうちファンもつくわよ。そうしたら再評価もされるんじゃない?」
「そうだよな」
健介は気を取り直して公募情報からヒントをもらおうと検索をかけた。
聞いたことのあるような賞から初めて目にするような賞、様々なものが目に入った。
しかし目には入っているのだが、頭の中でうまく処理できず、ぼんやりと画面を眺めるばかりだった。
「わかった。やめにしましょう」
「は?」
これに健介は心底驚いた。口を酸っぱくして「とにかく書け」と言ってきたトモエがこうもあっさりと休みを認めるとは思いもしなかった。
「その代わり、散歩に行こ」
いつもの調子で有無を言わさず外に引っ張り出された。
「寒い、帰りたい」
アパートを出て10歩で健介がこぼした。
「わたしもよ。寒いのはみんな一緒」
トモエはぶかぶかのダウンジャンパーを着ている。もとは健介のものだ。
「それに寒いほうが頭が冷やされてスッキリしていいんじゃない?」
10分ほど歩いて川べりに出た。トモエが疲れたと言い出してベンチで休憩することにした。そのくせ座ったと思ったら立ち上がってどこかに消えていった。勝手な奴だと健介は思った。
健介は流れる川を見た。完璧に護岸されていて石も転がっていなければ水草も生えていない、ただ水を海に運ぶためだけの川。
「死の川だ」
健介は呟いた。
「詩人かな?」
トモエが戻ってきていた。缶コーヒーを二つ持っていた。片方を健介によこした。温かかった。
「わたしも歩きながら考えてみたんだけど」
「うん」
コーヒーに口をつけた。健介好みの甘口だ。
「認められたいのよりも、ホントに書きたいものを書いてないんじゃない?」
「俺もそう思った。昔ほど野球は好きじゃないし、怖いのは苦手だ」
目の前の川を見ていて思い出した。
健介は秋田の田舎で育った。小学生の頃は用水路や田んぼに住まう小動物を捕まえて遊ぶのが好きだった。中学生になると釣りをするようになった。
そんな中出会ったのが上橋菜穂子先生の「獣の奏者」だ。健介個人の解釈が入っている可能性があるが、人間社会による動物の利用を描いたファンタジー小説である。
この小説の影響もあって健介は大学の生物学系の学部に進学した。
これが間違いだった。
健介が学生時代に扱ったのはフラスコにビーカーに白い粉や無色の液体ばかり。そうでなければパソコンの表計算ソフトとにらめっこだ。つまらなくなってだんだん大学から足が遠のいた。
だいたい上橋菜穂子先生は人文学者である。
健介が本当に書きたいものはファンタジー小説だ。それも人と生き物の関係を軸とした。だからこそ最初の「異世界コップ」でファンタジーを書こうと思ったのだ。
「見つかった?」
「うん」
「じゃ帰りましょ」
「うん」
二人はベンチから立ち上がって家路についた。途中コンビニで朝飯を買った。
アパートに帰ってからもトモエは書けとは言わなかった。
健介は次の小説の構想をノートにまとめた。
島国に住む一人の男。
漁師として生計を立てながら海竜種と呼ばれる肉食獣を手なずけることに成功する。
そんな中はるか昔海中に進出した人類が再び陸に戻ろうと国に攻め寄せる。
国の大将軍は敵の大将を叩くための主力として男に目を付ける。
男は心を通わせた竜を兵器として利用することに葛藤する。
ここまで書いて苦笑した。「獣の奏者」だいぶ寄ってしまっている。このまま書いたらパクリと言われるのもやむなしといったところだ。
健介はノートを閉じた。
アルバイトに行く時間だ。
支度を始めた健介を見てトモエは「何かニヤニヤしてて気持ち悪」と言った。
そして一文字もタイプせずに人差し指を口に当てていた。ただし、何かを考えているようで具体的な思考は一つもしていない。
ただ何かもやもやした感情と向き合っていた。
「またなの?」
見かねたトモエが声をかけてきた。
「またと言えばまたなんだけど」
書き始めようとして手が進まないのはこれまでと変わっていない。
「何よ、煮え切らないのね」
「もっと認められたいんだ」
それが健介の気持ちだった。トモエが現れてから書いた三作とも小説投稿サイトに登録しているが、そのどれも読者に受け入れられているとは言い難かった。
人気のバロメーターである「お気に入り」への登録件数が未だなし。お気に入りとは別の評価ポイントも未だなしという有様だった。
まだ書き始めたばかりだし、200ページ越えの長編を書いたわけでもない。まだまだこれからだと割り切ることもできる。
だけど苦労して書き上げた小説が端にも棒にもかからない電子のゴミと化しているのは凹んだ。
「いいじゃない、焦らなくて。そのうちファンもつくわよ。そうしたら再評価もされるんじゃない?」
「そうだよな」
健介は気を取り直して公募情報からヒントをもらおうと検索をかけた。
聞いたことのあるような賞から初めて目にするような賞、様々なものが目に入った。
しかし目には入っているのだが、頭の中でうまく処理できず、ぼんやりと画面を眺めるばかりだった。
「わかった。やめにしましょう」
「は?」
これに健介は心底驚いた。口を酸っぱくして「とにかく書け」と言ってきたトモエがこうもあっさりと休みを認めるとは思いもしなかった。
「その代わり、散歩に行こ」
いつもの調子で有無を言わさず外に引っ張り出された。
「寒い、帰りたい」
アパートを出て10歩で健介がこぼした。
「わたしもよ。寒いのはみんな一緒」
トモエはぶかぶかのダウンジャンパーを着ている。もとは健介のものだ。
「それに寒いほうが頭が冷やされてスッキリしていいんじゃない?」
10分ほど歩いて川べりに出た。トモエが疲れたと言い出してベンチで休憩することにした。そのくせ座ったと思ったら立ち上がってどこかに消えていった。勝手な奴だと健介は思った。
健介は流れる川を見た。完璧に護岸されていて石も転がっていなければ水草も生えていない、ただ水を海に運ぶためだけの川。
「死の川だ」
健介は呟いた。
「詩人かな?」
トモエが戻ってきていた。缶コーヒーを二つ持っていた。片方を健介によこした。温かかった。
「わたしも歩きながら考えてみたんだけど」
「うん」
コーヒーに口をつけた。健介好みの甘口だ。
「認められたいのよりも、ホントに書きたいものを書いてないんじゃない?」
「俺もそう思った。昔ほど野球は好きじゃないし、怖いのは苦手だ」
目の前の川を見ていて思い出した。
健介は秋田の田舎で育った。小学生の頃は用水路や田んぼに住まう小動物を捕まえて遊ぶのが好きだった。中学生になると釣りをするようになった。
そんな中出会ったのが上橋菜穂子先生の「獣の奏者」だ。健介個人の解釈が入っている可能性があるが、人間社会による動物の利用を描いたファンタジー小説である。
この小説の影響もあって健介は大学の生物学系の学部に進学した。
これが間違いだった。
健介が学生時代に扱ったのはフラスコにビーカーに白い粉や無色の液体ばかり。そうでなければパソコンの表計算ソフトとにらめっこだ。つまらなくなってだんだん大学から足が遠のいた。
だいたい上橋菜穂子先生は人文学者である。
健介が本当に書きたいものはファンタジー小説だ。それも人と生き物の関係を軸とした。だからこそ最初の「異世界コップ」でファンタジーを書こうと思ったのだ。
「見つかった?」
「うん」
「じゃ帰りましょ」
「うん」
二人はベンチから立ち上がって家路についた。途中コンビニで朝飯を買った。
アパートに帰ってからもトモエは書けとは言わなかった。
健介は次の小説の構想をノートにまとめた。
島国に住む一人の男。
漁師として生計を立てながら海竜種と呼ばれる肉食獣を手なずけることに成功する。
そんな中はるか昔海中に進出した人類が再び陸に戻ろうと国に攻め寄せる。
国の大将軍は敵の大将を叩くための主力として男に目を付ける。
男は心を通わせた竜を兵器として利用することに葛藤する。
ここまで書いて苦笑した。「獣の奏者」だいぶ寄ってしまっている。このまま書いたらパクリと言われるのもやむなしといったところだ。
健介はノートを閉じた。
アルバイトに行く時間だ。
支度を始めた健介を見てトモエは「何かニヤニヤしてて気持ち悪」と言った。
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