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最終決戦 ⑤ 始まりへと終る道

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「オッケー、これも弥生ちゃんの想定内?」
『……いえ、ジェノサイドが一体何してるのかさっぱりです』
「でしょうね……今、嬉々としてアークの機体をばりぼり齧って氷漬けにしていくところ……かき氷みたいになってるわ」

 流石の弥生もジェノサイドの変身と言うか大怪獣化は想像していなかった。
 なんか悪い物でも食べたのかとむしろ心配になる。

「がっはっはっはっはぁ! 気分が良い!! これでノルマは達成だな!!」

 野太いおっさんのような声に、端末の向こうの弥生が『ええぇ……』と微妙なニュアンスをにじませる。
 今まで可愛い蜘蛛だと思ってたのに中身がこれなのかと。

『ジェノサイドにその状態は今回限りにしてほしいって私が言ってたと伝えてください……』
「そ、そうね……」

 何なら弥生さん、ジェノサイドと一緒にお風呂に入っている。
 きっと今回の事は全て終わった時、そっ閉じされるのだろう。

「で、ここからはアリスとクロノスの出番でいいのよね?」
『はい、そのままアークを抑え込んでアリスさんとクロノスさんが元の時代に戻る時に一緒にポイします』
「わかった……あの二人は今どこなの?」
『飛竜でかなり高い所に待機をしてもらってます。私達が合流する頃にはもう何時始まってもおかしくないそうなので』

 弥生の言う通り、元魔族の桜花も異様な雰囲気を感じていた。

「まったく……あの時仕留め切れていれば、こんなややこしい事態にならずに済んだのに」
『すみません、私も行き当たりばったりで……』

 桜花としてはこの時代に飛ばされる時の事を言ったのだが、弥生はもっと最近の話と誤解する。
 慌てて桜花が自分の説明不足だとフォローした。

「違う違う、この時代に飛ばされる時にちゃんと本体の事まで考えて倒しきれてれば……という事。そうしたら弥生達を危険な目に合わせなくて済んだんだから」
『ああ……それでしたら気にしないでください。どのみちあのままだと凍死でしたから』
「そういえばそう言ってたわね……じゃあ、今回のに便乗して戻ろうとは思ってないの?」
『え? やっと生活安定したのに絶対に嫌です』
「あ、あはは……」

 断固とした口調の弥生に思わず苦笑いを浮かべる桜花、確かに弥生の歳で妹と弟を養える上に今後も安泰の地位についている。
 わざわざ貧困時代に戻ろうとする必要は無いだろう。

『それに、完全に落ち着いたらお父さんとお母さんを探さないといけないので』
「そっか……私も……もう一度でいいから会いたいな」
『なんか……桜花さんが言うとフラグになりますよね』
「ちょ! やめてよ!! さっき洞爺や愚妹にさんざん言われたんだからそれ!!」

 実際、出撃時に桜花が立てたフラグは現在進行形で回収された。
 アークのおかげで大部分の計画が引っ掻き回されてたりする。

 そして、皮肉なことに……それはまた回収されてしまう事になった。

 それはゆっくりと、夜の闇をこじ開ける。

「何じゃあれ?」

 気づいたのは洞爺だった。
 ジェノサイドのおやつタイム(アークタコ殴り)を眺めてたらほんの少し、空に穴が開いている。
 最初は雲が切れて月夜でも顔を出したのかと思ったが……
 
「うん?」

 覗いたのは……どこか人工的な白い光。
 さらに言えば洞爺だけではなく、周りの秘書部ならだれでも気づくの絵は無いのだろうか?

「蛍光灯……かのう?」
「どうした爺さん」

 隣でミネラルウォーターのペットボトルを開けた焔も洞爺の視線の先を追う。
 すると同じように空の空洞を発見し……さらにその先に有るものを見つけた。

「いや……あの穴が」
「看板が見えるな」

 その青い看板には『仙台』と書かれている。

「……宮城……か?」
「どこだそれ……」
「儂の住んでおった場所の地名じゃ……」
「あん? なんでそんな……」

 最初は米粒のような穴からどんどん広がり、周りのメンバーもその異常に気付き始めた。

「な、んで?」

 その中で、桜花とカタリナだけが……目を丸くして驚愕に顔を染める。
 
「御姉様……まさかあれは……」

 もはや遠くにいる騎士達ですらその状況に気づき始めるほど大きくなった空の穴。
 その中には……一頭のクジラが泳いでいた。

「パン……デモニウム」
『桜花さん? 桜花さん!!』

 端末の向こう側で桜花を呼び続ける弥生の声も、桜花の耳には届かない。
 本来ならば歴史的資料として保管されているはずの桜花の故郷……外宇宙航行艦『パンデモニウム』が空を飛んでいる。

 桜花とカタリナが最後に見た時は燃料となる歴代魔王の角を外され、すべての機能が休眠状態となって歴史館のように地元の子供や学芸員が行きかっていたはずだった。

「御姉様……皆様に避難を」

 無駄だとは理解していても、カタリナの口からは避難の案が紡がれる。
 
「もう、遅い……」

 誰が動かしているかは想像もつかないが、アーク一人だけでもこんなに大変な目に合っていた。
 それなのにこんなものまで追加されては……もう弥生がどうのとかいう問題ではない。

「弥生、今すぐ引き返して……どこか遠くへ逃げなさい!! アークなんかと比較ならない!! 戦術兵器じゃなく……戦略兵器の一斉掃射が来るわよ!!」
『ふえ!? も、もう無理ですよ!! 目の前まで来ちゃってます!!』

 もう数分もすれば下から地面をぶち抜いて参戦、という所で引き返せと言われても間に合わない。
 
「良いから逃げて!!」
「おい、今戦略兵器って言ったか!? 氷雨! 爺さん! 乗れ!!」
「僕も!! フィン!! 早く!!」
「なになに!? 何なのよ!!」
「君の特大魔法の数倍デカいやつが降ってくるんだって!!」
「……そ、そんなのどこに逃げるの?」

 桜花の叫ぶ声に洞爺達も慌ててアルマジロに飛び乗る。
 しかし、フィヨルギュンの言う通り……どこに逃げればいいのか判断がつかない。 

「御姉様、御姉様も!!」
「私は……」

 腕を掴んでカタリナは桜花をアルマジロへ連れて行こうとするが……茫然としたまま桜花は広がり続ける故郷への扉から目を離せなかった。
 戻れるなら戻りたい、あそこには……もう会えなくとも大切な両親が眠る場所があるのだから。

「……EIMSでかっ飛ばして、乗り込んで止めるわよ!! 良いわね妹!!」
「御姉様!? ああ、もう……焔様!! 出してください!! 我々は行きます!!」

 無謀な義姉の宣言にもカタリナに否は無い。
 あの時、二人でアークに立ち向かった時に一蓮托生と決めている。
 ばんばんと装甲を叩いて焔の運転するアルマジロを発進させた……。

「ジェノサイド!! アークを凍らせるだけ凍らせたら離れられるだけ離れなさい!! 背中の文香が黒焦げになるわよ!!」

 もちろんこの事態に気が付いているジェノサイドも先ほどから、ニルヴァーナを壊すよりも凍らせる事に専念していた。

「うむ、話は聞いた! あの空のクジラに向かうのだな?」

 その声は落ち着いていて、厳かな程澄んでいる。

「そうよ、決着をつけに行く……」
「ならば手を貸そう、乗れ」
「ジェノサイド様?」
「良いの?」

 後ろ足を差し出してジェノサイドは二人を背中まで登らせる。
 ついでに文香(いまだ振り回されてダウン中)をしっかりと背中に糸で固定させた。

「どうするつもり?」

 とうとう広がり切った時空の扉は今にもパンデモニウムの艦首を、こちらの世界に覗かせようとしている。一刻の猶予もないだろう。

「こうさせてもらう。オルトリンデ殿が遠くに物を放り投げるのにやっていた」
「「え?」」

 桜花とカタリナの眉が顰められる……なんか嫌な予感がした。
 そしてそれは的中する。

 しゅるり、とジェノサイドが口からはいた糸で二人を纏めてしっかりと縛った。
 そしておもむろに前脚でちょんと糸の半ばを掴んで……

「少し目が回るぞ」

 ジェノサイドは有無を言わせず勢いよく回し始めた。
 気分は西部劇のカウボーイである。

「「もうちょっとマシな案は!?」」
「無い、諦めて飛んで来い」

 ビュンビュンとうなりを上げる振り子と化した二人を、ジェノサイドは糸の弾性ギリギリ一杯まで振り回して力いっぱいぶん投げた!

「おえっ!」
「うぷっ!」

 青白い顔をした二人は残像すら残さず一直線にパンデモニウムに飛翔していく。

「うむ、我はやはりコントロールに定評があるな」

 額に前足を添えて二人の行く末を見送るジェノサイド……なかなかに芸が細かい。
 そんな二人の正面、パンデモニウムから何かが8つ向かってくる影が見えた。

 その影は6つが鳥のような、飛竜のような形で……残り2つは見事な角を持つ人型の様である。


「あ、隊長」

 ――ばひゅん!

「ねえ、今の隊長じゃない?」
「そうよねぇ、博士もいたわぁ」
「……パンデモニウムに行った」
「なんでまた……」
「隊長流石ですわ!! 相変わらずお美しいですわ~!!」

 先行する6機の小型飛翔ユニット、ガルーダの真ん中を高速で飛び去る二人を見送るしかない元レヴィヤタンの隊員たち。
 
「うん?」
「あら?」

 一人は黒い外套を纏い、見事な黒い角をこめかみから生やす若い男性。
 細く閉じられた瞳にいかにも優しい印象を持つワイシャツとスラックス、まるで外套が無ければどこにでも良そうなお父さん。

 もう一人は苛烈な印象の釣り目とくせっけの強い紅い髪、こちらは真っ赤な角を片側だけ生やして、タンクトップにだぼだぼのカーゴパンツを履いていた。

「「桜花?」」

 紛れもなく、黒い髪で眼鏡をかけているが……娘が飛んでいく。
 二人は思わず振り向くが、桜花達は止まれるはずもなくパンデモニウムへの激突コースだった。
 
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