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定期実践試験……まあ実戦なんですけど!

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「犯人役、東区画を迂回して一人は西区、一人は北区へ分かれて逃走を開始しました」

 統括ギルドの多目的室、その一室で騎士たちが顔を突き合わしている。奥にはオルトリンデが紅茶を飲みながらそれを見守っていた。
 部屋の中心では大きな事務机にウェイランドの地図が置かれ、木で作られた小さな駒が青と赤で配置されていた。赤が二つしかないところを見るとそれが犯人役の者なのだろう。

「空挺騎士、Aチーム見失いました」
「近衛騎士、Bチームカバーに入ります」

 作戦指揮を任されているのは各騎士団の大隊長クラスで、今回は無作為に集められているのだが有事の際に備えて日ごろからコミュニケーションは密に取られている。突発的な連携でもかなりスムーズに対応が進んでいた。

「どっちが本命だと思う?」

 空挺騎士の大隊長が地図をにらみながら隣に立つ近衛騎士の大隊長に問いかける。

「北だな。先日の騒ぎでまだ門の修復が終わっていない……作業員に紛れ込まれる可能性が高い」

 作戦指揮に入る大隊長クラスともなれば戦闘の経験も多く一般の騎士が束になってもかなわない実力を持つ、しかし、それだけではウェイランドの隊長にはなれない。
 特に国内の防衛を専門とする近衛騎士は数年の間は統括ギルドへ出向する必要がある、国内の建築ペースや各ギルドの状況を理解し顔を繋ぐ必要があるからだ。
 その間も騎士としての訓練を欠かさず行い、剣の腕も衰えさせてはいけなかった。よって他国には敬意をこめてウェイランドの近衛騎士で隊長の名を関する人物は『文官騎士』と呼ばれたりもする。

「……だから輸送に籠を使ってるのか。秘書官の組んだ演習らしいが一つ間違うと一気に終わりそうだ」
「難易度がオルトリンデ監理官より数段高いな。状況の展開も早い……いつの間に仕込んでたんだろうな」

 お互い自宅からこの統括ギルドへ直行してきたので……私服の上に私用で使う鎧と剣を装備していた。通年を通してウェイランドではこうした突発の模擬試験が行われる。
 失敗した場合ペナルティは特にないが……うまく乗り切った先輩騎士や後輩の騎士にめちゃめちゃからかわれたり、生暖かい眼差しで慰められたりするのでかなり本気だ。

「戦闘主体の突発じゃないのも珍しいな……」
「私はこういうのも嫌いではないから助かる」
「……私は剣を振ってる方がいいなぁ」
「確かに、さあ雑談はここまでにして追い詰めるぞ。夕方までには片をつけないと最悪徹夜もありうる」

 この演習は解決するか犯人役が逃げ切るまで続く。
 早めに解決できると関わった人員が帰りに酒場で一杯やれるくらいの特別手当が現金支給されるが、失敗の時は何もない。
 
「そうだな。通信、北へ二部隊、西へ一部隊回せ……見失った西は衛兵に協力を求め路地裏を中心に探索を続行」
「了解!」

 ちなみにだが、オルトリンデまで含めてこの演習は弥生が仕組んだものだと疑ってない。
 それは事実そうなのだが……これ、演習じゃなかったりする。

「……確かに難易度高めですねぇ」

 試験官であるオルトリンデもこのタイミングは考えてなかったが、要人が居る中での演習は今までなかったので弥生の剛腕ともいえる今回の演習は良い刺激となっている。
 
 すべてが終わった後、本当の事件と告げられたらこの人たちどうなるんだろう。



 ◇◆―――◇◆―――◇◆―――◇◆―――◇◆


「はあ、はあ……くそ……なんなんだ。どこに逃げても追ってきやがる」

 小太りの男はダミーの籠を背負いながら西区へ逃走を続けていた。
 二週間近く用意をしてきただけあってリカバリーが早いから何とか逃げられているが、そうでなければあっという間に捕縛されてるだろう。
 
「後はこの籠をゴミ集積所で燃やして捨てて……北へ」

 とにかくしつこい、この国の衛兵はどんなに小太りの男が路地や細道、挙句の果てには家屋の屋根を伝って経路を欺いてもすぐに追いついてくるのだ。
 汗をぬぐう為、小太りの男が袖で顎を拭った時……偶然それが目に入った。

「何だあれ」

 上空でちかちかと何か光っている。監視用にと持ち歩いていた望遠鏡を取り出してそれを見ると……。

「光を点滅させている???」

 飛竜に乗った騎士がどこかへ向けて光を点滅させていた。その騎士の目線を追っていくと他の騎士に……その騎士も……

「くそっ!! だからこいつら速いのか!!」

 光の点滅でこちらの情報を共有している、そこまで理解できればこの状況も納得できた。
 となると……

「急いでこの籠捨てて服を変えねぇと……」

 大急ぎでゴミ捨て場にたどり着き、ダミーの人形入りの籠へ火をつけて投げ入れる。
 これで混乱している間に着替えて逃げないと、と小太りの男が焦りながら服を探す……その視線の先に小さな子供連れの母親が……

「しめた!! あそこに服がある」

 子供がいるという事は父親もいる。つまり服があるという事だ。
 母親と子供には悪いが鍵を閉められる前に……

「おい!!」

 走りながら声をかけると母親と子供が小太りの男を振り返る。
 よし、間に合ったと男の顔が緩んだ時だった。

 ――タァン!!

「?」

 遠くで響く音に、小太りの男が疑問を感じる暇も無く。
 
 びしっ!

「ぶぎゃ!?」

 眉間を貫く衝撃に、男が吹っ飛ばされながら目を回す。
 目の前で起きた事に母親と子供は理解ができず、とは言えガラが良いとは言えない男の様子に言葉も欠けられず……少し迷って家に鍵をかけて近くの衛兵を探しに行った。

 しばらくすると笛を鳴らしながら衛兵が集まってくる。
 濛々と先ほど投げ入れられた火のついた籠から湧き上がる煙も立ち込めてきて、近づいて来た衛兵が水を調達しに戻る者、魔法士を探しに行く者と手分けして動き始めた。
 しかし、消火を終えて衛兵が倒れていた小太りの男を捕まえようと周りを見渡すと……その姿はいつの間にか消えていたのだった。
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