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一日目 夜 そろそろ普段通りでいいですよ?

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「日下部ひゅみか……です」
「「「……(噛んだ)」」」

 ケインたちの宿泊場所として使われている迎賓館の食堂で、名目上これがメインの目的となるお見合いが始まった。
 朝からお仕着せをされて付け焼刃のマナーを頑張って覚えた文香だが、出オチで噛んでしまい顔が真っ赤になる。隣に控える真司と弥生も普段ならちょっとからかう所なのだが、今はダメだと頬を僅かに膨らませるだけで耐えていた。
 きっかけ一つで決壊する寸前だが。

「ケインです。こんにちは文香ちゃん……大丈夫かい?」

 見た目は文香と同い年に見えるケインだが、そこはさすがに年長者。笑顔でフォローに入る。
 実際、日中同行していた弥生の印象では子供の姿をした好青年という印象だ。

「すみません、緊張しちゃってるみたいでして」

 曖昧な笑みでほほ笑む弥生のフォローにケインも頷き、予想外の言葉を紡ぐ。

「一度着替えて普段通りでいいですよ。弥生秘書官も文香ちゃんも」
「やっぱりバレてた。姉ちゃん、文香……着替え糸子姉に持ってきてもらってるから着替えてきたら?」
「え? なんでバレたの!?」

 …………あれでバレないと思っていたのか。
 そこは心の中でケインが突っ込む。今日は楽しかった、皆も親切だし普段からにぎやかなのは明白である。ただ一つ、不自然だったのは楽しんでもらおうと頑張ってくれたがゆえに……余計ごちゃごちゃしていた印象も残念ながら無いとは言えなかった。

 弥生は結構様になっていたけど、周りまではそうはいかなかったのだろう。
 ベクタも別に真面目だけど多少騒いだりフレンドリーにしたところで咎めるような人物ではない、この晩餐の前に打ち合わせは済んでいた。

「いえ、お気遣いはありがたかったですよ? でもまあ、後4日もそのままじゃ弥生さん以外は疲れちゃうんじゃないかなぁって」

 苦笑を浮かべて今までとは違う、多少砕けた言い方でケインが提案する。

「このお洋服じゃなくていいの?」

 その言葉に反応したのは文香だ。今日は朝一番以外はずーっと不死族のメイドさんにあれこれと教えてもらい、礼儀作法を学んだが……もうすでにその知識の半分以上が脳みその中で死蔵品扱いとなっている。
 そもそも文香は改まった場に出席すること自体がほとんどない8歳児、窮屈で仕方なかったのだ。

「窮屈でしょ? 着替えてきていいですよ」

 ケインにそう言われて文香は弥生を振り返ると、苦笑を浮かべた姉がこくこくと頷いていた。

「うん! ありがとうケイン君!」

 にぱっと笑ってケインにお礼を言う文香は弥生と共にダッシュで食堂から去っていく。
 その背中を見てやっぱり規格外は弥生だけなんだな、と妙に納得もした。

 ケインの感じる所では明らかに彼女一人だけ完成度が高かった。事前情報では親が居なく子供だけでウェイランドに来たと聞いていたが最初の挨拶以降、どう考えても貴族令嬢の振る舞いができている。

「ケインさん、ありがとうございます」

 真司が姉と妹に代わってお礼を言う。今日は洞爺と組んで少し離れたところからずっと護衛をしていた彼もケインが気づいていた事はほとんど確信を得ていた。

「あれでも姉ちゃんなりに考えてたので」
「もちろん、ありがたかったですよ。笑いをこらえるのが大変な位に」
「それがだんだん乾いた笑いになるんです。ええ、偉い人ほど思い知るんです」
「さすがウェイランドですよね」
「僕と同じ目に合ったらそう言ってられませんけどね……あはは」

 変態の光事件の事である。

「あ、あなたがそんな顔になるような目にはあいたくないですね」

 死んだ魚の方が十倍マシな濁った瞳の真司に、何があったのか言及もできない。
 少なくとも一生経験する必要が無い事だけは分かる。

「大丈夫ですよ。僕はともかく……洞爺じいちゃんが居れば安全ですから」
「洞爺さん……一度も姿が見えないんですが」
「屋上にいるよ。何かあれば一直線でこの部屋に飛び込めるし」
「……」

 屋上から一直線って頑強そうな石の天井なんですが?

「僕も魔法でケインさんを護れるし、文香とレンがコンビでこないかぎり大丈夫だと思う」
「そ、そうですか」

 そうして20分ほど真司と雑談をしていたら食堂のドアがノックされて何やらにぎやかな声が漏れてきた。

「失礼しまーす!」
 
 御淑やかさを捨てて普段の弥生さん(メイド服バージョン)が降臨、これにはさすがの真司も額に手を当て呆れる。
 
「メイド姉妹のおもてなしです!!」
「ごたんのーあれー!」

 反動、そうとしか言えない弾けっぷりだった。
 カートにはホッカホカの食事が乗せられて、三台目のカートは苦笑するベクタが押していた。

「ベクタ? どうしたの」
「はは……せっかくだからみんなで食べようって文香ちゃんに押し切られまして」
「ああ、なるほど……そして、そちらの方が?」

 ベクタの後ろからぽりぽりとこめかみを掻きながら白髪の男性が現れる。
 本日の警護隊長の洞爺だった。見る限りベクタと同じように連れてこられたのだろう。

「今日の警護をしておった神楽洞爺じゃ、かしこまった席は苦手での……無作法かもしれんが」
「お気になさらず。今日はありがとうございました」
「うむ、明日はすまぬが代わりの者が来る。若いが良い刀使いじゃ……良くしてくれると助かる」
「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」

 ケインの真っすぐな様子に洞爺の緊張も解ける。
 一通り言葉を交わした後、メイド服姿の弥生と文香がテーブルに料理を並べ始めた。

 その料理はどれも素朴な見た目で……

「これ、にくじゃが?」

 ケインのふるさと、エルフの国の国民ならよく食べている筆頭に上がるであろう。ほくほくのジャガイモと玉ねぎ、にんじんとお肉を甘辛いだし汁でよく似た食べ物だ。

「はい、洞爺おじいちゃんの奥さんが作ってくれたんですよ」

 しっかりと味が染みているのがわかる茶色い色味となぜか魚介のにおいが混じっているような食欲をそそる香り。

「それは楽しみですね……その方は?」
「今息子の浩太と同じものを食べておる頃合いじゃな。気にいるようであればレシピを渡してあげてと言付かっておる」
「見ただけでわかりますよ、美味しそう……ベクタ同じように作れる?」
「どうでしょう? こちらとは違う食材も使ってるかもしれませんから」

 微笑ましく感想を言い合う主従を横目にてきぱきと配膳を済ませる弥生と文香。
 その日の夜は遅くまで笑いが絶えなかったと不死族のメイドさん達が笑いながら話していた。
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