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虫の知らせと言うやつは馬鹿にできない

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「おねえちゃん、大丈夫かな?」

 キズナたちが東門から弥生の捜索に向かう頃、真司と文香は家で大人しく牡丹と夜音に護られていた。
 事態が事態故に夜音は普段のパンク姿とは打って変わって、真っ黒な黒髪でおかっぱ頭。真っ赤な着物を纏い鮮やかな色遣いで作られた毬を持っている。
 本人曰く、本気で相手の運を操作して破滅に追い込む時の正装だと真司は説明を受けたが……なんか日本人形みたい。と素直に思った。

「キズナ姉とオル姉を信じよう……それに姉ちゃんが言ってた万が一って今だから探さないと……」

 そう、何かあった時は部屋を探せ。と弥生から普段から言い聞かせられていたので文香と一緒に弥生の部屋を探索中である。
 とはいっても姉の部屋はあんまり物が置いていない、精々机とタンスの中を調べる程度だ。

「おねえちゃんの言ってたのって何だろうね?」
「さあ……多分碌でもない威力の武器とか、かなぁ?」

 姉の事だ、おそらくは自分を探してとは言わない。
 それよりも迫る危機に対して対抗する何かを用意していると真司は考えていた。

「あ、おにいちゃん。これだとおもうー」

 ベッドの下に潜り込んで探していた文香が一つの封筒を見つける。
 その封筒には弥生の字で『しんじとふみかへ』とひらがなで書いてあった。

「封筒?」

 ベッドから這い出してきた文香から真司がその封筒を受け取ると、その裏は統括ギルドの印が刻まれた蝋封がされていていかにも重要そうな感じがする。
 文香はベッドに座り、真司も弥生の仕事机の椅子に座ってその封筒をあけた。

 そこには数枚の紙が入っていて……



 ――真司へ

 この紙を読んだらすぐにオルちゃんに私が預けているお給料を毎月必要分だけもらう事。
 あんまり贅沢しなければ数年は大丈夫なはずだからお仕事ができるようになるまで勉強する事。
 困った時はエキドナさんとオルちゃんに必ず相談する事。

 最後に、文香を護る事。
 
 ――文香へ

 おにいちゃんの言う事を良く聞いて、お友達を大事にすること。
 おにいちゃんが無理をしないように見てて上げて。

 最後に、たくさん遊んでたくさん食べてたくさん笑ってね。



 一枚目にそれだけが書かれ、二枚目、三枚目にはオルトリンデ、エキドナに向けて真司と文香の事を頼む内容が記されていた。

「なん、だよこれ!!」

 これではまるで遺言状ではないか。
 その意味を理解した真司が衝動的に紙を握りつぶそうとするが、思い直す。

「おにいちゃん……封筒の中、何か書いてるよ?」
「うん?」

 分厚い紙で作られた封筒の中にまだ何か入ってないかとのぞき込んだ文香が気づく。
 そこには……

『緊急時、私の机の二段目の裏にエキドナさんへのSOSスイッチあり。私の居場所がわかる』

 ……よりによってそのエキドナさん、行方知れずです。
 真司が微妙な顔をする。おそらくだが姉はこの遺言状をダミーとして真司と文香がこのメッセージを見つけられるであろうと残したと思われた。

「ここかな」

 真司が机の引き出しの二段目を開けてのぞき込むと、ずいぶん前にキズナが姉に向けてSOSメッセージを送った携帯端末が紐で括り付けられている。
 取り出すと明らかにこれだろう、と自己主張する赤いボタンがあったので迷わず押した。

「……何にも変わんないね?」

 確かに文香の言う通り、見た目には何も変わんないが……十数秒ほど経つと。
 端末の左上のランプが明滅して通話、と書かれたボタンが灯る。

「押す?」

 ほんの一瞬ためらった後、真司がそのボタンを押した。
 すると携帯端末がノイズ交じりの雑音を大音声で奏でる! あまりの煩さに廊下に待機していた牡丹と夜音も何事かと弥生の部屋のドアを開けて入る。

 ――ザザッ!!

『テステス……こちらエキドナおねーさん、絶賛ミルテアリアに向かってる途中だよ! ジェミニが雲の中を突っ切ってたからすんごい雑音入るけどごめんねぇ?』
「エキドナ姉!!」

 おそらくエキドナが調整したのだろう、だいぶクリアになったエキドナの声が携帯端末から紡がれた。

『昨日弥生のSOS信号を受けてから発信機の地点へ向かってるんだけど、何があったのかな?』

 そう、弥生は捕まる前にエキドナから渡された緊急通報のボタンを押した。
 それは以前王城見学の後に弥生がもらっていたもので、押された際にエキドナがまず急行する手はずになっている。

「姉ちゃんがクワイエット兄に攫われたんだ」
『クワイエットに? じゃあ今弥生はクワイエットと二人って事かな?』
「わかんない……姉ちゃんを助けたいけどどうしたらいいかも」
『ふぅむ……30分くらいでウェイランドに着くんだけどそこには誰が居る?』
「僕と文香と牡丹姉と夜音」
『オッケー、牡丹! ジェミニなら二人まで乗って飛べる、一緒に救出しに行くよ。夜音は僕の合流をオルトリンデに伝えて! 真司と文香は……』

 お留守番、とエキドナが伝えようとしたが……それを遮って文香が元気よく答えた。
 
「あたしもおにーちゃん乗せてついてく!」

 全員の動きが止まる。
 通話越しでもエキドナが苦笑いを浮かべていることは誰でもわかった。
 だが、エキドナは知らないのだ。

「分かった。僕も行く」
『ちょっと!? 真司……危ないから』
「なんか胸騒ぎがするんだ……僕なら回復魔法も使えるし、文香なら大丈夫……エキドナ姉と牡丹姉が束になっても多分勝てないから」

 エキドナが小一時間くらい問い詰めたい言葉を真司が投げてきたが、攫われたという事態を考えるとスピード勝負だ。
 即断して真司と文香の同行を認める。
 まさか文香が邪竜族並みの装甲と攻撃力を有しているなんて思いもせず。
 しかし、この行動こそが奇跡の一手になったのもまた事実だった。
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