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悪意の再誕 ②

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「おなか減った、トイレ行きたい、お風呂入りたい、ゲームがしたい、仕事山積み、着替え買ってきて、でないとここで漏らす」

 オルトリンデの号令で弥生救出作戦&キズナによるクワイエット絶対〇すムーヴがなされてる時、弥生はわがまま全開だった。そんな弥生にうんざりしたかのように半人半機械の女性が耳を塞いで呻く。
 
「うるさい……」

 ウェイランドの城壁の外にある洞窟の中でクワイエットは頭を悩ませていた。ちょんぱさんことアークに命令され止むを得なく弥生をさらう決断をしたのだが……彼から『今日から君の部下だよ、上手く使ってね』と連れてこられたのが彼女だ。

 顔の半分をマスクで覆い、全身の半分ほどが金属でツギハギされているエルフは抑揚も無く弥生の自由を奪う提案をしてくる。
 元はアークの遊びに付き合わされた被害者の女性だが、気が強く最後まで抵抗していたのを面白がられて彼に文字通り改造された。戻ってきたときの彼女はアルファと名乗り、面白半分でアークがナイフで身体を刻んでもすぐに傷が治る様になっていた。クワイエットの命令には従順だが、力量を図るために魔物と闘ったところ死体を細切れにするまで切り裂いて遊ぶ猟奇的な行動に執着を示す。そんな彼女にクワイエットは身体を隠すウェイランドの隠密が使用する服と茶色のコートを与えた。
 
「マスター……四肢を切り落とし口を塞ぐことを提案する」
「我慢してくれ、二人とも……」

 憔悴しきってもはや青白い顔のクワイエットが壁に手をついて唸る。

「やだ」
「だろうな……」

 クワイエットは弥生の即答に同意するしかない、本来であればもうとっくに弥生を攫ってミルテアリアに向かう予定なのだが……。まだウェイランドを出たばかり、それと言うのも。

「弥生はいつから気づいていたんだ? 俺がちょんぱの手下になっていた事」

 そう、弥生はクワイエットが嫌がる衛兵の配置などを手配済みだった。
 しかもそれらは巧妙にクワイエットが知りえないようギルド祭の前から仕組まれている。

「三か国会議の直後位? 確信したのは昨日の夜だよ……違ってたらなーって私信じてたのにぃ!!」

 じだばたと縛られていない足を振り上げて不満です!! を表す弥生。そしてそもそも疑われていたことを知り、本格的に崩れ落ちたくなる元護衛がここに居た。

「そんな前からか……イストの死体まで偽装したのに、これじゃ本格的に逃げるのが大変じゃないか」
「あの死体、クワイエットが……殺したの?」
「いや、まあ……かっぱらった。死体安置所からな」

 そう、実はあのイストの死体は偽物だ。
 本物はと言うと弥生の背後で薬を飲まされて爆睡中、半裸の状態だがなぜか心地良く寝息を立てている。

「そっか……で、このサイボーグの人は?」
「アルファ、だ。ちょんぱ……アークの犠牲者なんだが……俺の部下らしい」

 なんでか弥生の圧に逆らえずクワイエットはおとなしく知りうる情報を弥生に提供する。
 そうしないとまた遅滞行動を全力でやってくるのだ。

「クワイエット、いやらしい事してないよね? 薄い本のように!!」
「していない!! 頼むからおとなしくしてくれ!? なんで猿轡が簡単にほどけるんだ!?」
「ふっふっふ、私は稀代の脱出系マジシャンだったのよ」
「嘘つけ! 絶対どっかに蜘蛛を隠してるだろ!!」
「ふふん、手を出したら毒蜘蛛君が私を即死させるからね。解毒薬なんか持ってないから」
「なんで俺が脅されてんだ!? おかしいだろ!?」

 昨晩からこうして弥生がクワイエットを手玉に取るので一向に進まない弥生の拉致計画。
 クワイエットもかなり計画を入念に練ってたのだが、一枚どころか五枚ほど上手な弥生さんである。一度だけアルファがあまりにも煩いので弥生を殴って黙らせようとしたが『約束破ったね?』と弥生は迷わず毒を服薬して自殺を図ったのだ。

 慌ててクワイエットが手持ちの解毒薬を使って事なきを得たが、弥生が覚悟ガンギマリの笑い顔で「次は即死級だから、丁重にね?」と脅してくる。そのためアルファもどうするのが正解なのかわからず手を出せない。

「諦めてここに放置してくれれば見逃すよ? もしくは洗いざらい事情を話してちょんぱさんの居場所を言ってくれれば……妹さんも保護するよ」
「……はあ、本当に敵に回すと厄介だな弥生は」

 なんと弥生はクワイエットが寝返った理由まで把握していた。
 しかし、無事を確保するまでは至らず。総力戦で救い出すと提案までしたのだが……クワイエットは首を縦に触れなかった。

「戻ってこようよ? アルファさんだって別にアークの部下じゃないんでしょ?」
「だめだ、本当に妹の安全が確保されない場合は俺はこのままウェイランドを裏切るしかない」
「ま、そりゃそっか……でも、手掛かり位は残してあるのよね?」
「キズナ軍曹殿が見つければ、な」
「んじゃいいや。私がアークに殺される可能性は?」
「すぐには無い、が死んだほうがマシな目に合う」
「……びみょう、さすがに結婚前に傷物になりたくはないなぁ」

 即座に服毒自殺しようとしたのは誰だ、とクワイエットは突っ込みたかった。
 アルファですらもそのセリフを聞いてこめかみを指で押さえる。

「マスター、そろそろ移動を……統括ギルドが動きました」
「だよな……弥生、すまないが移動だ。騒がないでくれるか?」
「やだ」
「仕方ない、アルファ」

 にこにこ笑顔でクワイエットのお願いを無碍にする弥生に、とうとうクワイエットも腹を決める。
 アルファはエルフなので薬学に強く、香りに強い催眠作用のある花で作った眠り薬を弥生の口に無理やりねじ込んだ。

「んぐっ!? んー!!」

 アルファが鼻をつまんで口を手で押さえるとさすがに弥生も飲み込まざるを得ない。
 数瞬の後、とろん……と瞼が落ちてそのまま脱力した。

「ふう、ありがとうアルファ。弥生を麻袋に入れて今度こそミルテアリアに向かう」
「この獣人は?」
「どれくらいで目が覚める?」
「……長くて半日です」
「じゃあ、縄を解いて服と水。俺のナイフを置いて行こう……それで戻れるはずだ」
「わかりました」

 てきぱきとアルファが弥生を適当に袋に詰め込み、丁寧にイストの縄と解いて汚れないように下に紙を敷いた後、服や水、そして指示されていないが干し肉とナイフを並べていく。
 明らかに扱いに差があるがクワイエットは何も言わなかった。何せ弥生は暴れて果実水をアルファの頭にぶちまけた前科がある。シャワーや水浴びができない現状でそんな事をされたアルファの真麻色の髪はへたをするとアリがたかってきそうだ。

「ふう、多分最後の最後で先回りされそうな気がする……キズナ軍曹殿、絶対俺を撃つよなぁ」

 そんな板挟みのクワイエットの顔色が悪い本当の理由は……

「殺されなかった場合のお仕置き訓練は本気で嫌だ」

 キズナが怖いからだった。

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