上 下
103 / 255

世界のルールを舐めちゃいけない ⑤

しおりを挟む
「娘さんがお尋ね者……レティ、なんてことなの」
「レティシアさん、つらいだろうが……」

 お通夜みたいな夜ノ華と幸太郎をジト目でレティシアが睨む。
 一晩、バニからの情報を寝かせてレティシアは再度考えた。なんで娘がお尋ね者になっているのかを……。

「安心してくださいまし、多分わざとですわ……あの子らしいと言えばあの子らしいやり方ですから」
「わざと? まさか娘さんもレティみたいにおおざっぱとか?」
「夜ノ華、後でデコピンしますわよ? あの子は私と違ってなんでも器用ですわ……運動以外」
「……てっきりレンガ塀を壊して遊んでたりとかを想像してたので、意外ですね」
「幸太郎様、良い葬儀屋をお探しですか?」
「ちょっと! レティ、私が未亡人になるわよ!?」

 もちろん、夜ノ華と幸太郎もアリスが……レティシアの娘が本当に悪い事をしてお尋ね者になったとは思っていない。しかし、レティシアが落ち込んでいたらといじってみたのだが……杞憂だったようでこめかみに血管を浮かせつつもレティシアの表情は笑っていた。
 毎晩毎晩、家族が無事でありますように。と祈っていたのを知ってる夜ノ華としては我が事と同じに喜ばしい事。

「こっちはすでになってるかもしれませんのよ!? ああ、アルフォンス……きっとどうでもいい事に巻き込まれて悲惨な目にあってるんですわ」
「酷い言い草ですね……旦那さん可哀そうに」
「あの人、人が良い代わりに極度の不運体質で……」
「レティと結婚して運使い果たしたんじゃない?」
「屋敷の使用人、全員おんなじことを言いましたわっ!」
「不憫としか言えない!?」

 幸太郎がまだ会ったこともないアルフォンスに同情の念を禁じ得ない……まあ、同時に屋敷の全員から愛されているともいえるのだが。

「でも、レティと結婚したんでしょ? 確か強いのよね?」

 同じ部屋で寝るときにおしゃべりが弾むこともあり、ある程度アルフォンスの事について聞いた事がある夜ノ華がレティシアに確認する。ぶっちゃけレティシアが人外と言うか規格外すぎるのでアルフォンスの事もまともな強さだとは思ってない。 
  
「騎士団であの人だけですわ。私の渾身の一撃を耐えたのは……」
「きっと筋肉隆々の大男に一票」
「お城の城壁並みの分厚い鎧を着ていたに一票」
「ふふ……まさか、幸太郎よりちょっと背が高くてひょろっとした人ですわ。気が弱くてお人よしで、領地経営にはそぐわなくて、農夫の皆さんと土いじりをする方が楽しいっていつも館を抜け出す困った夫ですわよ」

 意外にもレティシアから出てくる夫の惚気は幸太郎たちの想像とは真逆のイメージ。
 岩を簡単に木っ端みじんにするレティシアの本気の一撃をどうやって耐えたのか不思議でしかない。

「とにかく、私なんかより娘の方が活発に動いているはずですわ。各地の町で聞き込みをする位の時間はありますの?」
「それはもちろん、レティの子供さんとの合流も最優先だもの。バニちゃんの出産とかいろいろあるけど一つ一つしっかりとやっていきましょ」
「そうだな、ところで……そのバニちゃんはどこに?」

 自分たちも子供を探しているだけに、レティシアの子供が逞しく生きているという朗報は素直に嬉しい。旅をしていればどこかで手掛かりがつかめるであろうが、少なくともバニの出産やウェイランドにたどり着けば一度方針を見直してもいい。

 ここ数日ですっかり全員と仲良くなったバニが今日は朝ごはん以降見当たらなかった。
 いつもであればレティシアか夜ノ華と何かしら簡単な作業をしているのだが……。

「なんか部屋に忘れ物だとか……あ、きた」

 工房の居住空間はレティシア達がいる居間を中心に、廊下が4方向に延びており部屋から出ればすぐにそれは分かる。お腹が大きいバニはゆっくりと部屋のドアを閉めて、夜ノ華たちを見つけると少し早足で歩いてくる。その手には何か光る物が握られており、嬉しそうに笑いかけてきた。

「バニちゃん、忘れもの見つけた?」
「ミツケタ、アリスノクレタ……イッ!?」

 妊婦と言うのは想像以上に注意が必要だ。普段の体形が急激に変わっていき今まで出来ていたことが難しくなる。主に歩く事とか……バニは注意していたがそれでもバランスを崩してしまった。

「あぶなっ!!」

 幸太郎とレティシアがとっさに椅子から腰を浮かすが間に合わない。
 バニが倒れていき、その手に持っていた青い石が夜ノ華の方へ飛んでいくのがゆっくりと流れていく。

 ――ガチャ

「おっと」

 偶然、由利崎灰斗が妖刀と言うか魔刀に改造された刀をボルドックに作ってもらっていたのだが、さすがにのどが渇いてきたので水を飲もうと現れた。
 そもそも身体能力はともかく人一人を支える位は灰斗にとって造作もない。
 すっ、とバニの脇から腕を差し入れてそっと体制を整える。

「危ないですよ?」
「カイト、アリガト」

 ――――ごっくん!

「お?」
「あら?」

 何事も起きなかったバニに安堵した幸太郎とレティシアの耳に、何かを飲み込む音が届いた。
 そういえば、バニは何かを放り投げている。そしてその石は真正面に居た夜ノ華の方へ飛んで行ったはずである。
 ゆっくりと二人は夜ノ華の方を見ると、手を伸ばして駆け寄る姿勢のまま固まる彼女が青ざめながら振り返ってきたところだった。

「の……」
「の?」
「のん、じゃった……」

 バニの転倒しそうな状況に、ついつい大きな声がでて……それが助かった状況に安堵して、飛び込んで来た石には注意が回らなくなってしまった。幸い、石は小粒で滑らかだったので喉に引っかかることなくお腹の中に入ってしまう。

「アリスノイシ、ヤノカ、ノンジャッタ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【異世界ショップ】無双 ~廃絶直前の貴族からの成り上がり~

クロン
ファンタジー
転生したら貴族の長男だった。 ラッキーと思いきや、未開地の領地で貧乏生活。 下手すれば飢死するレベル……毎日食べることすら危ういほどだ。 幸いにも転生特典で地球の物を手に入れる力を得ているので、何とかするしかない! 「大変です! 魔物が大暴れしています! 兵士では歯が立ちません!」 「兵士の武器の質を向上させる!」 「まだ勝てません!」 「ならば兵士に薬物投与するしか」 「いけません! 他の案を!」 くっ、貴族には制約が多すぎる! 貴族の制約に縛られ悪戦苦闘しつつ、領地を開発していくのだ! 「薬物投与は貴族関係なく、人道的にどうかと思います」 「勝てば正義。死ななきゃ安い」 これは地球の物を駆使して、領内を発展させる物語である。

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

伯爵家の次男に転生しましたが、10歳で当主になってしまいました

竹桜
ファンタジー
 自動運転の試験車両に轢かれて、死んでしまった主人公は異世界のランガン伯爵家の次男に転生した。  転生後の生活は順調そのものだった。  だが、プライドだけ高い兄が愚かな行為をしてしまった。  その結果、主人公の両親は当主の座を追われ、主人公が10歳で当主になってしまった。  これは10歳で当主になってしまった者の物語だ。

わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました

ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。 大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。 ー--- 全5章、最終話まで執筆済み。 第1章 6歳の聖女 第2章 8歳の大聖女 第3章 12歳の公爵令嬢 第4章 15歳の辺境聖女 第5章 17歳の愛し子 権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。 おまけの後日談投稿します(6/26)。 番外編投稿します(12/30-1/1)。 作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。

処理中です...