上 下
40 / 255

ミルテアリアにて ①

しおりを挟む
 ミルテアリア魔法士ギルド――魔法国家ミルテアリアにおいて国家と直結するギルドであり司法機関も担う特殊な立ち位置のギルドである。
 統括者はダークエルフの魔法士『フィヨルギュン・ノルアリテ』、国王の参謀も兼ねている。
 性格は『たった一人の例外を除いて』非常に温厚である。

「あーあー、大事な旅装束がほこりまみれになりましたよ。損害賠償を請求しますからね」
「あら? もともと土色の支給服なんてどこが汚れてるかわかんないわよっ」
「「ぐぎぎぎぎ……」」

 そのたった一人の例外がオルトリンデだ。
 そりゃもう通りすがるミルテアリアの人々がほほえましいわねぇ、とニコニコ見守るほどに。

 どうやら定例行事化しているのは明白だった。

「あ、エキドナさん。もうちょっと蒸らした方がいいですよ」
「ん、紅茶って難しいねぇ」
「ぎゃうぅ」

 もう処置無しと弥生達は二人を無視して勝手にお茶を入れている。

「魔法使いってこう、地味な装飾とか複雑な幾何学模様を好むのかなーって思ってたんですけど。綺麗な模様ですよね。町中の模様に意味があるのかな?」
「あー魔法士ギルドで聞いたんだけどさ。この国丸ごと術式陣形の形なんだって、ウェイランドで城壁作ってたでしょ? あれを魔法でやってるんだって……その魔法力どこから捻出してるのかな」
「もしかして人柱とか? 等価交換!! って」
「両手を合わせない合わせない、魔石じゃないの? 今どき生贄なんて創作物だけで十分だよ」

 こぽこぽと注がれるお湯が茶葉を開かせて優しい匂いが漂う、フィヨルギュンの執務室の窓からはどこまでも広がる青い空が絵画のように切り取られて見えて。ジェミニも若干物欲しげにその光景に見入った。
 階層建が多いウェイランドと違い、ミルテアリアは平屋建ての建物が主流らしく東には小高い山脈が望める。

「あっちは何があるんだろう」
「そういや何があるのか調べてないや、ジェミニわかるかい?」
『海、フォントルジェ海。魔物多いけどタコはおいしい』
「海かぁ……泳げたらいいのに。魔物がいるんじゃ無理かな」

 できれば、程度だったので特に落胆はしないものの。この世界の海を見てみたい弥生はいつか機会があったら真司と文香を連れて行こうと記憶にとどめておく。

「まあ、その内行けると思うよ。僕も手掛かりがつかめない状況が続くんなら探す範囲を広げないといけないからね。何やってるのかなぁ僕の妹の方は」
「キズナさんでしたっけ?」
「そうそう、後は僕の親ね……ほむら氷雨ひさめ。まず死にはしないと思うけど問題起こしてそうなのがこの二人。頭が痛いよ、真司と文香みたくいい子でおとなしくしてくれてればいいんだけどねぇ。僕の手持ち武器もあんまり余裕ないし」
「そうなんですか?」
「正直まともに戦うんだったらあと一回分位しか余裕はないねぇ。あの変態にだいぶやられたから」
「何なんでしょうね……アレ」
「知りたくない……」

 一気にお通夜のようなエキドナと弥生はあえて雰囲気を変えるために、いまだぎゃあぎゃあと仲良く喧嘩してるフィヨルギュンとオルトリンデに目を向けた。

「だから、今期の収穫量だとこの冬で1か月分小麦が足らないの!! 代わりに魚介の流通量増やすから融通してよ!!」
「小麦はこっちでも足りないんです! いっそそちらの魔法士とこっちの書記官で共同栽培区画作りましょうよ。あ、海産物は増やしてください。こちらは食肉増やします」
「鳥が食べたいから鳥増やしてちょうだい。なんかこの間ファングボアがやたらと増えて……」

 なんかいつの間にかちゃんとした外交情報の交換に切り替わっている。

「多分に私欲が混ざってない?」
「バイト先の店長さんもこんな感じでしたね。オルちゃん、フィンさん。お茶入りましたよー?」
「「いただきますっ!」」
「二人とも息ぴったりだねぇ。あ、ジェミニそこのビスケットのお皿頂戴」
「ぎゃう」
「それにしてもこの部屋広いですね、ジェミニの宿舎より広いんじゃ」

 応接用のテーブルに紅茶を並べながら弥生はジェミニとお茶会の準備をする。
 広さも高さもちょっとしたテニスコートほどもあるので、ジェミニが邪魔になるということもない。

 ソファーはふかふかでなんとなくダメ人間を量産しそうな心地よさだ。
 エキドナなどダイブして埋まりかける。

「そりゃあそうよ。何十人と入って会議もするし、国王もここに来て謁見とかするからね……正直落ち着かないわ」
「その割には書類とか無いんだね。机は豪華だけど……全然使ってる気配無いね」
「ああ、執務室って言ってるけどぶっちゃけ私はここに来ること少ないのよ。普段は研究室やギルドで魔法の実験ばかり、今日オルリンが来るの聞いてなかったら引きこもり生活2か月と3日目になってたわね」
「それって」
 
 オルトリンデが来る時以外外出していないという事ではないのか、と顔を引きつらせる弥生。

「弥生、そんな顔しないでください。いつもの事なんですフィンは……昔から変わらないんです。何度言っても」
「だってつまんないんだもん。とはいえ、ちょっと今回は理由が違うのよ。あ、紅茶ありがとう」

 一口飲んでのどを潤してからフィヨルギュンは切り出した。

「変な連中がこの国に入り込んでてね。結界のメンテナンスや巡回の強化案を作ってたの」
「それこそ執務室での仕事じゃないの?」
「着替えるのが面倒くさいもの。別に研究室でもできるしね……話を戻すけど。オルリン、この間ウェイランドに出た危険人物ってどんな奴?」
「……死霊術を使う金髪の青年です。見た目はそうですね線が細くて中肉中背、首を刎ねられても生きてた事、転移魔術を使用したことから人族に変装した魔族だと私は認識しています」

 弥生が両肩をさすり、目線を伏せる。
 まだ思い出すと怖気と寒気に震えが来るのだ。
 そんな弥生をエキドナはそれとなく背中に手を当てて隣に座りなおす、ジェミニも弥生のほほをぺろぺろと舐めて大丈夫だよアピール。

 その様子にフィヨルギュンも事情を察した。

「そっか、性別からして違うわね。こっちは二人で一人は黒髪の少女……そういえば弥生と同い年くらいだったかな? 白衣を着た巨乳。なんか良くわかんないけど金属製の旅行鞄を持ってた。もう一人は背の高いメイドで銀髪の鈍色釣り目。頭部に金属製の『角』が確認できたからこっちは魔族で確定」
「結構詳細まで掴んでますね、遭遇したんですか? フィンが取り逃がすなんてなかなかの手練れと見ますが」
「それがこう、地面に何かたたきつけてきて耳と目が効かなくなっちゃってね。今の所どこかに泥棒に入ったわけじゃないし誰かを傷つけた訳じゃないんだけど、城の宝物庫に忍び込んで来たから……探してるってどうしたのよ皆してそんな顔して。怖いじゃない」

 フィヨルギュンが言いよどむほど3人と1匹の眼は険しい。
 その理由を弥生が切り出した。

「フィンさん。その床に叩きつけたのってすごい音だったんじゃないですか? で、それものすごく薄い金属でできてますよね」
「え、うん。金属だったわね、ものすごく薄いし軽いかな。でもどうしてそんなことを?」
「この間私が見た金髪の男がそれと同じようなものを使ってきたんです」
「ついでに言えば僕も同じものを持ってる、その話詳しく聞きたいなぁ」

 フラッシュグレネード、視覚と聴覚を奪う非殺傷爆弾の一種だと弥生とエキドナは見当をつけていた。

「多分、無関係じゃないよ? その二人組」

 
  
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ジャック&ミーナ ―魔法科学部研究科―

浅山いちる
ファンタジー
この作品は改稿版があります。こちらはサクサク進みますがそちらも見てもらえると嬉しいです!  大事なモノは、いつだって手の届くところにある。――人も、魔法も。  幼い頃憧れた、兵士を目指す少年ジャック。数年の時を経て、念願の兵士となるのだが、その初日「行ってほしい部署がある」と上官から告げられる。  なくなくその部署へと向かう彼だったが、そこで待っていたのは、昔、隣の家に住んでいた幼馴染だった。  ――モンスターから魔法を作るの。  悠久の時を経て再会した二人が、新たな魔法を生み出す冒険ファンタジーが今、幕を開ける!! ※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「マグネット!」にも掲載しています。

裏庭が裏ダンジョンでした@完結

まっど↑きみはる
ファンタジー
 結界で隔離されたど田舎に住んでいる『ムツヤ』。彼は裏庭の塔が裏ダンジョンだと知らずに子供の頃から遊び場にしていた。  裏ダンジョンで鍛えた力とチート級のアイテムと、アホのムツヤは夢を見て外の世界へと飛び立つが、早速オークに捕らえれてしまう。  そこで知る憧れの世界の厳しく、残酷な現実とは……?  挿絵結構あります

転生をしたら異世界だったので、のんびりスローライフで過ごしたい。

みみっく
ファンタジー
どうやら事故で死んでしまって、転生をしたらしい……仕事を頑張り、人間関係も上手くやっていたのにあっけなく死んでしまうなら……だったら、のんびりスローライフで過ごしたい! だけど現状は、幼馴染に巻き込まれて冒険者になる流れになってしまっている……

半身転生

片山瑛二朗
ファンタジー
忘れたい過去、ありますか。やり直したい過去、ありますか。 元高校球児の大学一年生、千葉新(ちばあらた)は通り魔に刺され意識を失った。 気が付くと何もない真っ白な空間にいた新は隣にもう1人、自分自身がいることに理解が追い付かないまま神を自称する女に問われる。 「どちらが元の世界に残り、どちらが異世界に転生しますか」 実質的に帰還不可能となった剣と魔術の異世界で、青年は何を思い、何を成すのか。 消し去りたい過去と向き合い、その上で彼はもう一度立ち上がることが出来るのか。 異世界人アラタ・チバは生きる、ただがむしゃらに、精一杯。 少なくとも始めのうちは主人公は強くないです。 強くなれる素養はありますが強くなるかどうかは別問題、無双が見たい人は主人公が強くなることを信じてその過程をお楽しみください、保証はしかねますが。 異世界は日本と比較して厳しい環境です。 日常的に人が死ぬことはありませんがそれに近いことはままありますし日本に比べればどうしても命の危険は大きいです。 主人公死亡で主人公交代! なんてこともあり得るかもしれません。 つまり主人公だから最強! 主人公だから死なない! そう言ったことは保証できません。 最初の主人公は普通の青年です。 大した学もなければ異世界で役立つ知識があるわけではありません。 神を自称する女に異世界に飛ばされますがすべてを無に帰すチートをもらえるわけではないです。 もしかしたらチートを手にすることなく物語を終える、そんな結末もあるかもです。 ここまで何も確定的なことを言っていませんが最後に、この物語は必ず「完結」します。 長くなるかもしれませんし大して話数は多くならないかもしれません。 ただ必ず完結しますので安心してお読みください。 ブックマーク、評価、感想などいつでもお待ちしています。 この小説は同じ題名、作者名で「小説家になろう」、「カクヨム」様にも掲載しています。

サモンブレイブ・クロニクル~無能扱いされた少年の異世界無双物語

イズミント(エセフォルネウス)
ファンタジー
高校2年の佐々木 暁斗は、クラスメイト達と共に異世界に召還される。 その目的は、魔王を倒す戦力として。 しかし、クラスメイトのみんなが勇者判定されるなかで、暁斗だけは勇者判定されず、無能とされる。 多くのクラスメイトにも見捨てられた暁斗は、唯一見捨てず助けてくれた女子生徒や、暁斗を介抱した魔女と共に異世界生活を送る。 その過程で、暁斗の潜在能力が発揮され、至るところで無双していくお話である。 *この作品はかつてノベルアップ+や小説家になろうに投稿したものの再々リメイクです。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。

みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・

【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎

アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。 この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。 ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。 少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。 更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。 そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。 少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。 どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。 少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。 冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。 すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く… 果たして、その可能性とは⁉ HOTランキングは、最高は2位でした。 皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°. でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )

処理中です...