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1章
14:蹂躙するモノ
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「な、あ?」
彼は死ぬはずだった。
他でもない自分自身の命令により、部下からの一斉射撃をその身に受けて。
月夜連の鬼を道ずれにしてあの世へ行くはずなのに……見えたのは虚空から見下ろす埠頭だった。
「なんでこうも気概ばかりは見込みがありそうな連中がわざわざ道を踏み外すのかの?」
のんびりした低い声は白髪おさげの鬼の声、しかし……まあ、鬼とは似ても似つかないほど穏やかで日向ぼっこをする犬とかを連想させる。浮遊感と濃密な硝煙の匂いが潮の香りと混ざる中、黒ずくめのリーダーは理解した。
「飛んで……いる」
眼下では忽然と視界から消えた自分と蓮夜を戸惑った様子で探している部下。
同士討ちを警戒して扇状に蓮夜を包囲したので怪我人はいないようだが、一瞬前までいた地面には無数の弾痕が砕けたコンクリートと一緒に散乱していた。
「ただ跳躍しただけじゃ、まったく……」
蓮夜は蓮夜で呆れつつのんきにひい、ふう、みい、と指差ししながら黒ずくめの人数を数えている。
「上司の命令とは言え、躊躇わず撃つとか……そう言えば月夜連もそんな感じじゃったな……」
なんと薄情と言いたかった蓮夜だが、こういう向こう見ずな行動に己の組織が重なり……ぺちん、と額を打ちながら『人の事は言えぬのう』と視線を逸らしていた。
「お主は……まあ、頭でも冷やしておれ」
丁度逸らした先には青々として、穏やかな海の水面。
自分たちの騒ぎなど露知らず、とぷんとぷんと波を揺れては返している……ちょうどいいな。と蓮夜は黒ずくめの腕を強く握り、思い切り身体を回してぶん投げた。
「うおっ!?」
ようやく、事態を理解しかけた黒ずくめの男は再び混乱する羽目になる。
縦に流れた視界が今度は真横、鍛えてはいるものの……胃の中がぐるぐるとかき回される不快感が襲い掛かる……そして何も為せないまま、雄たけびを上げて吹っ飛んでいく。
――ぼちゃん!
勢いをつけた蓮夜の放り投げはほぼ一直線に男を水面に叩きつけた。
その音に気付いた取り巻きの黒づくめが数人、慌てて力無く浮く男を救出に飛び込んでいく。
「人望があってよい事じゃ、にしても……個性がないのう」
落下しながら周りを確認するとここに居るのは全員黒い帽子に黒いスーツ、黒いネクタイと白いシャツ。闇狩りと言う名前に沿った服装なのだろうが……誰がどうとかわからな過ぎて……
「今投げた奴以外に灯子の場所など知ってる者はおるのかの? 探すのが面倒じゃ……」
すとん、と地面に降り立った後。混乱する男たちに宣言する。
「金髪、丸眼鏡の少女の場所か目論んだお主らの取り纏めの居る場所を教えてほしい。教えてくれた者は怪我をしなくて済む、早い者勝ちじゃぞ?」
蓮夜は再び刀を真横に振り抜き、ひゅん、と鳴らすとわかりやすく黒づくめ達はびくん、と肩をすくめた。
とても穏やかな蓮夜の声に言い知れない何かを感じて。
ここに来てようやく、黒づくめ達の間にも蓮夜の異常性が共有される。
「ひっ」
誰かの引きつった声が漏れた。
「あまり、時間はくれてやれぬ。急いでおるのでな」
蓮夜が一歩、踏み出し男たちの前に近づくと……同じ分だけ下がる黒づくめ達。
ゴクリ、と唾をのむ音に混じり数人が拳銃の撃鉄を起こす。
「た……大義の」
「悪いがそんなものは犬に喰わせるが良い……三度は聞かぬぞ。金髪、丸眼鏡の少女の場所か目論んだお主らの取り纏めの居る場所を教えてほしい」
また一歩、蓮夜が歩を進めた。それはあと一歩あればちょうど……刀の斬撃が届く間合い。
黒づくめの中には剣術を使うものも居た、その者たちにはわかってしまう。
これは、カウントダウンだと。
「に、にげ……」
最前列に居た一人が蓮夜の重圧に負けて踵を返したが……
「それは困る。安心せい、誰一人殺すつもりはない……が、痛い目は見てもらう。教訓じゃの」
「!?」
誰一人、目を放していないのに蓮夜は背を向けた男の目の前に立っていた。
「なん、で」
「ただ回り込んだだけじゃ、足には自信があるのでな」
何人かが今まで蓮夜が居た所と、蓮夜が今いる所を交互に見やる。
そこには目ざとい者だけが気づくコンクリートのヒビがささやかに走っていた。
それを見つけた一人が呆けたようにつぶやく。
「連歩……」
彼はとある古流剣術道場に居た経験があり、その時に師から聞いた事があった。
重心移動と踏み込みを同期させて任意の方向に最速で移動する歩法があると。
「ほう? 知っとる者がいたか……左様。何のからくりも無いただの歩法じゃよ」
蓮夜はあっさりと認め……その人物に絶望的な言葉を紡ぐ。
「周囲全方向に動けるがの、こうしてな」
次の瞬間、ふらりと蓮夜が身体を揺らしたかと思えば……
「ぶげっ!!」
「かはっ!?」
――どむっ!
がすっ!!
黒づくめの何人かの顔や肩に鈍い衝撃が走り、周りの仲間を巻き込んでその場から吹っ飛ぶ。
当の蓮夜は時折現れては再び消え、黒づくめの集団の中を駆け抜ける。
「まあ、狙って打つのはやめた方がいいのう。その銃、アメリカ製じゃろ? 仲間に当たれば大けがではすまぬぞ」
中には弾かれたように拳銃を蹴り飛ばされ、海に落とされる者も居た。
それは例外なく引き金に手をかけた者の銃であり、蓮夜には同士討ちを防ぐという手心まで加えられたことを意味する。
「さ、散開! 刃物をつかえ!!」
混乱から抜けて誰かがそう叫ぶ頃には、すでに30人以上いたはずの黒づくめは半分以下までに減らされていた。
「遅い」
蓮夜はさらに加速し、刀の柄、峰を返した刀身で複数人を殴り始める。
その勢いはすさまじく、中には仲間を巻き込み海へ落ちる者や建物の壁にしたたかに背中を打ち付け咳き込む者がどんどん増えていく。
結局、数人が腰からナイフを抜くまでに大多数のけが人を蓮夜は量産していった。
「囲め!!」
それでも、前後左右を囲めば逃げられないと破れかぶれで蓮夜を囲もうとするが……
「言うたはずじゃ、全方向じゃと」
――ダンッ!!
敢えて、蓮夜はその場を思い切り踏み抜き真上に跳躍する。
災難だったのは決死で蓮夜につかみかかろうとした黒づくめの男、これでもかと勢いよく仲間の体当たりを受けた挙句に持っていたナイフで身体を浅く刺されてしまう始末だ。
「がああっ!」
「む? 不運よな」
それをのんびりと眼で捉えながら、もみくちゃになる男たちのこめかみ目掛けて蹴りをお見舞いしていく。落下の勢いも有るだろうが蓮夜の蹴りは重い、受けた方は為す術無く膝から崩れ落ちた。
「……しまった」
最後の一人が白目を剥いて倒れるのを、蓮夜は胸ぐらをつかみその場にとどめる。
なぜなら倒れる先にはナイフが落ちていた。そのまま倒れたら怪我をするかもしれなかったからだ。
しかし、蓮夜がつぶやいたしまったはもっと別なもの。
「つい全員倒してしもうた……これでは場所がわからん」
支える右手はそのままに、左手で自分の額をぺちんと叩く蓮夜。
その表情は眉をへの字にして首をカクンと落とす、この場に灯子が居れば『……しょぼくれた犬』とこっそりつぶやいただろう。
ダァン!
一瞬前まで、蓮夜の頭があった場所に炸裂する一発の弾丸。
「そっちか」
とっさに身を躱し、弾丸が飛来してきた方向……と言うか遅れて聞こえてきた銃声に目を向ける。
その視線の先には一際高いビルがある。
「案内ご苦労……ずいぶんと手荒いがの」
ぽい、と男を安全な方向に倒す蓮夜はうめき声をあげる者、気絶してピクリとも動かない黒づくめ達をひょいひょいと避けながら堂々とビルへ向かった。
射手はどうせ撃ってきても当たらないとわかっているのか、ビルの窓の一つからはうっとうしいほどチカチカと夕日を反射した光が蓮夜の目を細めさせる。
「嫌がらせにしては……微妙に効果的さな」
そんな蓮夜の背を見送りながら……目を覚まし、海から引き揚げられたリーダー格の男は震える。
水の冷たさでもなく、この惨状に怯えたわけでもなく…………ただ。
「三十人以上居た隊員を息一つ切らさず……だと」
足音一つ残さず道の向こうに消える蓮夜を部下に支えられながら、ぶるりと身を竦めることしかできなかった。
彼は死ぬはずだった。
他でもない自分自身の命令により、部下からの一斉射撃をその身に受けて。
月夜連の鬼を道ずれにしてあの世へ行くはずなのに……見えたのは虚空から見下ろす埠頭だった。
「なんでこうも気概ばかりは見込みがありそうな連中がわざわざ道を踏み外すのかの?」
のんびりした低い声は白髪おさげの鬼の声、しかし……まあ、鬼とは似ても似つかないほど穏やかで日向ぼっこをする犬とかを連想させる。浮遊感と濃密な硝煙の匂いが潮の香りと混ざる中、黒ずくめのリーダーは理解した。
「飛んで……いる」
眼下では忽然と視界から消えた自分と蓮夜を戸惑った様子で探している部下。
同士討ちを警戒して扇状に蓮夜を包囲したので怪我人はいないようだが、一瞬前までいた地面には無数の弾痕が砕けたコンクリートと一緒に散乱していた。
「ただ跳躍しただけじゃ、まったく……」
蓮夜は蓮夜で呆れつつのんきにひい、ふう、みい、と指差ししながら黒ずくめの人数を数えている。
「上司の命令とは言え、躊躇わず撃つとか……そう言えば月夜連もそんな感じじゃったな……」
なんと薄情と言いたかった蓮夜だが、こういう向こう見ずな行動に己の組織が重なり……ぺちん、と額を打ちながら『人の事は言えぬのう』と視線を逸らしていた。
「お主は……まあ、頭でも冷やしておれ」
丁度逸らした先には青々として、穏やかな海の水面。
自分たちの騒ぎなど露知らず、とぷんとぷんと波を揺れては返している……ちょうどいいな。と蓮夜は黒ずくめの腕を強く握り、思い切り身体を回してぶん投げた。
「うおっ!?」
ようやく、事態を理解しかけた黒ずくめの男は再び混乱する羽目になる。
縦に流れた視界が今度は真横、鍛えてはいるものの……胃の中がぐるぐるとかき回される不快感が襲い掛かる……そして何も為せないまま、雄たけびを上げて吹っ飛んでいく。
――ぼちゃん!
勢いをつけた蓮夜の放り投げはほぼ一直線に男を水面に叩きつけた。
その音に気付いた取り巻きの黒づくめが数人、慌てて力無く浮く男を救出に飛び込んでいく。
「人望があってよい事じゃ、にしても……個性がないのう」
落下しながら周りを確認するとここに居るのは全員黒い帽子に黒いスーツ、黒いネクタイと白いシャツ。闇狩りと言う名前に沿った服装なのだろうが……誰がどうとかわからな過ぎて……
「今投げた奴以外に灯子の場所など知ってる者はおるのかの? 探すのが面倒じゃ……」
すとん、と地面に降り立った後。混乱する男たちに宣言する。
「金髪、丸眼鏡の少女の場所か目論んだお主らの取り纏めの居る場所を教えてほしい。教えてくれた者は怪我をしなくて済む、早い者勝ちじゃぞ?」
蓮夜は再び刀を真横に振り抜き、ひゅん、と鳴らすとわかりやすく黒づくめ達はびくん、と肩をすくめた。
とても穏やかな蓮夜の声に言い知れない何かを感じて。
ここに来てようやく、黒づくめ達の間にも蓮夜の異常性が共有される。
「ひっ」
誰かの引きつった声が漏れた。
「あまり、時間はくれてやれぬ。急いでおるのでな」
蓮夜が一歩、踏み出し男たちの前に近づくと……同じ分だけ下がる黒づくめ達。
ゴクリ、と唾をのむ音に混じり数人が拳銃の撃鉄を起こす。
「た……大義の」
「悪いがそんなものは犬に喰わせるが良い……三度は聞かぬぞ。金髪、丸眼鏡の少女の場所か目論んだお主らの取り纏めの居る場所を教えてほしい」
また一歩、蓮夜が歩を進めた。それはあと一歩あればちょうど……刀の斬撃が届く間合い。
黒づくめの中には剣術を使うものも居た、その者たちにはわかってしまう。
これは、カウントダウンだと。
「に、にげ……」
最前列に居た一人が蓮夜の重圧に負けて踵を返したが……
「それは困る。安心せい、誰一人殺すつもりはない……が、痛い目は見てもらう。教訓じゃの」
「!?」
誰一人、目を放していないのに蓮夜は背を向けた男の目の前に立っていた。
「なん、で」
「ただ回り込んだだけじゃ、足には自信があるのでな」
何人かが今まで蓮夜が居た所と、蓮夜が今いる所を交互に見やる。
そこには目ざとい者だけが気づくコンクリートのヒビがささやかに走っていた。
それを見つけた一人が呆けたようにつぶやく。
「連歩……」
彼はとある古流剣術道場に居た経験があり、その時に師から聞いた事があった。
重心移動と踏み込みを同期させて任意の方向に最速で移動する歩法があると。
「ほう? 知っとる者がいたか……左様。何のからくりも無いただの歩法じゃよ」
蓮夜はあっさりと認め……その人物に絶望的な言葉を紡ぐ。
「周囲全方向に動けるがの、こうしてな」
次の瞬間、ふらりと蓮夜が身体を揺らしたかと思えば……
「ぶげっ!!」
「かはっ!?」
――どむっ!
がすっ!!
黒づくめの何人かの顔や肩に鈍い衝撃が走り、周りの仲間を巻き込んでその場から吹っ飛ぶ。
当の蓮夜は時折現れては再び消え、黒づくめの集団の中を駆け抜ける。
「まあ、狙って打つのはやめた方がいいのう。その銃、アメリカ製じゃろ? 仲間に当たれば大けがではすまぬぞ」
中には弾かれたように拳銃を蹴り飛ばされ、海に落とされる者も居た。
それは例外なく引き金に手をかけた者の銃であり、蓮夜には同士討ちを防ぐという手心まで加えられたことを意味する。
「さ、散開! 刃物をつかえ!!」
混乱から抜けて誰かがそう叫ぶ頃には、すでに30人以上いたはずの黒づくめは半分以下までに減らされていた。
「遅い」
蓮夜はさらに加速し、刀の柄、峰を返した刀身で複数人を殴り始める。
その勢いはすさまじく、中には仲間を巻き込み海へ落ちる者や建物の壁にしたたかに背中を打ち付け咳き込む者がどんどん増えていく。
結局、数人が腰からナイフを抜くまでに大多数のけが人を蓮夜は量産していった。
「囲め!!」
それでも、前後左右を囲めば逃げられないと破れかぶれで蓮夜を囲もうとするが……
「言うたはずじゃ、全方向じゃと」
――ダンッ!!
敢えて、蓮夜はその場を思い切り踏み抜き真上に跳躍する。
災難だったのは決死で蓮夜につかみかかろうとした黒づくめの男、これでもかと勢いよく仲間の体当たりを受けた挙句に持っていたナイフで身体を浅く刺されてしまう始末だ。
「がああっ!」
「む? 不運よな」
それをのんびりと眼で捉えながら、もみくちゃになる男たちのこめかみ目掛けて蹴りをお見舞いしていく。落下の勢いも有るだろうが蓮夜の蹴りは重い、受けた方は為す術無く膝から崩れ落ちた。
「……しまった」
最後の一人が白目を剥いて倒れるのを、蓮夜は胸ぐらをつかみその場にとどめる。
なぜなら倒れる先にはナイフが落ちていた。そのまま倒れたら怪我をするかもしれなかったからだ。
しかし、蓮夜がつぶやいたしまったはもっと別なもの。
「つい全員倒してしもうた……これでは場所がわからん」
支える右手はそのままに、左手で自分の額をぺちんと叩く蓮夜。
その表情は眉をへの字にして首をカクンと落とす、この場に灯子が居れば『……しょぼくれた犬』とこっそりつぶやいただろう。
ダァン!
一瞬前まで、蓮夜の頭があった場所に炸裂する一発の弾丸。
「そっちか」
とっさに身を躱し、弾丸が飛来してきた方向……と言うか遅れて聞こえてきた銃声に目を向ける。
その視線の先には一際高いビルがある。
「案内ご苦労……ずいぶんと手荒いがの」
ぽい、と男を安全な方向に倒す蓮夜はうめき声をあげる者、気絶してピクリとも動かない黒づくめ達をひょいひょいと避けながら堂々とビルへ向かった。
射手はどうせ撃ってきても当たらないとわかっているのか、ビルの窓の一つからはうっとうしいほどチカチカと夕日を反射した光が蓮夜の目を細めさせる。
「嫌がらせにしては……微妙に効果的さな」
そんな蓮夜の背を見送りながら……目を覚まし、海から引き揚げられたリーダー格の男は震える。
水の冷たさでもなく、この惨状に怯えたわけでもなく…………ただ。
「三十人以上居た隊員を息一つ切らさず……だと」
足音一つ残さず道の向こうに消える蓮夜を部下に支えられながら、ぶるりと身を竦めることしかできなかった。
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