怪談掃除のハナコさん

灰色サレナ

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33:怪談掃除の華子さん

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「おーい、カコ。そろそろ頭冷えたか?」

 ――コォォォン
 ――コォォォン……

 何かを叩く音を聞きながら、俺は屋上へと続く階段を上り切って踊り場を覗いた。

「一つ打ってはユウキの為~、二つ打ってはユウキの為~」

 そこには頭に蝋燭を括り付け、多分夜音さんか誰かから借りた白装束を着て……学校の壁に犯人と同じ数の藁人形を五寸釘で打ち付ける幼馴染がそこにいた……初めて見た丑の刻参り、学校の屋上バージョン……。

「学校の壁に穴開けるなよ……校長先生、泣くぞ?」
「大丈夫……泡吹いて気絶した所を催眠が得意だって言う、ぼさぼさ頭の作務衣を着たおじさんに任せたから」
「ぼさぼさ頭で作務衣? ああ、ぬらりさん」
「……おや?」

 かぁん! かぁん! とリズミカルに釘を木づちで打っているカコが……ぎぎぎ、と油の切れたロボットの様に首を回して俺と目を合わせる。
 そして、しばらく見つめ合っていたら……だんだんカコの顔が真っ赤になって、次に真っ青になった。
 プルプルと何かを言おうとして、あうあうと口を動かして右を向き、左を向き、最後に藁人形を見て……すぅ、と肺に空気を取り込み始める。

 無論、俺に死角はない。
 仮眠の時に使っていた耳栓をポケットから取り出して、流れる様に両耳に突っ込む。
 そして……カコは俺の予想通りの行動に……

「にぎゃああああああああああ!!??」

 羞恥心から絶叫した。
 窓ガラスが振動するほどの声量で長々と。

「おお、耳栓ですら防ぎきれない完璧で究極の悲鳴……」

 ちなみに俺、耳栓の上から両手で耳を塞いでいるんだけど……結構はっきりと聞こえている。
 三階にいる妖怪の皆と犯人たちの耳はぶっ壊れているかもしれない。

「そろそろかな」

 腕時計を確認してじっくりと一分たったのを見計らい、俺はカコが息を上げているのを慎重に見極めながら手と耳栓を外す。
 案の定、酸欠寸前で肩で息をするカコはふひゅー、ふひゅーっと吐息の音だけしか漏らさない。

「ほい、飲み物……と言いたい所だけど。なんも無いんだよな」
「ううう……何でここにユウキが?」
「後始末、お前さぁ……夜音さんや妖怪の皆さん脅すなよ……恐喝と脅迫の罪で現行犯逮捕すんぞ?」
「まって……いろいろ整理するから」
「おう」

 手を開いて俺の顔の前にかざし、カコは壁を向いてぶつぶつと何かを呟き始める。
 予定外、とか……あの童女使えない、とか物騒な言葉が漏れて聞こえるけど……聞こえないフリをしておいた。

「……よし、ユウキ。階段あがってくるところからテイク2お願いします」
「はいよ」

 俺は素直に階段を降りて、踊り場に行き……倒れている作務衣姿のおじさんに手を合わせてから……ゆっくりとまた階段を上った。その間約三十秒。

 普通なら何が変わるのかと思うだろう、俺も最初はそう思っていた。
 が……うん……。

「ユウキ! 無事だったんだね!!」

 いつものワンピースの色違い……白じゃなくて薄水色、蝋燭の代わりに麦わら帽子。
 壁の藁人形はクマのぬいぐるみに代わっていた……でも釘はそのまんまかよ!? 熊さんが何したってんだ!?

「……もういいか?」
「……あい」

 両手を広げて笑顔を浮かべたまま……カコはぴたりと止まり、滂沱の涙を流す。
 
「お前も無事でよかったよ、カコ……まさかこの騒ぎの中心人物になるとまでは俺も思わなかった」
「違うのコレは!!」
「まさかお前が黒幕だったなんてな……騙されたよ」
「信じて! ユウキ!」
「いやうん、信じてるからここに来たんだけどな? 間違ってないけど、間違ってるからな?」

 さて、どうしようか?
 今のやり取りを見る限り、実はカコ……すでに冷静っぽい。
 
「で、どう治めるつもりだよお前……」
「ど、どうしようか?」

 ぴたりと涙を止めて、困ったように笑うカコに俺は思わず手刀を振り下ろす。

 ――ずびし

「あいたぁ!? 何すんのよ!」
「むしろ今の流れでされないと思ってたお前が怖いよ」
「ぐぬぬ、ゆ、ユウキさんや……一旦見なかったことにして家に帰るって言うのはどうでしょうか? もしかしたらこれは夢で目が覚めたらぜーんぶなかったことに」

 ぴん、と人差し指を立ててえへえへ、と媚びるような笑顔で俺に提案するカコ。
 しかし俺は指摘を返す。

「で、カレンダー見ると一日丸々過ぎてるパターンな? 俺だけ混乱するパターンな? な?」
「ちっ、こうなったら仕方ねぇ……」
「もうセリフが悪役そのものじゃねぇかよ!? もうネタ切れかよ!?」

 ぷい、とそっぽを向いて荒んだ顔で掃き捨てるカコ。
 しかし、即座に膝をつき頭を深々と下げて手を添える……いわゆる土下座でつづけた。

「どうにかしてくれなさい」
「諦めも早かったぁ!! もうちょっとお前頑張れたって! 丑の刻参り仕込むくらいだったらもっと別な方向で行けたってぇ!!」

 本当に何やってんだろう……。

「どうしよう? 思ったよりすごい事になっちゃった」
「はあ……もういっそ片付けちまえよお前」
「な、何の事でせう?」
「階段掃除の華子さん」
「!?」

 俺が口にした、学校で最初にできて。
 最後の階怪談話。
 その大元が……目の前にいる。

「4年生の時から気づいてたよ。地域のおじいさんに話を聞いて調べたろ?」
「そ、それだけで?」
「いや? あとはほら……お前の名前の漢字がまんまハナコって読むし。俺がそう呼ぶと解りやすくオドオドしてたろお前」
「そ、そんな事ありましたかなぁ?」
「ついでに、お前と職員室の倉庫片づけている時に見つけたロール紙に穴開けてあるのを『これ、パソコンで使うんだよ。懐かしい』とか……」

 何せ学校の先生ですら『え? 何これ』と困惑して、ネットで調べてようやく正体がわかったものを……当たり前のように解説するとか。
 しかも、その倉庫の隠し扉……戦争中に作られたらしく誰も知らない抜け道を知ってたり。

「う!?」
「ガラケーの着信音の作り方とか熱弁してたり」
「三和音でどこまで出来るか!」

 異様な程、レトロブームの物に詳しすぎたり……決め手は。

「お前、コンビニで聖徳太子の500円札使って通報されて……母さんに玩具のお金使っちゃダメじゃないって叱られたのを逆に論破したじゃん」
「だってぇ!! 余ってたんだもん!」
「ほう?」
「は!?」

 もう、突っ込みどころしかなくて。
 俺がカコのそういう所をフォローしていたのだ。

「しまいには俺の部屋とか、暇さえあれば掃除する綺麗好き。もう答えが出たようなもんだろう?」
「あ、それはエッチな本とか隠し持ってないか調べてただけだよ?」

 急に、すん、とした顔で俺に平坦な声で答える幼馴染……。
 つい、俺も素で返事をしてしまう。

「え?」
「え?」

 ………………綺麗にまとまらない! まとまらないよぅ!?

「で、何か言う事は?」
「はい、私が階段掃除の華子です」

 気を取り直して俺は咳払いと共に促すと……あっさりとカコは自白した。
 
「じゃあ、何とかしてさっさと逃げるか。頼んだぜ、カコ」
「……いい、の?」
「何が?」
「私……ずっと、その……」
「うん? 早くしないとお前まで母さんと父さんに怒られるぞ?」
「………………うん!」

 どうせ、私は妖怪だからとかなんだとうじうじと考えていたんだろうけど。
 俺はとっくに二年前にその悩みは通過した。
 その時に、教えてもらった通りのやり方で……今度は過去の悩みを吹っ飛ばしてやる。

「じゃあ、やっちまえ。カコ!」
「うん、うん! いっくよぉぉぉ!!」

 その思いが伝わったのかどうか、俺にはわからないけどカコが元気な声を出して気合を入れた。
 そうそう、やるからには派手にやらないとな。

「この学校で……怪談は私だけで十分だからね!」

 両手を突き出して、カコは笑いながらそう言った。
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