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第1話 お花畑思考達がよく言う完璧な計画はどこが完璧なんだろうか?

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「この場に集まった皆、傾聴しろ。この国の王太子である私、ルカス・ヴァレンヌはロザリア・サイフィス公爵令嬢との婚約を破棄し、我がヴァレンヌ王国の次期王妃に相応しい彼女、マリアンナ・フーリッシュ男爵令嬢と婚約することをここに宣言する!


ヴァレンヌ王国国立学園の年度行事の卒業式が無事終わり、毎年恒例の卒業記念パーティーで空気を読めない金髪イケメンが談笑で賑わう会場に取り巻きを引き連れて、先程の上から目線の爆弾発言をドヤ顔でかました。

卒業生の多くは明日から王国各所へ帰省する。近隣同士でない限り、主な交通移動手段が馬車であるこの世界では気軽に会うことができない。そのため、この場を最後にほとんどの卒業生は今生の別れになる。

その別れの場の空気が先の第1王子の頭のできを疑うレベルの婚約破棄宣言で見事に霧散。辺りが見事に静まり返ってしまった。

「……ルカス殿下、先程の殿下の発言は本心でございますか?」

静まり返った一帯に糾弾されている銀髪碧眼の美女、ロザリア嬢の澄んだ冷めた美声が響いた。

彼女は婚約破棄を宣言したルカスに「先程吐いた戯言、本気で言っていますの?だとしたら、私は殿下の正気を疑いますわ。ああ、普段の殿下の行動を鑑みれば納得できますわね。本当に公爵家を敵にするつもりですの?(意訳)」と問いかけているのだが、当のルカス本人は彼女の言葉の表意も理解できていない。

サイフィス公爵家はヴァレンヌ王国内で王家に次ぐ地位にいる大貴族。過去、大きな功績を残した王弟が病死しないで、臣籍降下することで、当時味方が少なかった王家を守るためにつくった家だ。

しかも、致命的な間違いーロザリア嬢の婚約を含めてーをルカスは他にもしている。

失礼、自己紹介が遅れた。俺はこの国、ヴァレンヌ王国の第2王子アルトリウス・ヴァレンヌ。

現代日本では中年社畜社員だったが、死亡して転生した転生者だ。

ルカスは数日の差で生まれて第1王子になった兄であり、同い年の異母兄にあたる。

「ああ、実家の爵位が自分より下の男爵だからとアンナを蔑んだばかりか、配下の貴族令嬢を使って彼女を虐げ、私の行動に一々口を出す貴様はこの国の王妃に相応しくない!」

女性的なロザリア嬢と対称的な起伏ゼロの絶壁体型で亜麻色髪のマリアンナ男爵令嬢。彼女を腕に抱いたルカスが殴りたくなる笑みを浮かべて言い放った。

顔面偏差値だけは高いが、評判の悪い取り巻き達がルカスに追従する。

最初期の貴族教育で高位貴族の子弟の身分はその家の爵位の1つ下位の爵位を与えるという王国法があるのを学ぶ。お前ら不敬罪を知らんのか。

「……はぁ、私の一存では殿下の仰った婚約破棄については承れませんが、私も殿下のお言葉を余さずレオン陛下にお伝えして、ルカス殿下との婚約はありえないことを伝えさせていただきます。それでは私はこれからその手続きに向かうため、この場を失礼させていただきますわ」

ロザリア嬢はルカス達に呆れ果てて、嘆息し、完璧なカーテシーをルカス達に行って出口に向かって歩き出した。

まぁ、王族との婚約は王命。虚言であれども、なかったことにはできない。ロザリア嬢の発言は当然である。

「待て、ロザリア!」

「……なんでしょう?」

呼び止めたルカスにロザリア嬢はあきれた声音を隠さずに無表情で振り返った。

「アンナにこれまでの非礼を詫びろ」

「お断りします」

ロザリア嬢はノータイムで清々しい即答をした。

「なに!?」

ロザリア嬢の返事が余程予想外だったのか愚兄ルカスは絶句している。

「殿下は私が配下の貴族令嬢を使って彼女を虐げたと仰いましたが、私は彼女に対して爵位に合った身の程を弁える様に言っただけですわ。顔を合わせたのもその一度きり。そもそも、ルカス殿下が仰る様な無駄なことに費やせる時間は王妃教育と王妃様より拝命した仕事で忙しい私にはありません。それに私が使ったと仰る配下の貴族令嬢とはどこのどなたですか? 家名を教えてくださいませ。厳正に調査した上で、厳しい処罰を与える様陛下に申し上げますので」

「う……あ……」

笑みを浮かべているが、目が笑っていない表情をロザリア嬢はルカス達に向けてそう告げた。

ロザリア嬢は彼女の父親の遺伝なのかツリ目がちな美少女だ。

母上、現王妃のスパルタ教育を乗り越えているその笑みには年齢不相応な凄みがあって、被害者面していたマリアンナ嬢とルカスの取り巻きは言はずもがな、これまでの王族としての教育をサボりまくっているルカスも完全にロザリア嬢に気圧されている。

ちなみにルカスの母は元侯爵令嬢の側室。俺の今生の母はロザリア嬢のサイフィス家と王家の双璧と言われているグランヴェル公爵家出身の正室だ。

「ええい、たかが令嬢の分際で次期国王たる殿下に対してなんたる無礼か! 」

そう激昂したのはルカスの取り巻きの1人。伯爵位の第1騎士団長の長男アフォンがブーメランな発言をし、ロザリア嬢へ腰の儀礼剣を抜剣して斬りかかった。

ロザリア嬢は昨年、陛下が正式に次期王妃に決めたのを覚えていないのかよ。ルカスは王太子じゃないから次期国王でもない。

おいおい、しかも貴族令嬢相手になに剣を抜いているんだよアフォン。名前の通り阿呆なのか? 

あと、なんでサイフィス公爵傘下の貴族の子弟どもはロザリア嬢を守るため動かないかな。やれやれ。

「な……に?」

驚愕の表情を浮かべるアフォン。

なぜなら、俺がアフォンとロザリア嬢の間に音もなく割って入って、片腕一本、俺が立食のために使っていた銀フォーク一本でもってアフォンの剣を受け止めたからだ。

チートじゃないぞ!? 魔力があって訓練すれば誰でもできる芸当だ。現にこの国では第5騎士団以上の必修技能となっている。それにしても、

「はぁ、なんだこの軽過ぎる剣は。昨日相手した平民新兵の方がまだ気合いの入った一撃を繰り出したぞ。やはり日中の騎士団の訓練サボって、愚兄達と一緒にそこの女の尻を追いかけていただけはあるな」

「なんだと!?」

あまりの攻撃の軽さに思わず出た嘆息とついでに出た俺の感想にアフォンが怒髪を立てる。

愚兄ルカスとマリアンナ達はアフォンの蛮行で顔色が悪い。

まさかこんなことになるとは思っていなかったとか考えているのではあるまいか。既に手遅れだが。その頭を含めて。

アフォンは更に顔を真っ赤にして長剣を片手持ちから両手持ちにして押し込んでくる。しかし、俺のフォークは微動だにしない。

さて、そうこうしている内にお城からお迎えが来た様だ。ガシャガシャと鎧に身を包んだ王国騎士の一団が入場してきた。

「こちらはヴァレンヌ王国第1騎士団です。ルカス殿下達には帰宅して謹慎する様、王命が出ているので、抵抗しないでいただきたい。アルトリウス殿下とロザリア嬢はすぐに王城へ来る様にと陛下は言われています」

先頭の騎士が懐から国王の押印がなされている指令書を掲げて告げた。

そして、俺とアフォンの鍔迫り合い(笑)に気づいた騎士団長がツカツカとこちらに近づき、

「愚息が申し訳ございません、アルトリウス殿下! アフォン! お前は王族であるアルトリウス殿下に剣を向けるとは……なにをやっているか、この大馬鹿者が!!」

「父うベェッ!?」

騎士団長は鮮やかで見事な右ストレート(鋼のガントレット装備)をアフォンの左頰に決めた。

アフォンは剣を落として、綺麗な放物線を描きつつ、派手にルカス達がいる方へ殴り飛ばされた。

「先の通り、ルカス殿下とその一行には謹慎命令が出ています。陛下より「従わなければ手荒にしても構わぬ」と我々はお言葉を賜り、陛下から許可を頂いているので、抵抗はおやめください」

やって来た騎士団を睨む愚兄達に騎士団長はそう言って団員達に指示を出す。

「ルカス様……」

「大丈夫だマリアンナ。私に任せてくれ」

2人の世界に入ってコントを始めたルカスとマリアンナ。アホ面晒して気絶しているアフォン。そして、ルカスの取り巻き達は騎士達に拘束されてパーティー会場から連行されて行った。

「アルトリウス殿下とロザリア嬢、愚息が大変申し訳ありませんでした。陛下が御呼びです。王城へ参りましょう」

そう言って、騎士団長は俺とロザリア嬢に謝罪して移動を促してきた。

やるつもりはないが、第1騎士団相手では十分な準備をしていない今の俺ではエスケイプ不可能。俺はその言葉に従う。

これから王城で起こる面倒ごとに心内で嘆息し、

「では参りましょうか、ロザリア嬢」

そう言って、俺は渦中だった公爵令嬢に声を掛けた。彼女はお花畑思考どもの被害者だ。

「ええ、お供いたしますわ。アル殿下。それから、非才のこの身をお助けいただきありがとうございました」

ロザリア嬢は俺へ優雅に礼を述べた。

気のせいかその表情が生き生きとしていて嬉しそうに見える。他意はあるまい。うん、俺の気のせいだな。気のせい。

そうして俺はルカス達がやらかした卒園記念パーティーの会場を後にした。

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